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「僕も13回刺されたことがある」元密売人の壮絶な経験、若者を救う武器に

ホワイトハウスへ猛ダッシュ
チェ・ブロックさん=2021年10月5日、メリーランド州ランハム、ランハム裕子撮影

【前の記事を読む】13歳で麻薬密売人になった男性 13回刺されて得た新たな人生

■暴力に介入する専門家

2017年9月、メリーランド州立大学で黒人研究や銃の暴力の予防に従事する社会学者、ジョセフ・リチャードソン教授の4年間のリサーチと準備期間を経て、遂に正式なプログラム「CAP-VIP(キャピタル・リージョン・バイオレンス・インターベンション・プログラム)」が立ち上げられた。メリーランド州にあるプリンス・ジョージズ病院を拠点とし、重傷を負いワシントン近郊から搬送されてくる若い黒人男性を主な対象に、事態が繰り返されるのを防ぐ手助けをするプログラムだ。「負の連鎖」を断ち切るために、就職、教育、住まい、精神医療カウンセリング、医療保険、弁護士などのサービスを提供する。

リチャードソン教授は「プログラムを正式に立ち上げたら、真っ先に君を雇う」という約束を果たした。ブロックさんは、こうして「助けられる」側から「助ける」側となった。「バイオレンス・インターベンション・スペシャリスト(暴力に介入する専門家)」として、プログラムの参加者と直接コミュニケーションをとり、それぞれの人が必要なサービスを受けられるようにするという役割を担った。

CAP-VIPの立ち上げを記念して行われたイベントに出席するジョセフ・リチャードソン教授(左)とチェ・ブロックさん(2017年、リチャードソン教授提供)

ブロックさんは、ポケベルを常に携帯するようになった。誰かが撃たれ、病院へ向かうと、このポケベルが鳴り「GSW(ガン・ショット・ウンド=銃による外傷)レベル1」などというメッセージが届く。ケガの状況を確認したら、すぐさま病院の外傷センターに駆けつけ、ERの医師たちとヘリや救急車で到着する患者を迎えた。手術に立ち会ったこともある。

ERでは2つの重要な役目を果たした。1つは「医学用語を彼らがわかる言葉に『翻訳』する」こと。手術後、麻酔から目覚めた患者に、どのような状態で運ばれ、体のどこにどんな処置が施されたのかのをなるべくわかりやすく説明した。「体に負った傷が、どれだけ危険なものだったのかを分からせることが重要だった」

GSW(=銃による外傷)で搬送され手術後のエリック・ボンドさん。手術医によれば、あと1ミリずれていたら命を取り止めることができなかった極めて稀なケースだという(2017年、リチャードソン教授提供)

2つ目は、負傷した人と信頼関係を築くこと。「『手術に立ち会い、あなたの体に起こったことを全て見て把握している』と言えることは、『あなたを救うプロセスの最初から最後まで見届ける決意』を相手に伝えることになるんだ」とリチャードソン教授が指導してくれた。

「このプログラムは彼らが運ばれて来る時から始まる」。命が助からなかった場合は、泣き崩れる家族のケアも担った。

■プログラムの「秘密兵器」

重傷を負いベッドに横たわる人にプログラムを紹介し、興味を持ってもらうことは大切な一歩だったが、肉体的にも心理的にも傷を追う若者に心を開いてもらうのは容易ではなかった。最初はプロフェッショナルに見えるようスーツを着たが、それがかえって距離を遠ざけてしまうと感じ、ポロシャツなどのカジュアルな服装に変えた。「試行錯誤の繰り返しだった」。

4年前に自分が重傷を負って運ばれた病院で、「君と同じように、私もこのベッドに横たわっていたんだ。13回も刺されたんだ」と若者に話すことは、彼らとの距離を縮め信頼関係を築くことに役立った。「自分にも新しい道が開けるかもしれない」という希望を彼らに与えることができた。

まずは、自分が持っているものを分けてあげる。すると、若者たちは彼らの持っているものを分けてくれる。自然の法則のようなものを、興味深いと感じた。自分の弱い部分も含め全てさらけ出すと、相手も心を開いてくれる。弱い部分を見せていいということと人を思いやることの大切さを学んだ。

プリンス・ジョージズ病院で銃により重傷を負ったプログラムの参加者と話すチェ・ブロックさん(2017年、本人提供)

「ビジネスのようにサービスを提供するのではなく、一人一人と関係を築き、私たちがどれほど本気で彼らのことを考えているかを感じてもらって初めてプログラムは成功する」。リチャードソン教授が言ったこの言葉を働きながら何度も実感した。そして、「この仕事は自分にしかできない」と確認した。

「リチャードソン教授はブロックさんを高く評価し、CAP-VIPが持つ「秘密兵器」とまで言ってくれた。病院を拠点にした他のプログラムの運営者も「うちにもブロックさんのような人が欲しい」と言って、同じやり方を取り入れた。

■「撃たれた後の人生」

だが、全てがうまくいったわけではなかった。2019年11月、CAP-VIPプログラムの参加者の1人で、弟のように可愛がっていた21歳のマジェ・パワーズさんが、ワシントン南東区で撃たれて亡くなった。パワーズさんは、このプログラムを通し新しい人生を歩み始めようとしていた。その矢先の出来事だった。初めて運転免許証を手にし、コミュニティカレッジにも合格した。学校の卒業式にはリチャードソン教授とともに祝福に駆けつけた。パワーズさんの学費をこれからどう工面していくかを模索していた時に事件は起こった。

マジェ・パワーズさん(中央)の卒業式に駆けつけたジョセフ・リチャードソン教授(右)とチェ・ブロックさん(2018年、リチャードソン教授提供)

ブロックさんは、この知らせに打ちのめされた。自分たちが助けようとした青年が棺桶に横たわる姿を見て、自責の念に駆られた。一方でこの頃、病院との間で運営方針をめぐる違いが大きくなり、悩まされていた。深刻な問題に追い討ちをかけるかのように起きたこの悲劇をきっかけに、プログラムでの仕事を辞める決意をした。「自分が手塩にかけて指導した人を失う苦しみをこれ以上経験したくない」という思いも強かった。

主要メンバーを失い、病院側と亀裂が生じたCAP-VIPプログラムは、2019年に終了に追い込まれた。「真の意味で黒人の若者たちのことを考えていたのは私たちだけだったと感じた」とブロックさんは振り返る。

ジョセフ・リチャードソン教授(右)とチェ・ブロックさん(2021年、リチャードソン教授提供)

しかし、黒人の若者たちを助けたいという思いは変わらなかった。リチャードソン教授から新しい「プロジェクト」を持ちかけられた。それは、病院でのプログラムの際に、撮影された若者たちの動画や写真を使ってドキュメンタリー映像を制作するという案だった。すぐさま「イエス!」と答えた。

新型コロナが猛威を振るう中、「名コンビ」は復活した。オンラインで会議を繰り返し、編集作業に臨んだ。「若者たちの苦悩を少しでも多くの人に理解してもらうためには、彼らのストーリーを彼らの言葉で伝えることが効果的だ」。黒人の若者の多くが経験する銃の暴力、それに伴う心理的トラウマや司法制度などについて、テーマ別にエピソードを展開していく。ドキュメンタリーのタイトルは「ライフ・アフター・ザ・ガンショット(銃で撃たれた後の人生)」だ。このシリーズがオンラインで全米に公開されることを目標にしている。

自宅でコンピューターに向かい、ドキュメンタリー制作の作業をするチェ・ブロックさん=2021年10月5日、メリーランド州ランハム、ランハム裕子撮影

「私たちの素晴らしさは手の届かない理想の生活にあるのではなく、私たちの中に潜在している。このことを黒人の若者にわかって欲しい」。

体中に残る傷跡を見て、トラウマを感じることはもうない。今の自分があるということに感謝する。「血の繋がっていないブラザー」リチャードソン教授との新しい挑戦は始まったばかりだ。(つづく)

【つづきを読む】黒人を負の連鎖から救い出す 「最重要は仕事でも学校でもない」という大切な視点