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前澤友作氏が搭乗するソユーズ宇宙船はこう打ち上げられる バイコヌールの歴史とは

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専用列車で発射場まで運ばれるソユーズ宇宙ロケット=2012年7月、カザフスタン・バイコヌール、関根和弘撮影
専用列車で発射場まで運ばれるソユーズ宇宙ロケット=2012年7月、カザフスタン・バイコヌール、関根和弘撮影

「夢はかなうという気持ちでいっぱいです」。12月7日。前澤さんはバイコヌールで開かれた記者会見でそう述べた。

記者会見といっても、新型コロナウイルスの感染防止のためオンライン形式で開かれた。本来ならバイコヌールの関連施設の一室で大勢の報道陣が集まってやり取りが進行する。特徴的なのは、搭乗する宇宙飛行士たちと報道陣との間はガラスで隔てられていることだ。

会見の模様を見ていただくとわかるが、前澤さんもガラス越しに話している。これは新型コロナの影響ではなく、以前からこうなっている。かぜをはじめとする様々な病気の原因となるウイルスなどから宇宙飛行士を守るためだ。

ガガーリン宇宙飛行士訓練センターで訓練を受ける前澤友作氏(左)ら=2021年10月14日、モスクワ郊外の「星の町」、代表撮影
ガガーリン宇宙飛行士訓練センターで訓練を受ける前澤友作氏(左)ら=2021年10月14日、モスクワ郊外の「星の町」、代表撮影

ちなみに私が現地取材したのは、星出彰彦さんが宇宙に行った2012年7月。星出さんはこのときの記者会見で、「宇宙船もクルーも準備万端。今はリラックスしている。大事なのは、軌道上(のISS)も地上も一つのチームなんだ」と語っていたのが印象的だ。

さて、宇宙飛行士たちが搭乗に向けて準備を進める一方、機体の準備も同時に進む。星出さん打ち上げ時のケースでは、この会見の前日の朝、格納庫から打ち上げロケットが横倒しの状態で専用列車に乗せられて運び出され、ゆっくりとしたスピードで、発射場(射場)まで移動する。

射場に到着すると、ロケットが垂直状態に起立させられ、いよいよ燃料注入を待つことになる。

そして打ち上げ当日。星出さんのときは会見から2日後だったが、まだ空が暗い早朝に宇宙飛行士たちは起床し、宇宙服に着替えて私たちの前に姿を現した。

ロシア宇宙庁(ロスコスモス)の幹部らに挨拶をした後、発射場に向かって宇宙船ソユーズに乗りこむ。ちなみに宇宙服は体がやや前傾姿勢になるような形で成形されている。コックピットに乗りこんだときに一番フィットするようにとの話だった。

ロケットに向かう星出彰彦さん(中央)。宇宙服は登場時に座った姿勢でフィットするよう前傾姿勢の形で作られている=2012年7月、関根和弘撮影
ロケットに向かう星出彰彦さん(中央)。宇宙服は登場時に座った姿勢でフィットするよう前傾姿勢の形で作られている=2012年7月、関根和弘撮影

打ち上げ時、私たち記者は発射場から約1.5キロ離れた場所で取材することになる。ロケットが打ち上げられたときの衝撃波はものすごく、これだけ距離が離れていても体に風圧を感じ、三脚に据え付けたカメラが傾いた。

機体は雲を突き抜け、数十秒で目視できなくなった。あっという間の出来事だ。

さて、ソユーズ宇宙船はロケットを切り離して無事に周回軌道上に乗ると、目的地であるISSとのドッキングをすることになる。

星出さんの時は、打ち上げから2日後にドッキングしたため、私はいったんバイコヌールからモスクワの中央管制センターに移動してその時がくるのを見守った。

センターの巨大モニターにソユーズからの映像が映し出された。その先にはISSが映し出されており、少しずつその映像が大きくなっていった。モニターにはあと何メートルと表示され、いよいよ近づいてドッキングかと思ったとき、突然管制センターの職員たちが退出し、管制室は静まりかえった。

ドッキングしたのかどうかわからないまま時がすぎたが、実はこのとき、ドッキングは成功していた。てっきり拍手でその瞬間を迎えるものだと思っていたが、ロシア宇宙庁職員いわく、「ドッキングと言っても私たちにとっては多くのプロセスがあり、どこをドッキングととらえるのかは難しい。それに私たちには何度も繰り返しやっているプロセスなので、あまり感動するほどのことではないかも」。納得の答えだった。

ソユーズ宇宙船から国際宇宙ステーションに乗り移り、地上の中央管制センターのモニターに映し出される星出彰彦さん(左から2人目)ら=2012年7月、モスクワ、関根和弘撮影
ソユーズ宇宙船から国際宇宙ステーションに乗り移り、地上の中央管制センターのモニターに映し出される星出彰彦さん(左から2人目)ら=2012年7月、モスクワ、関根和弘撮影

とはいえ、さすがに宇宙飛行士たちがISSに乗り移ってくる瞬間の映像が映し出されたときは、管制室も拍手で包まれた。

前澤さんも打ち上げ以降、どの瞬間で本人の笑顔が見られるか楽しみだ。

ところでなぜ、ロシアの宇宙船がカザフスタンから打ち上げられるのか。これはカザフスタンがかつてロシアとともに「ソ連」という国家を構成していたためだ。

ソ連は1991年まで存在していた超大国で、社会主義に基づき国家運営をしていた。資本主義を採るアメリカなど西側諸国と対立しており、両国が直接戦わないまでも、各地で代理戦争が繰り広げられる冷戦の時代だった。

バイコヌールは1995年まではソ連建国の父、レーニンの名前をもじって「レーニンスク」と呼ばれ、関係者以外は立ち入りを禁じられていた閉鎖都市の一つだった。

ロシアにとっては宇宙事業の拠点として重要な場所であり、1991年にソ連が崩壊した後もカザフスタンに賃料を支払って都市全体を借りている。言ってみれば租借地であり、都市内はロシアの通貨ルーブルが流通し、ロシアの法律が適用されている。

エリツィン政権時代にバイコヌールと名前が改められ、今は8万人ほどが暮らしている。打ち上げ基地のための都市なので、住人のほとんどが関係の仕事に就いている。

宇宙開発はこれまで、米ソ、米ロの独壇場だったが、中国などほかの国々も技術力を高めて過熱を帯びている。テスラCEOのイーロン・マスク氏が率いるスペースX社のように、民間企業が宇宙船を打ち上げられるようにもなった。

こうした中、ロシアは改めて宇宙開発を重要な事業と位置づけ、極東に新しい打ち上げ基地「ボストーチヌイ」を建設、他国となったカザフスタンへの打ち上げ依存を減らす方針だ。

それでもこのバイコヌールはロシアの宇宙開発にとってなお重要な場所であることには違いない。私が特に興味を持ったのは、ロシア版スペースシャトルと言われる「ブラン」の機体が博物館に展示されていることだ。

外見がアメリカのスペースシャトルと機体が似ているだけでなく、再利用型の機体という点も共通している。使い捨て型のソユーズを進めていたソ連にとっては別の「選択肢」だった。

バイコヌールに展示されているブラン
バイコヌールに展示されているブラン=2012年7月、関根和弘撮影

ブランは1988年、無人でバイコヌールから打ち上げられて地球軌道を周回し、再び戻ってくるという実験飛行をしている。予定では1992年に有人飛行をするはずだったが、この前年の1991年12月25日、ソ連が崩壊し、計画もなくなった。

間もなくソ連が崩壊してから30年を迎える。ソ連隆盛を象徴する現場の一つであるバイコヌールが、前澤さんの打ち上げというニュースによって注目されるのは、現地を取材したことがある私にとっては個人的に感慨深いことだ。