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黒人が多い街、工場地帯に 「環境差別」と闘う伝説の女性に会った

ホワイトハウスへ猛ダッシュ
チェスターにある工業地帯=ペンシルベニア州チェスター、ランハム裕子撮影、2021年11月29日

まさか、あそこに人は住んでいないよね?ハイウェイのかなた、青い空の下にそびえる無数の煙突と、そこからたちのぼる白い煙を目にして、最初に浮かんだのはそんな疑問だった。首都ワシントンから車で2時間半、ハイウェイを降りてすぐに広がっていたのは、煙突だらけの工場地帯だった。米国で最大規模の製油所や発電所が圧倒的な存在感を放つ。ここで環境の改善に取り組み、地元住民から「伝説のカリスマ」と呼ばれる黒人女性がいる。ぜひとも会って話を聞きたいと思った。

■「白い粉」で遊んだ幼少時代

「伝説」の黒人女性の名はズリーン・メイフィールドさん(60歳)。チェスターの中でも特に貧しい地区の出身だ。1961年、製鋼所で働く父親とマッシュルーム工場で働く母親のもとに、5人きょうだいの末っ子として生まれた。静かな子供だったというメイフィールドさんは、取材中もあまり笑顔を見せなかった。ただ、少女の頃から誰に対しても「正しいことは正しい、間違っていることは間違っている」とはっきり言う性格だったという。将来の夢はこれといってなかったが、早くひとり立ちすることをいつも目標にしていた。

チェスターは20世紀前半、製造業の町として栄えた。だが1950年から1980年にかけてフォードやジェネラル・モーターズなどの工場が次々と移転を始め、それに伴い富裕層を含む多くの人が郊外へ移動した。1950年当時、6万6千人だった人口は現在3万4千人に減少した。2019年の米国勢調査によれば、約7割を黒人が占めるチェスター市民の年間平均所得は32,403ドル(約367万円)と、周辺都市に比べて低い。同州のフィラデルフィアは約4万6千ドル(約520万円)だ。

学校を終えた子供たちは自然とメイフィールドさんの事務所に集まるようになった。メイフィールドさん(左端)はそんな子供たちの世話をしていた=ペンシルベニア州チェスター、本人提供

メイフィールドさんが子どものころ、町は一歩外に出れば誰もが顔見知り。地元住民は助け合って暮らしていた。近所の線路に落ちている粉を友達と袋や風船に入れて「爆弾」を作り、それを投げ合って遊んだ記憶がある。「時に白いグラニュー糖、時に灰色の小麦粉のような粉だった。それが化学製造工場へ向かう貨物からこぼれた化学物質であることなど、知るよしもなかった」

■訪れた転機

29歳の時、目標達成の大きな転機がやってきた。知人が家を売りに出すというのだ。早く独立したい。安価で家を買うチャンスを逃す手はなかった。3世帯が連なる2階建てのタウンハウス。右端にあるメイフィールドさんの新居には寝室が3つあり、脇には小さな庭、裏には車を1台止めるスペースも付いていた。「きれいな物件ではなかったので、家中を汗だくになって掃除した。それでもすごく嬉しかった。人生でとても大きな一歩だった」

メイフィールドさんが購入した家(右端)は現在空き家状態でホームレスが住み着いた形跡が見られた。資産価値が下がり売ることもできず、放置された家は同じ区域に7、8件ある=ペンシルベニア州チェスター、ランハム裕子撮影、2021年11月29日

新居の目の前には子供の頃よく遊んだ線路があった。そのわずか30メートルほど先に、大きな工場のような施設が建設されているのが見えた。当時はまだ若く、あまり周囲のことを気にしなかった。自分の家を得た喜びでいっぱいで、「何か」が建てられていると思っただけだった。

■全てを変えた1枚の案内書

ある日、近所に住む母親の家に行った時のこと。玄関で「廃棄物発電施設の説明会」と書かれた1枚の紙を見つけた。「ウェスティングハウス」という会社が運営する「デラウェア渓谷資源回収施設」は、回収したゴミを燃やし発電する施設と書いてあった。1日に3500トン以上の廃棄物を燃やし発電するというアメリカ最大級の焼却施設だ。自分の家の目の前で建設が進む「何か」の正体を初めて知った。と同時に疑問が頭に浮かんだ。「なぜ施設から離れた母親の家に案内が来て、施設の目の前にある私の家には来ていないのか?」。近所の人に尋ねるとほとんどの人が通知をもらっていなかった。納得できず、逆に興味が湧いた。数日後の説明会に参加してみることにした。

会場には約40人の市民と、それを明らかに上回る数の施設関係者、市長を含む市議会議員やペンシルベニア州環境保護庁の役人が集まっていた。会場を訪れた住民は高齢者が大半を占めていたにも関わらず、説明会は誰も聞いたことのないような専門用語や技術的な話であふれていたことに衝撃を受けた。その時だった。70代くらいの男性が「それは、結局ゴミの焼却炉じゃないか!」と叫んだ。すると主催者は、「あなたは何もわかっていない。りんごとみかんの区別もつかないのか」と反論したという。

チェスター西部の住宅街にある焼却施設=ペンシルベニア州チェスター、ランハム裕子撮影、2021年11月29日

「貧困で教育のない自分たちを見下している」と感じ、メイフィールドさんはショックを受けた。「この説明会は、住民から質問や懸念を聞き入れるものでも、理解を得ようとするものでもなく、私たちに『すでに決まった施設の開設を受け入れろ』と説得するためのものではないか」。あまりの怒りに途中で席をたったというメイフィールドさんは当時を振り返る。「あの時点では反対しようにも、私たちにはなす術がなかった」

同じデラウェア郡の中でも白人が多く住む地区では、焼却施設が住民の反対で閉鎖された事例がある。1979年3月13日の地元紙「フィラデルフィア・インクワイアラー」の記事によれば、人口の86.4%を白人が占める「白人の街」マープルでは、住民の抗議運動で焼却施設が1977年に閉鎖された。

1991年1月17日の「フィラデルフィア・インクワイアラー」は、ミドルタウンという町で「50トンの焼却炉が自分たちの町に来ることに住民が反対し、計画阻止に成功した」と報じている。ミドルタウンの白人の割合は、2019年の国勢調査によると93.1%で、黒人はわずか1.9%だ。1991年当時も白人の割合は91.4%だった。

デラウェア郡のソリッド・ウェイスト・オーソリティー(固形廃棄物局)の役員会メンバー、ジム・マクグラウグリンさんは、「白人が多い区域のいくつかの施設が住民の反対により廃止されたことを受けて、他の候補地の中からチェスターが『選ばれた』ことは明らかだ」と語る。「ロケーションの選択は意図的に行われる」

■「自分の身は自分で守る」

ゴミ処理施設が市民の健康にどのような影響を及ぼすのか、地元住民の懸念は日増しに募っていた。最初は教会で会合や抗議運動の計画がされていたが、きちんとしたリーダーシップや目的を持つ組織として活動する必要性を求める声が徐々に上がった。「政府から誰も助けに来てくれない。そうであれば自分たちを守るのは自分たちしかいない」。

こうして1991年、牧師を中心とし、環境差別問題とたたかう非営利団体「チェスター・レジデンツ・コンサーンド・フォア・クォリティ・リビング(生活の質を懸念するチェスター市民)」が結成された。最初の仕事は、現状の把握と、施設や汚染物質に関する知識や、環境汚染の責任は誰にあるのかといった情報を集めることだった。メイフィールドさんはこの組織の設立者ではなかったが、住民への思いと持ち前の行動力と発言力で、気づけばリーダー的存在になっていた。

環境差別問題とたたかう非営利団体「チェスター・レジデンツ・コンサーンド・フォア・クォリティ・リビング」代表のズリーン・メイフィールドさん=ペンシルベニア州チェスター、ランハム裕子撮影、2021年11月29日

「毎日吸う空気が汚染されているかもしれない。時間の余裕などない。専門用語や技術的なことをできるだけ早く学習する必要があった」。こうしてメイフィールドさんは受験生のような生活を始めた。当時、医療会計会社で事務をしていたメイフィールドさんは、朝8時から夕方4時まで働き、その後夜中過ぎまで情報収集や勉強を続けた。

上司から、会社のコピー機や電話を活動に自由に使っていいという許可を得た。調査のため、町唯一の図書館にあったコンピューターも予約して使った。使用時間は1週間に1時間。市民の健康状態を調べるため、アンケートを手にドアを叩いて回った。政府機関による大気汚染調査のデータが一切なかったため、米環境保護庁に調査依頼を申請したのもこの頃だった。

■初めての抗議運動

1992年、新たに建設された「デラウェア渓谷資源回収施設」が稼働を始めた。周囲には「動物の死骸のような異臭」が放たれ、それまで静かだった住宅街の通りを大型トラックやトレーラーが24時間走り続けた。「ゴミがすぐ近くにある暮らしで、まるで自分たちがゴミとして扱われているような気がしてならなかった」

夜中の2時でも続くトラックの騒音に、ぐっすり眠ることができなくなった。朝は渋滞が生じ、住民の出勤を困難にした。トラックの荷台からこぼれ落ちるゴミは道を埋め尽くしていた。70代、80代の女性たちが、バケツを持って、早朝から通りの清掃を始めた。その様子を見て、メイフィールドさんはすぐさま近くの店に駆け込み、腰をかがめずに使えるチリトリを買って女性たちに配った。

抗議運動をするメイフィールドさん(手前)とチェスターの住民たち=ペンシルベニア州チェスター、本人提供

同じ年の12月23日。凍りつくような寒さの中、住民を集め初めての抗議運動をした。「環境差別(Environmental Racism)」と書かれたプラカードを持った住民約20人が白い息を吐きながら、住宅地の目の前を通るトラックを止め、迂回させた。わずか数時間だったが、騒音や渋滞を生じながら走り続けるトラックを止めたことで住民に束の間の安心を与えた。この抗議運動をきっかけに、施設へ向かうトラックの専用道路が住宅地域から少し離れたところに作られることとなった。

■調査で明らかにされた環境リスク

1995年、チェスターの町で初めて米環境保護庁による環境リスク調査が行われた。同年6月に発表された報告書によれば、チェスターの60%の子供たちの血中に鉛が検出され、そのレベルは米疾病管理予防センターが定める基準をはるかに超えていた。チェスター市民のガンと呼吸器系の健康被害の危険性が環境保護庁の許容範囲を超えていることも判明した。

報告書は「『デラウェア渓谷資源回収施設』を鉛の放出レベルから『スーパーファンド・サイト』である可能性がある」と明言した。1980年に米議会で制定された包括的環境対処・補償・責任法は通称「スーパーファンド」と呼ばれ、「スーパーファンド・サイト」はこの法律に反し有害物質を放出している特定の敷地を指す。

メイフィールドさんは自分が疑ってきたことが正しかったと確信した。情報収集を続けるかたわら、勉強会を開いたり情報をまとめた用紙を配ったりして、これまで何も知らなかった住民に情報を伝え、地域に起きている問題を認識してもらう作業にも時間を費やした。

チェスターにある工業地帯=ペンシルベニア州チェスター、ランハム裕子撮影、2021年11月29日

同年、メイフィールドさん率いる「チェスター・レジデンツ・コンサーンド・フォア・クォリティ・リビング」は、焼却炉に隣接する大型医療廃棄物処理施設が地域を汚染しているとし、運営許可を取り消すようペンシルベニア州の環境保護庁に対し訴訟を起こした。メイフィールドさんと交流がある非営利団体「エンバイロメンタル・ジャスティス・ネットワーク」の設立者、マイク・イーウォールさんは「施設のフェンスの外にトラックからこぼれ落ちた注射器などの医療廃棄物が散乱しているのをよく目にした。すぐそばの線路では子供たちが遊んでいた」と当時の様子を語る。

この訴訟でメイフィールドさんが一番訴えたかったのは、1987年以来チェスターで5つの廃棄物施設の建設が州から認められたことは、1964年の公民権法に基づく法の平等保障に違反しているのではないか、という議論だった。同郡で黒人が多く住む地区には8つの廃棄物処理施設がある一方、白人が多い地域にあるのは3施設だった。チェスターに他の工場も密集していることも踏まえ、告訴状に施設の運営許可を出し続ける州の行為は「人種差別に基づいている」と明記した。州の裁判所で一旦運営許可が取り消しになったが、州最高裁で判決はひるがえされた。だが、この訴訟は米国で公民権法に基づき州を訴えた第一例となった。問題となった医療廃棄物処理施設は再開したものの、間もなく倒産した。(つづく)

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