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濱口竜介×ポン・ジュノ、日韓監督の熱い映画論議 釜山でスペシャル対談

現地発 韓国エンタメ事情
ポン・ジュノ監督と対談した濱口竜介監督(釜山国際映画祭提供)

釜山映画祭では世界的な注目作を紹介する「ガラ・プレゼンテーション」部門で『偶然と想像』と『ドライブ・マイ・カー』が上映され、対談はこの2作品を中心にしつつ、それぞれ影響を受けた監督や演出スタイルなどについて2時間にわたって幅広く語り合った。

ポン監督は対談の冒頭で「濱口監督のファンとして、同僚監督として、気になっていることがたくさんある」と述べ、まずは『ドライブ・マイ・カー』について「あれだけたくさんの車のシーンをどうやって撮ったんですか?」と質問した。車をレッカー車に載せて実際にはレッカー車を運転して撮る方法や、車を動かさずにCGを使うなど、様々な方法があるという。濱口監督は「車は本当に普通に走らせて撮りました。走らせないと自分が望んでいるようなものが映らないと思ったからです」と答えた。

さらにポン監督は「『偶然と想像』でも車の中での長い会話のシーンがあるが、車の中での会話に何か愛情や執着のようなものがあるのか。亡くなった父は私を含め子どもたちと普段はほどんど話をしない人だったが、車の運転席に座るとよくしゃべった。目を合わせて話すのが苦手で、同じ方向を見ながらの会話だったからだと思う」と、個人的な経験をもとに尋ねた。

濱口監督は「自分は脚本を書くときにセリフからしか発想できないタイプだが、映画は動きがなければおもしろくない。乗り物の中での会話は自分の弱点を補完するための選択だった」と打ち明けつつ、「だけども乗り物の中だから生まれる会話があると感じるようになった。地点Aから地点Bに移動する空間はいつか終わってしまう宙づりのふわふわした空間。そこで大事なことを話したい気持ちになる心理がある気がします」と述べた。

■影響を受けた監督は

ポン・ジュノ監督と濱口竜介監督(釜山国際映画祭提供)

ポン監督と濱口監督が共通して影響を受けた監督としては黒沢清監督の名が出た。濱口監督は大学院で黒沢監督から直接学んだが、「そこで学んだのは黒沢さんの真似をしたらうまくいかないということ」だと言う。

黒沢監督は車のシーンを撮る時、車は止まったままでスクリーンに外の映像を投影する方法で撮ったが、濱口監督は「自分が車を走らせて撮ったのは、黒沢さんの真似をしないため。何か違うことをしなければと思った」と語った。

濱口竜介監督=Ji Sung Jin撮影

一方、ポン監督は特に黒沢監督の『CURE』(1997)に衝撃を受け、『殺人の追憶』(2003)を作るにあたって『CURE』の間宮(萩原聖人)のキャラクターが参考になったという。

『殺人の追憶』のモチーフとなった連続殺人事件の犯人は現在は明らかになっているが、撮影当時は未解決事件だった。ポン監督は「シナリオを書くために実際の事件に携わった刑事や記者らにインタビューしたが、一番会いたい犯人に会えなかった。そこで『CURE』で周りの人々を惑わせる間宮を見ながら、こんな犯人だったかもしれないと考えました」と、振り返った。

ポン監督の「『偶然と想像』や濱口監督の初期の短編を見るとフランスのエリック・ロメール監督の影響も感じる」という指摘については、濱口監督はこう語った。

「黒沢さんが実際の師匠だとして、エリック・ロメール監督は架空の師匠みたいなもの。自分にとって黒沢さんは絶対に真似できないが、エリック・ロメールは真似したくなる。というのは、ロメール作品は登場人物がむちゃくちゃよくしゃべる。自分はセリフを書くことからしか映画を作り始められないことをコンプレックスに感じていたが、ロメール作品を見て、こんなにおもしろくセリフを書けるんだと知り、そしてそのセリフが役者を演出することにもなっている気がしました」と、同意した。

■「いつか釜山で撮りたい」

濱口竜介監督とポン・ジュノ監督のスペシャル対談(釜山国際映画祭提供)

翌日の記者会見でポン監督との対談の感想を問われた濱口監督は「本当に夢のようでした。とても尊敬している監督ですが、人間的な魅力にも圧倒されました」と述べた。

濱口監督は『ドライブ・マイ・カー』を釜山で撮影する予定で2019年にロケハンに来ていたが、コロナの影響で実現しなかった。「実現していれば釜山のどんな所で撮る予定だったのか?」という記者の質問には「演技のリハーサルをしている場面は広島の平和記念公園の施設だが、もともとはこの『映画の殿堂』で撮るつもりだった」と明かした。「映画の殿堂」は釜山映画祭のメイン会場だ。

「『映画の殿堂』を『演劇の殿堂』ということにして、釜山国際演劇祭が開かれる設定で撮るつもりだった」と述べ、他にもいくつかの撮影予定だった釜山のスポットを挙げた。

会見の進行役を務めた釜山映画祭のホ・ムニョン執行委員長は補足の質問として「釜山のどんな点が映画撮影にいいと思ったのですか?」と尋ねた。濱口監督は「原作は東京だけの話だが、前作の『寝ても覚めても』を撮って、東京で車を走らせて撮るのは非常に難しいと実感した。自由に車を走らせて撮れる都市を考え、一番近い外国の釜山で撮ろうと思いました」と答えた。さらに「最近の韓国映画の隆盛、本当に力が強まっている状況で、自分も韓国の映画制作から何か学べるのではという期待もあった。釜山でたくさんロケハンをしたので、いつか撮りたい」と、今後の釜山ロケの可能性をのぞかせた。