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北朝鮮に暮らしたイギリス外交官夫人、平壌の女性を見て気づいたこと

北朝鮮インテリジェンス
金日成主席と金正日総書記の肖像画がかかった労働新聞社の前を手をつないで歩く男女=リンジー・ミラーさん撮影

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■見るのは男性ばかり

ミラーさんは平壌の公園や路地などでしばしば、囲碁や将棋を楽しむ人々の姿を見かけた。「街のあちこちで、一緒にゲームをしている男性のグループをよく見かけた。お気に入りの人を応援する見物客がいつも大勢いた。でも、女性の姿を見たことはなかった」

たびたび訪朝している研究者によれば、朝鮮将棋などに興じるのは年配の裕福な男性に限られる。女性は家事に追われながら、市場などで家計を支えるのに忙しい。韓国政府の元高官が訪朝した際、北朝鮮側要人に「休日は何をしている」と聞かれた。元高官が「皿洗いや掃除をしている」と答えると、北朝鮮の高官たちは「冗談を言うな」と真顔で怒ったという。

北朝鮮は各世帯主に対し、国営の企業や農場などで働くよう命じている。一部の高官を除き、国営企業の月給はコメ1キロ程度にしかならない。女性たちは市場などで働き、家計を支えている。北朝鮮から逃れる脱北者に女性が多いのは、国家による束縛が比較的緩いからだ。逆に、女性が社会的な地位を得るのは容易ではない。

2019年8月、平壌のアパート街区の屋外で、ゲームを楽しむ男性のグループ=リンジー・ミラーさん撮影

ほとんどの北朝鮮女性は、その日の生活に追われて未来を考える余裕もない。ミラーさんは「大多数の女性は全く選択の余地がない。女性は国家から搾取や虐待を受け、商品として扱われている。北朝鮮の女性は、長年にわたって政権から植え付けられた虐待の文化により、基本的人権を奪われているという厳しい現実がある」と語る。

■「キャリア持ちたい」願う女性も

それでも、平壌の一部の特権的な女性には、変化の兆しがみられた。ミラーさんは平壌で、何人かの働く北朝鮮女性と親しくなった。独身者も既婚者もいた。若い学生もいれば、退職間近の人とも会った。「興味深いことに、若い女性のなかには、伝統的なジェンダーの役割には興味がなく、子供を望む代わりに、キャリアを持ちたいと考える人が何人かいた」。北朝鮮の若い女性のこの考え方は、両親たちの世代からは受け入れられていなかったという。

リンジー・ミラーさん

ミラーさんと会った何人かの女性は「あまりにも仕事で忙しいので、独りで過ごす時間も持てない。人間関係を作ることも望まない」と語っていた。ミラーさんに「子供を産まず、キャリアを持つことはどのようなものか」と質問してきた女性たちもいた。

ミラーさんが平壌に滞在していたころは、金正恩朝鮮労働党総書記が始めた文化開放策の残り香がまだ感じられた。

ミラーさんは平壌で、ディズニーのキャラクターがデザインされたカバンを持った子どもも大勢見かけた。北朝鮮の知人たちはミラーさんに対し、口々に「子供が友達と外で遊ばず、コンピューターゲームや携帯電話を使ってばかりいる」と語り、教育の悩みを打ち明けた。知人の一人は「子供がビデオゲームのせいで、試験の勉強に身が入らない」と不満を漏らし、別の知人は「うちの子供は勉強に全ての時間を費やしている。私も勉強の休憩中に英語を学ぶのを手伝っている」と語ったという。

リンジー・ミラーさんが出版した写真集「NORTH KOREA Like Nowhere Else」。今年6月に発表された=リンジー・ミラーさん提供

ミラーさんによれば、北朝鮮は過去、国営テレビで西洋の映画を放送したこともあった。「Bend It Like Beckham」(ベッカムに恋して、2002年に公開された英国映画)も放映された。ミラーさんが平壌の国営放送で見た唯一の西洋映画はディズニーのピーターパンだった。「何度か、フランスのテレビ番組も見た。いくつかのロシアと中国の映画がレストランで上映されているのを見た」と語る。

金正恩時代になって西洋文化の影響を受け、女性たちもオシャレになった。ミラーさんは2018年、平壌で行われたマスゲームの際、観客の女の子たちを撮影した。女の子3人の髪形は日本で流行しているそれとそっくりだ。

1996年と2003年にそれぞれ朝鮮新報平壌特派員を務めるなど、北朝鮮での長い取材経験がある、週刊金曜日編集部の文聖姫副編集長は「金正恩時代になって、女性の髪形が多様化した。それまで、金正日総書記が推奨したこともあり、長い髪の女性が多かったが、ショートカットも増えた。金正恩氏の妻の李雪主氏が昔、ショートカットの髪形をしていたことも影響したと思う」と語る。

3人はミラー氏に向かって笑顔でピースサインを作った。「北朝鮮の若者が写真の際にVサインをするのは非常にありふれた光景だ。私たちが一般的にインスタグラムやセルフィーでよく見かける写真のポーズを取ることも、北朝鮮では本当に人気がある」

2018年、平壌でのマスゲームに来ていた観客の女の子たち。ピースサインは訪朝した在日朝鮮人が広めたとされる=リンジー・ミラーさん撮影

ミラーさんは「間違いなく北朝鮮の知人の何人かはオシャレに興味を持っていた。誰もがということではなくて、明らかに、可処分所得の高いエリートだが、友人の何人かは買い物に行くのが好きで、美容製品やジュエリーに特に興味を持っていた。彼女はいつも他の女性がどのようにスタイルにするのかに興味を持っていた」と語る。

別の知人は、ミラーさんに「娘が毎年の誕生日ごとに、いかにジュエリーやヘアアクセサリーをねだってくるか」について話した。ミラーさんによれば、ヘアアクセサリーと靴は、平壌の北朝鮮の女性が自分の性格を少し表現することができる限られた二つの方法だという。もちろん、すべて政権によって適切とみなされた基準に一致する必要があるという。

■手をつなぐカップル、キスするカップル

平壌郊外の道路脇に座り、おしゃべりする北朝鮮の女の子たち=リンジー・ミラーさん撮影

ミラーさんは平壌の労働新聞本社の前で、手をつないで歩く若い男女の写真を撮影した。ミラーさんは、他にも手をつなぐ若いカップルを何度も見かけた。「このような愛情表現がこんなに人気があるとは思っていなかったから驚いた。バーで飲んでいた若いカップルが酔っ払ってお互いにキスをしているのも見た。手をつないで店の周りや市場を歩きながら、ウィンドーショッピングをしている男女もいた」

夏になると、小さなボートを借りて平壌の中心部を東西に流れる大同江に沿ってこぐことも、人気のデート方法だという。「おしゃべりするカップルのボートと輝くパラソルで、川が華やいでいた」と語る。

平壌近郊・南浦で海水浴を楽しむ北朝鮮の人々=リンジー・ミラーさん撮影

こうした風景が続いていくのかどうか、不安にさせるできごとが最近は続いている。北朝鮮の最高人民会議(国会)常任委員会は昨年末、反動思想文化排撃法を採択。今年に入り、当局は様々な職域団体や党組織を平壌に呼び、思想統制の引き締めを訴えている。最近では欧米社会の映画や音楽を楽しむことは厳格に規制されている。

新型コロナの防疫措置に伴う中朝国境閉鎖で、中国からの輸入が激減し、市場は活気を失った。市場の主役だった女性の経済的な地位が再び下がりつつある。女性は代わりに、思想統制の集会や勤労動員に駆り出されている。厳しい経済活動、過酷な動員、変わらない家事の負担は、北朝鮮女性にとっての「三重苦」とも言える。

平壌から南浦に向かう高速道路脇に立つアパート=リンジー・ミラーさん撮影

ミラーさんは写真集を「NORTH KOREA Like Nowhere Else」とした理由についてこう語る。「北朝鮮に長く住んだ多くの人は、巨大で複雑な経験のため、その場所をきちんと要約するのに本当に苦労する。私もそうだった。平壌を去るときの方が、到着した当時よりも、この場所についてあまり知らなかったような気がした。そこにいる時間が長ければ長いほど、自身の無知の程度を認識する。私は悲しみや感謝の気持ちなど、混乱や戸惑いなどを感じつつ、平壌を去った。その場所に特有の感情のカクテルが、私が本を書き、このタイトルを選んだ理由だ」

ミラーさんは平壌で不自由や孤独を味わう一方、北朝鮮の人々と喜びや幸せの瞬間を分かち合った。山で家族と一緒にバーベキューを楽しんだり、カラオケマシンで歌ったり、山で踊ったり、友達とおしゃべりしたりした。ミラーさんは「私は彼らを決して忘れない。北朝鮮の人々が自由になることを願っている」と語る。「読者が、これらの写真を通じ、遠くに見える世界に向けた小さな窓を開けてほしい。すべての政治ドラマや権力劇の背後には、人間の物語がある。北朝鮮の場合、それは2500万人の人々の物語だ」