広い米国で「第2の都市(the Second City)」の愛称で呼ばれるのが、米中西部イリノイ州のシカゴだ。1980年代まで人口はニューヨークに次ぐ全米2位。1万7000以上の建物が全焼した1871年の大火から復興し、米国初の10階建ての「摩天楼」を建てるなど、発展を遂げた。
ここで栄えた数多くのものの一つが米国流の「笑い」の文化だ。街にはマイク一本で笑わせるスタンダップコメディー、即興劇のインプロ、コントのようにシチュエーションを作るスケッチの三つの芸能を見せる劇場が立ち並ぶ。1959年創設のその名も「ザ・セカンド・シティー」の舞台には、ジョン・ベルーシやビル・マーレイ、スティーブ・カレルらあまたのコメディアンが立ち、ニューヨークやハリウッドに巣立っていった。日本でおなじみのデーブ・スペクターさんもここにいた。
そんな笑いの都シカゴで、スタンダップコメディーの芸をみがく日本人がいる。
「アメリカは最近『ヒーロー』という言葉を使いすぎてると思う。この前もレストランに行ったら入り口に『マスクをつけたら、あなたもヒーローだ』って書いてあるんだ。それならアジア人はとっくの昔からヒーローさ」。笑いが広がった。
Saku Yanagawaさん(29)は奈良県の生まれ。演劇活動をしていた大阪大3年のとき、テレビでスタンダップコメディアンを見て衝撃を受けた。「これや!」。翌日にはニューヨークに飛んでいた。劇場の扉をたたき、誰でも数分のネタで勝負できるイベントに参加した時、「明日うちでもやるよ、来る?」と声をかけてくれたのが、ザ・セカンド・シティーで活動する人だった。シカゴが笑いの中心地ということは知っていた。「運命やと思いました」
阪大を卒業後の2017年にシカゴに拠点を移した。「人気番組サタデーナイトライブに出演し、日本人初のコメディー界のメジャーリーガーになる」を夢にマイクの前に立っている。
歴史あり笑いありのシカゴは、姉妹都市でもある日本の「第2の都市」大阪と似ているとSakuさんは言う。「本当はどっちも3番目なんですけどね」。確かに、人口ではシカゴはロサンゼルス(LA)の次、大阪も横浜の次で全国3位だ。
「だけど第2の都市ってところに誇りを持って、ニューヨークや東京と自分たちを相対化している。その独自性と文化に対する誇りが、僕は大好きなんですよ」。シカゴではよく「誇りある第2の都市」という言葉を見聞きする。「つまり2番目といいながら自分たちが1番だと思ってる。大阪とシカゴが両方好きなのはこういうところ」
例えば食べ物へのこだわり。「大阪の人は東京のうどん、あんなダシはあかんわとよく言うでしょう。シカゴの人はニューヨークピザなんかあかんって言うんです。やっぱシカゴピザやわと。分厚いシカゴ風ピザなんて毎日食べられないし、ニューヨークの食べ物がおいしいのはわかっているんだけど、プライドがありますから」
でも有名になるには、大都会ニューヨークやLAで舞台を踏んだ方が手っ取り早いのでは?そう聞くとSakuさんは首を振った。「ニューヨークやLAは呼ばれて行くところ。シカゴは目の肥えたお客さんが多い。厳しいですよ、受ける時はむっちゃ受けるし、滑るときはキンキンに滑らせてくれる」
観光客も多いニューヨークの劇場では同じネタを毎日やる人もいる。シカゴで毎日同じものを見せようものなら客は一気にしらける。「自分の脳みその中を、芸を見られている気がします」
シカゴには「風の街(Windy City)」の愛称もある。ミシガン湖から吹く風を指すなど諸説あるが、Sakuは「ニューヨークとLAの両方から政治の風が吹き付けてくる場所」という意味だと考えている。
イリノイは保守派が強い中西部にあってリベラル派が多い州だ。オバマ元大統領の地元でもある。バイデンとトランプが争った2020年の大統領選では、隣接するインディアナ、アイオワ、ミズーリ、ケンタッキーの共和党支持の中でぽつんと民主党を支持。トランプが圧勝した16年もそうだった。アメリカの真ん中でバランスをとっているみたいだ。
様々な背景を持つ人が暮らす米国では「あるある」ではなく「違い」を笑うのが主流という。「劇場は自分と意見の違う人と出会い、笑える場所でもある。同じ意見の人に話すだけなら集会だけど、意見の違う人と同じ空間で同じタイミングで笑えたら、少なくともその瞬間分断はなくなっているといえるんじゃないかな」。だからシカゴは、やっぱり大事なのだ。