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ザギトワとメドベージェワ、北京五輪フィギュア女子の後輩にエール 今はそれぞれの道

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平昌オリンピックのフィギュア女子で金メダルに輝いたアリーナ・ザギトワ(右)と銀メダルのエフゲニア・メドベージェワ
平昌オリンピックのフィギュア女子で金メダルに輝いたアリーナ・ザギトワ(右)と銀メダルのエフゲニア・メドベージェワ=2018年2月、江陵アイスアリーナ、遠藤啓生撮影

15日に北京市内で行なわれたフィギュア女子ショートプログラム(SP)。金メダリストの「ザギ」と銀メダリストの「メド」は、4年前に世界をわかしたオリンピック会場のリンクにいた。

モスクワのフィギュアスケートクラブ「サンボ70」で今や「金メダル請負人」との評価も高いエテリ・トゥトベリーゼコーチに師事した2人は、同じクラブに所属する代表選手3人のワリエワ、アレクサンドラ・トゥルソワ(17)、アンナ・シェルバコワ(17)に声援を送った。

秋田県から秋田犬「マサル」をプレゼントされ、日本のCMにもそろって出場した金メダリストのザギトワ。

そして、セーラームーンのコスプレをして日本のファンの心を鷲掴みし、日本のアニメ・文化にも精通しているメドベ―ジェワ。

マサルを抱えるザギトワ(左)と、セーラームーンの衣装を着て演技を披露するメドベージェワ
マサルを抱えるザギトワ(左)と、セーラームーンの衣装を着て演技を披露するメドベージェワ=朝日新聞社

すでに大会や試合から一線を引いている2人は会場でもちろんスケート靴もはいておらず、華やかな衣装も、リンクに映える決めメイクもしていない。その代わり、手にはマイクを持ち、イヤホンをして、ニッコリ笑顔で国営放送のテレビカメラに向かって語りかけている。

北京大会の2人には別々の役割があった。

ザギトワは今、国営放送のリポーターとして、連日、会場から生で競技の結果を伝えている。ロシア国営放送は鳴り物入りで国際的にも知名度の高いザギトワにオリンピック関連番組のメインキャスターとしての白羽の矢を立てた。

北京の会場に着いたザギトワはよほど感慨深かったのだろう。開幕前の2月2日、大会リンクで首からメディア用アクレディパスをぶらさげた写真をInstagramで紹介し、こんなメッセージをつづった。

「このノスタルジーよ。またこの雰囲気に浸ることができてとても嬉しい。今回、私はオリンピックをフォローして伝える特派員の役割を担います。画面の反対側でアスリートとファンをつなぐ輪のようなことができてとても光栄です。選手たちの幸運を祈ります。どうか力と粘りがもたらされますように。みんなは素晴らしいです。そしてきっと成功します。国営放送(@1tv)で見てください。とってもかっこいい放送になります」

北京オリンピックのフィギュアスケート女子に出場する選手たちの練習を見学するアリーナ・ザギトワ
北京オリンピックのフィギュアスケート女子に出場する選手たちの練習を見学するアリーナ・ザギトワ=2月2日、北京、Valery Sharifulin/TASS via Reuters Connect

一方、メドベージェワはROC選手団の「大使」に任命された。各会場を訪れて、選手やチームを励ましている。

ときおり、専門家としてオリンピック番組に出演し、試合の流れを解説している。日本のテレビ局にも出演し、ワリエワのドーピング問題について思いを語った。

ユーロスポーツロシア語版に、北京での自分のタスクについてこう語った。

「私の最も重要な仕事は、選手団のチームと一緒にいることです。このことは私にとって最も大事なんです。私には、われわれの選手たちをここで支えることができる可能性があるのですから」

北京オリンピックのアイスダンスに出場したROC(ロシアオリンピック委員会)の選手に拍手を送るエフゲニア・メドベージェワ
北京オリンピックのアイスダンスに出場したROC(ロシアオリンピック委員会)の選手に拍手を送るエフゲニア・メドベージェワ=2月14日、北京、ロイター

2018年平昌大会の競演は世界中のファンの心を震わせた。試合後、ザギトワとメドベ―ジェワがトゥトベリーゼに抱擁される3人の写真は各国のメディアに掲載された。

ライバルでありながら同門であり、友人でもある2人。2人の関係を詳細に報じたユーロスポーツのポリーナ・シェルストビトーバ記者は、平昌大会から4年経った今でも、ロシアではどちらの演技が良かったか、熱く語る議論が続いている、と言葉をつづっている。

平昌オリンピックでフィギュアスケート女子シングルで金メダルに輝いたアリーナ・ザギトワ(左)と、銀メダルのエフゲニア・メドベージェワを祝福するエテリ・トゥトベリーゼ
平昌オリンピックでフィギュアスケート女子シングルで金メダルに輝いたアリーナ・ザギトワ(左)と、銀メダルのエフゲニア・メドベージェワを祝福するエテリ・トゥトベリーゼ=2018年2月、江陵アイスアリーナ、遠藤啓生撮影

平昌大会後は大阪に来て、一緒にショーにも出演した2人。しかし、その後の道のりは大きく違った。

ザギトワは翌シーズンの2018-2019シーズンも現役トップ選手として第一線で活躍した。SPに「オペラ座の怪人」、FS(フリースケーティング)に「カルメン組曲」のプログラムをひっさげて、得意の3回転ジャンプのコンビネーションの精度はさらに増し、どの大会も合計得点210点以上の高得点を叩きだした。

18年12月のグランプリ(GP)ファイナルで2位、19年1月の欧州選手権で2位になったがさいたま市で行われた19年3月の世界選手権では237.50で優勝し、わずか16歳10か月という若さで、女子シングルスでは韓国のキム・ヨナしか達成していない、全ての主要国際大会のタイトルを総なめにするスーパースラムを達成した。

しかし、翌19-20シーズンからは序盤から不調に陥った。19年12月のGPファイナルで6位に沈んだ後、ロシアの国営放送のインタビューに答え、今後の試合には出場しないと宣言した。それでも、現役引退を断言しなかった。

「練習は続けてアイスショーには出演する。新しいジャンプやエレメンツを模索したい」

この時も世界中にザギトワの言葉が打電され、憶測が飛び交ったが、ロシアの大御所、タチアナ・タラソワは「彼女が現役生活を続けるのか?」と記者に質問され、「それはないと確信している」と答えた。

2019年のフィギュアスケートGPファイナルで演技するアリーナ・ザギトワ。調子が上がらず、6位にとどまった
2019年のフィギュアスケートGPファイナルで演技するアリーナ・ザギトワ。調子が上がらず、6位にとどまった=2019年12月、イタリア・トリノ、白井伸洋撮影

以来、リンク以外の活動が増えた。雑誌の表紙を飾ったり、フィギュアのイベントの顔として出場したり、日本でもマサルとの仲むつまじい関係がたびたび報じられたり。

資生堂のCMにも選ばれ、一躍有名になった。InstagramやTikTokで自らの日常を伝えると、さらに世界中にファンが増えた。

20年8月にはモスクワ市内にある「ロシア大統領アカデミー」という大学に入り、ジャーナリズム学を学ぶことになった。フィギュアスケート以外の友人がたくさん増えた。ロシアのメディア「スポルト・エクスプレス」にジャーナリズム学を学ぶ動機について、こう話している。

「理由はたくさんあります。インタビューされることが恥ずかしいのです。質問されると、ドキドキして『はい』と『いいえ』しか答えることができません。私はこの状況を克服し、自分の考えていることを美しく伝えたいのです。 ジャーナリストになることは私にとって大きなチャレンジなんです」

ザギトワはさっそく大学入学直後の20年9月からロシア人気番組の司会者としてデビューし、お茶の間の顔になった。

アイスショーで出演するためにリンクで過ごす時間と、メディアの出演時間が半々の生活になった。

まだ現役引退を明確に宣言したわけではないが、「私はすべて勝利した。このことが全てを物語っている」と話したことがあり、揺れる思いを抱えながら19歳の今を迎えているのだ。

そうして、北京でオリンピックが始まる直前のインタビューでこんな言葉も漏らしている。オリンピックの大舞台を再び、目の当たりにし、心を動かされた。

「もうオリンピックの王者としての称号を渡すときが来たのね。あれから4年。私たちロシアの選手たちはどのスケーターも素晴らしい。表彰台を独占する可能性だってある。もちろんライバルがいるけど、私は全てがうまくいくと信じている。会場に来た時、リンクに降りて滑りたくなった。誰もいないリンクで過去の思い出が一瞬でよみがえり、涙が出そうになった。私はやっぱり戻りたいのだと思う。心の炎がまだ燃えている」

インタビューに応じるアリーナ・ザギトワ
インタビューに応じるアリーナ・ザギトワ=2019年3月、さいたまスーパーアリーナ、内田光撮影

一方のメドベ―ジェワ。平昌大会から北京大会までの4年間はザギトワとは違い、少し苦難に満ちた期間だった。

平昌大会直前の2017年秋に右足首を骨折。トゥトベリーゼコーチとフィギュアスケートが大好きな少女は周囲にいつも明るく振舞っていたが、すでに平昌大会の時には心が離反していた。デビューしたころとは何かが変わっていた。

それは3歳年下のザギトワを含め、当時まだジュニア世代にいた5歳年下のトゥルソワやシェルバコワら北京大会の主力を担う若手スケーターの突き上げを受けていたからだった。

報道陣からトゥトベリーゼ一門での他の年下スケーターについて問われると、メドベ―ジェワはこう話した。

「私たちのチームには、男子の選手でもできないようなエレメンツをやすやすと決めるジュニアの選手たちがいる。チームに戻れば、彼女らが、私が行うエレメンツより難しい技をしているのがわかります。私の方が年長だけど、こうした境遇が、年下の彼女たちよりももっと上達しようという私のモチベーションになっています」

インタビューに応じるエフゲニア・メドベージェワ
インタビューに応じるエフゲニア・メドベージェワ=2019年3月、さいたまスーパーアリーナ、内田光撮影

平昌大会後、メドベ―ジェワは環境を変える一大決心をした。全てを教えてくれたトゥトベリーゼのもとを去り、羽生結弦が師事していたカナダの名コーチ、ブライアン・オーサーのもとに行く決断をしたのである。

オーサーにメドベ―ジェワが連絡したのは平昌大会から1か月半後の2018年4月上旬。その時の感想をオーサーは、アメリカのフィギュア専門ニュースサイト「icenetwork」の記者にこう漏らした。

「私は最初、その内容に驚いたんだ。『こんなこと信じられないだろう?』と同僚に漏らしたんだよ」

それだけ、周囲にはメドベ―ジェワとトゥトベリーゼの関係は深い信頼と絆で結ばれているものだと思われていた。メドベ―ジェワがオーサーと初めてあったとき、きっぱりとこう語ったという。ソウルでの極秘面会の時だった。

「私の目標は(次の)オリンピックで勝つこと。そのために自分に変化をもたらしたい」

「メドベ―ジェワ・ショック」という言葉がSNS上にさかんに喧伝され、ロシア国内では彼女がカナダに拠点を移すということが報じられると、「裏切者」「メドベ―ジェワよ、お前もか」と国外流出を嘆く声が聴かれた。

メドベージェワが指導を仰ぐことになったブライアン・オーサー氏(左)。羽生結弦選手も彼の指導で才能を開花させ
メドベージェワが指導を仰ぐことになったブライアン・オーサー氏(左)。羽生結弦選手も彼の指導で才能を開花させた=2012年11月、宮城県利府町の宮城セキスイハイムスーパーアリーナ

メドベ―ジェワは正式に移籍することの声明を、ロシアフィギュアスケート連盟の公式サイトで発表した。トゥトベリーゼチームに対して、「彼らはフィギュアスケートにおける生命そのものを私に与えてくれました。私が誇りにすることができる成功に導いてくれました」との謝辞を述べつつ、最後にこう結んだ。

「時間がすぎ、みなさんには今回の決断は、私たち両者が、正直に仕事を続ける唯一取りえる選択肢であったということを理解していいただければと願います」

しかし、カナダに拠点を移したメドベ―ジェワのアスリート生活は順風満帆ではなかった。

2018ー19シーズンは未勝利。今回の北京代表組がシニアにあがった最初のシーズンで、18年12月に行われたロシア選手権では7位に沈んでしまう。

銀メダリストも男子顔負けの4回転ジャンプや3回転半ジャンプを次々に決めるトゥルソワらにまったく歯が立たなかくなっていた。

翌19-20シーズンも上位6人だけが進出できるGPファイナルには進めなかった。

原因は背中の古傷だった。練習が満足にできない日々が続き、「痛みがなくできるジャンプはサルコーだけ。フリップとループはジャンプできない。身体がもたない」と地元メディアに語った。

2019年のフィギュアスケート・グランプリシリーズ第2戦スケートカナダで演技するメドベージェワ。メドベージェワはミスが響き、5位にとどまった
2019年のフィギュアスケート・グランプリシリーズ第2戦スケートカナダで演技するメドベージェワ。メドベージェワはミスが響き、5位にとどまった=2019年10月、カナダ・ケロウナ、江口和貴撮影

そうしてメドベ―ジェワはコロナ禍が拡大していた2020年9月に帰国した。袂をわかったはずのトゥトベリーゼの元へ戻ってきて、指導を受けたが、古傷の痛みは消えず、11月にはコロナ陽性となったため、大会にも出ることをやめた。

そんな状況に「メドベ―ジェワ現役引退か?」と騒ぎ立てるメディア。メドベ―ジェワは「Makerena」というYouTubeで50の質問に答える人気番組で彼女はこう話した。

「私は『現役引退を決断した』というセリフが大嫌い。そうすると、理由を尋ねられたり、『なんでそうしたの?』と聞かれる。こういう人たちの反応があまり好きじゃない。フィギュアスケートは私の人生そのもの。スケートとリンクがない人生は想像できない。スケートがあれば生きていると実感するし、エネルギーを注入することもできる。たまに混乱することもあるし、疲れることもあるけど、フィギュアスケートが大好き」

メドベ―ジェワはInstagramで127万人以上のフォロワーを持つ。最新写真を公開すると、ロシア語だけじゃなく、英語、日本語でもファンがメッセージを寄せる。

17万の「いいね」がついた、ワリエワの北京での演技を載せた写真にはこんな言葉が添えられた。オリンピック表彰台のトップにあがる夢は後輩に託した。

「カミラ、私がどんなことを感じているか、あなたが知っているでしょ。だって個人的に話しているのを聞いているのだから。私はいつもあなたを支えている」

ワリエワのドーピング疑惑が浮上し、動揺しているROCフィギュアチーム。それでも、北京の会場には平昌大会の金メダリストと銀メダリストというお姉さんスケーターの心強い援軍がいる。