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脅迫電話と発火装置 「環境差別」と闘う黒人女性に向けられた刃

ホワイトハウスへ猛ダッシュ
焼却施設へひっきりなしに出入りする大型トラック=ペンシルベニア州チェスター、ランハム裕子撮影、2021年11月29日

【前の記事を読む】黒人が多い街、工場地帯に 「環境差別」と闘う伝説の女性に会った

■続く脅迫電話、浴びせられた罵声

チェスターで環境差別問題と闘うために1991年につくられた非営利団体「チェスター・レジデンツ・コンサーンド・フォア・クォリティ・リビング」は当時、小さな事務所を構えていた。

ある日、いつものように事務所に行くと、何者かが押し入った形跡があった。貴重品は盗まれていなかったが、住民の健康調査の書類が無くなっていた。人々がどのような健康問題を抱えているか、一件一件回って収集した貴重なデータだった。大きな打撃だった。「帽子をかぶった中年の白人男性が大きな茶封筒を持ってオフィスから出ていくのを見た」という隣人がいたが、犯人は特定できなかった。

ちょうどこの頃、自宅に脅迫電話がかかってくるようになった。最初は「もしもし」と言ってもずっと黙っていて、荒い息だけが聞こえた。次第に「くそばばぁ、お前を殺してやる」といった罵声が浴びせられるようになった。声を変える機器を使っていたが、話し方や言葉遣いで男性に聞こえた。脅迫電話は毎日にように続いた。犯人が誰なのか、背後に何があるのかわからなかったが、自分の活動が何らかの形で関係していることは確信していた。

全ては恐怖でなく怒りとなった。「もし誰かが銃を持って強盗に入ってきても、私は言われるがままひざまずくようなことは決してしない。どうせ撃たれるなら、必死に闘って死ぬ方がましだ」

チェスターにある工業地帯に隣接する住宅区域。古びた家屋が並び、道端にはガラスの破片や釘などがたくさん落ちていた=ペンシルベニア州チェスター、ランハム裕子撮影、2021年11月29日

ある日、女友達のところへ遊びに行って夕方に帰宅すると、家の周りに人が集まっていた。

人混みの奥には黒く焦げた自分の家の玄関のドアが見えた。近所の人が、家の玄関と裏口に発火装置が仕掛けられたと教えてくれた。元軍人の隣人が火災を発見し、消防車を呼んだ。おかげで大事に至らず済んだものの、「脅迫だけではない。本当に誰かが私を殺そうとしている」と実感した。庭にあった2歳の甥っ子のバットマンのおもちゃの車も放火され、プラスチックが全て溶けていた。それから間もなく、いつものようにまた電話がなった。

■「お前の母親を殺してやる」

受話器をとると聞こえたのは、「お前の母親を殺してやる」……。

これまでと違うものを感じた。自分ならどんな銃弾でも受けてやると思っていたが、家族を巻き込むわけにはいかない。メイフィールドさんは精神的に追い詰められていった。

両親に心配をかけまいと何も伝えていなかったが、いつもと違う様子に父親が「少し休憩が必要ではないか?」と切り出した。

父親は、製鋼所の人種差別に基づく労働条件について裁判を起こし、28年闘って勝訴した経験を持つ。「そんな父親が、なぜ娘に諦めろというのか?」と反論したが、実際、寝ずの情報収集と脅迫電話が続く毎日に、体力的にも精神的にもボロボロだった。家の外壁に差別的な言葉の落書きをされたり、タイヤをナイフで切られたりしたこともあった。

現在空き家となり放置されている自分の家の前に立ち、焼却施設を眺めるメイフィールドさん=ペンシルベニア州チェスター、ランハム裕子撮影、2021年11月29日

この頃、町で見かける子供たちが「環境汚染の被害者」にしか見えなくなった。「どれだけの鉛があなたの体に入っているの?」と子供たちの体を掴んで揺さぶりたい衝動に駆られた。「今すぐチェスターからできるだけ遠いところへ行かなければならない」と思った。チェスターの住民を見捨てるような真似はしたくないと思いながらも、自分の家族に被害が及ぶことをどうしても避けたかった。精神的にも相当追い詰められていた。

こうしてメイフィールドさんは故郷チェスターを離れ、2001年、カリフォルニアへ引っ越した。「選択の余地などなかった」

■活動から離れ、罪悪感との葛藤

新転地カリフォルニアで過ごし3年半が経った頃、家族から肺がんを患っていた母親の容体が悪いという連絡を受けた。急いで荷物をまとめ、チェスターに戻った。

その1週間後、母親がこの世を去った。これを機に、「戻りたくない」と思いながらも家族が待つチェスターに引っ越し、カリフォルニアで結婚した元旦那と連れ子二人と自分の家に戻ることにした。環境差別問題の活動は何もしていなかった訳ではないが、表舞台には一切戻らず息を潜めるような生活を送った。「以前のような活動を再開すれば、家族の人生を変えてしまう」

子供たちを守ることを優先させ、隣接するデラウェア州に引っ越した。自分で下した決断だったが、地元住民に対する罪悪感に苛まれた。「私にも自分の人生を謳歌する権利がある」と自分に言い聞かせては決断を正当化した。

汚染がなくなることはなかった。ペンシルベニア州立大学の「センター・フォア・エクセレンス・イン・エンバイロメンタル・トクシコロジー」で環境毒性学を研究するマリリン・ハワース医師が2010年にデータ分析をした結果、チェスターでは全国平均の約5倍に及ぶ38.5%の子供たちが喘息を持っており、同州の他の群と比べてもチェスター市民が肺がんや卵巣がんを発症する率は心臓発作や心臓疾患により亡くなる率とともに高かった。2020年に同センターにより行われた分析でも、チェスターは同州フィラデルフィアとともに肺がんなどを引き起こす汚染物質レベルが高い「ホットスポット(病気にかかりやすい場所)」とされた。

チェスターにある工業地帯=ペンシルベニア州チェスター、ランハム裕子撮影、2021年11月29日

「デラウェア渓谷資源回収施設」が汚染物質を放出している可能性に関してハワース医師は説明する。「焼却によって放出される微粒子物質は他の化学物質と混ざることによって内分泌系疾患やがんを引き起こすことがある。特にプラスチックが燃やされる時にダイオキシン系統の化学物質が放たれ、発がん性とも関連づけられる刺激性物質となる。リサイクルされるべきプラスチックが焼却炉で燃やされる度にダイオキシンが大気に流出している」

「『知識こそ力』というが、私にとっては知識が凄まじいほどの罪悪感を生んだ」。メイフィールドさんは、この町にある問題を無視することはできないという思いと家族を守らなければならない思いの狭間で行ったり来たりした。「まるで感情のジェットコースターに乗っているようだった」

■大家族イベント

毎年、イースターが近づくと家族全員が公園に集まりバーベキューをした。大家族の一大イベントには友人も招き、参加者の合計は何百人となるのが当たり前だった。恒例の家族写真を撮った直後だった。突然涙があふれ、止まらなくなった。写真を撮る際は、一番高齢の叔母が一番小さい赤ちゃんを真ん中で抱っこするのが家族の習慣になっていた。その光景に、「あなたは私たちを守ってくれないの?」という子供たちの声が聞こえたような気がした。この時メイフィールドさんは決心した。「迷うのはこれで終わりだ。私の家族を真の意味で守るために必要なことを私がやらなければならない」

年に一度集まってパーティーをするメイフィールドさんの家族=ペンシルベニア州チェスター、本人提供

これまで亡くなった家族の名前を書き綴った。一度もタバコを吸わなかったが40代で肺がんで亡くなった叔母、造船所で働き肺がんを患った叔父、若くして肝臓がんで苦しんだ親戚の15歳の女の子……。名前は10人を超えていた。これまでがん家系のせいだと思ってきたが、吸う空気が影響している可能性は否めない。

■「戦場に戻ってきました」

それでも以前のような活動をするには心の準備期間が必要だった。2018年10月、ペンシルベニア州の「クリーン・ウォーター・アクション」という環境保護に従事する非営利団体がメイフィールドさんの環境問題における過去の功績を称え、表彰したいと連絡してきた。「賞なんて要らない」と何度も断ったが、団体側は諦めなかった。躊躇する気持ちが大きかったものの、表彰式のステージに立つと突然何かがふっきれた。そこで観衆に言った。「『ミス・メイフィールド』は戦場に戻ってきました!」。

会場は大きな歓声と拍手に包まれた。一度おさまったかと思うと、二度目の歓声が波のように押し寄せた。「晴々しい気持ちだった」。17年間つきまとった罪悪感はもうなくなっていた。

以来、メイフィールドさんは障害者の世話をする仕事をするかたわら、「チェスター・レジデンツ・コンサーンド・フォア・クォリティ・リビング」の代表として、公聴会に出席したり、市民との会合を開いたりしながら「デラウェア渓谷資源回収施設」の閉鎖を目指し活動をしている。

■市民が閉鎖を求める理由

製紙工場、製油所、下水処理場などが密集するチェスターで、なぜ特定的に「デラウェア渓谷資源回収施設」の閉鎖を求める声が上がっているのか。環境正義を求める非営利団体「エンバイロメンタル・ジャスティス・ネットワーク」の設立者マイク・イーウォールさんは、「『デラウェア渓谷資源回収施設』がチェスターの中で一番汚染物質を大気に放出しているからだ」と説明する。イーウォールさんが2016年から2019年のペンシルベニア州の環境保護庁のデータを分析した結果、「デラウェア渓谷資源回収施設」は、窒素酸化物、一酸化炭素、水銀はデラウェア郡で1位の放出量であり、粒子状物資、鉛、ニッケル、カドミウム、ヒ素、クロミウムの放出量が2位だったという。

さらにイーウォールさんは、「デラウェア渓谷資源回収施設」に酸化窒素の汚染制御システムがないことを指摘する。「コバンタ」のウェブサイトによれば、マサチューセッツ州のプリマスやペンシルベニア州ランカスターにある焼却施設には酸化窒素をコントロールするシステムが取り入れられているものの、チェスターの施設にはそのようなシステムが導入されていない。1990年からどれだけ大気放出の割合を減少させたかというリストでは、水銀、鉛、カドミウムなどが96%から97%減少したとする一方、酸化窒素の減少はわずか24%にとどまっている。

メイフィールドさんの家の目の前にある「デラウェア渓谷資源回収施設」=ペンシルベニア州チェスター、ランハム裕子撮影、2021年11月29日

ニューヨークにあるザ・ニュー・スクール大学で社会問題を研究する「ティッシュマン・エンバイロメント・アンド・デザイン・センター」が2019年に出したリポートによると、「デラウェア渓谷資源回収施設」のPM2.5の放出量は全米1位で、2014年に20万パウンド以上(約90718キロ)を大気に放出していた。粒子状物資は肺疾患、心臓疾患、心臓発作、冠動脈疾患などを引き起こす原因とされる。特に「P M2.5」は2.5ミクロン以下の微小粒子状物質のため、肺の奥に入り込み、ぜんそくや気管支炎などの呼吸器系疾患や循環器系疾患などのリスクを上昇させると考えられている。

同センターで環境正義を研究するエイドリアン・ペロビッチさんは廃棄物発電施設について、「建設されてからの平均年数が35年という焼却施設の設備は極めて古いものが多く、効率的に発電されないため実質的には『焼却炉』同様だ。焼却は異臭を放つだけでなく、有害物質を大気に放出するため一番汚染をもたらすゴミ処理方法だ。リサイクルを奨励し『廃棄物・ゼロ』を目指す社会の動きにも逆らっている」と語る。

「デラウェア渓谷資源回収施設」の閉鎖を今求める2つ目の理由は、「4月に施設運営の契約が切れ、更新されなければ焼却施設を閉鎖することができるというタイミング」だとメイフィールドさんは話した。(つづく)

【つづきを読む】「黒人の街」に偏るごみ処理施設、これは偶然?アメリカ社会の見えない差別