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「我々をいじめる外国勢力は許さない」習近平演説の真意、アメリカはどう見ているか

揺れる世界 日本の針路 更新日: 公開日:
中国本土に近い台湾・金門島の商店街に共に掲げられた中国の旗と台湾の旗=2018年8月15日、西本秀撮影

■演説に込められた習近平氏のメッセージ

ヨシハラ氏は習主席の演説について「安全保障と防衛に関する注目すべきメッセージが含まれていた」と語る。「習主席は台湾の独立を後押しする動きを粉砕するだろうと警告し、人民解放軍(PLA)を、ワールドクラスの勢力に変革する決意を改めて表明した。新たな公約ではなかったが、口調は非常に鋭かったし、聴衆も熱狂した」と語る。

習主席の言葉を裏付けるように、中国軍の航空機のべ28機が15日、台湾の防空識別圏に侵入した。中国軍機は最近、事実上の中台境界線となってきた海峡中間線を越えたり、台湾が設定した飛行禁止区域に侵入したりする動きも見せている。

ヨシハラ氏は中国軍機の行動について「いくつかの重要な戦略や作戦上の目的がある」と語る。「中国政府が好ましくないと感じる政策や行動への中国の決意と不快感を示すための政治の手段だ。台湾を周回する飛行経路は、台湾を包囲し、(九州南端から台湾東岸を通り、南シナ海を囲むように伸びる)第1列島線を突破する中国軍の能力を象徴的に示している」と指摘する。

そして「航空作戦には実用的な価値もある」とする。「台湾の防衛と軍事的準備態勢に対する平時の調査として役に立つ。有事に備え、訓練と戦術的な技術を磨く機会も提供する。こうした様々な利点を考えると、この作戦は定期的かつ、より大きな強度をもって続く可能性が高い」

■中国の出方、アメリカの見方

米戦略予算研究センター(CSBA)のトシ・ヨシハラ上級研究員=本人提供

一方、米国も台湾海峡を巡る緊張の増大に神経をとがらせている。米インド太平洋司令部のデービッドソン司令官(当時)は昨年12月、「中国が6年以内に台湾に侵攻する可能性がある」と発言した。同時に、米軍制服組トップのミリー統合参謀本部議長は6月、米上院公聴会で、中国の軍事力による台湾統一について「近い将来に起きる可能性は低いだろう」とも語った。

ヨシハラ氏は「この10年間は確かに懸念される期間といえる。2020年代は中国の軍事力の大幅な成長を目の当たりにすることになるし、中国の政治家や司令官により多くの選択肢を提供するだろう」と語る。同時に「中国がいつ台湾を攻撃するのかという見極めは、意味がないかもしれない。あまりにも多くの要素と不確実性があるからだ」と説明する。

そして「中国の侵略を抑止する必要の緊急性はもっともなこと」とし、デービッドソン司令官の発言の意義を認める。「デービッドソン提督は、この10年間のリスクの増大を指摘した。合理的な分析だ」

デービッドソン司令官の後を継いだジョン・アキリーノ司令官も就任直前の3月、台湾攻撃について「大多数が考えるよりもはるかに間近に迫っている」と証言した。ヨシハラ氏は「PLAが過去20年以上、周囲を何度も驚かせる業績を生み出してきたことを考えると、アキリーノ提督の発言は的外れではなかった」と評価する。

また、ヨシハラ氏は「デービッドソン提督とミリー将軍には意見の相違がなかった。ミリー将軍は、侵略の脅威が即時や短期的には見通せない点をシンプルに予見した。この考えに反対する人はほとんどいない」とも説明。米軍関係者らによる一連の発言について「本格的な侵略が差し迫っているわけではないが、中台両岸の軍事バランスの状況が明らかに悪い方向に動いていることを明らかにした」と説明する。

一方、中国に対抗する米国の動きは、決して万全ではないように見える。

米議会調査局(CRS)は3月9日付の報告書で米中両海軍の保有艦艇を比較した。複数の資料から三通りの比較を行ったが、最も中国に有利なデータでは、2020年時点で米軍の297隻に対し、中国軍は360隻に上った。このデータでは、中国軍艦艇数は30年には425隻に達すると予測している。

中国の台湾侵攻を想定した米国防総省のシミュレーションでも、米軍がしばしば敗北している。協力している米シンクタンク、ランド研究所のデビッド・オクメネク研究員は「中国の軍事ドクトリンは、紛争の早い段階で台湾の空軍基地やその他の標的を攻撃すると想定している。米軍は台湾防衛を支援するために迅速に対応する姿勢をとらなければならない」と語る。

ヨシハラ氏はシミュレーションについて「決して戦争のように複雑な問題に関する未来や結果を正確に予測するものではなく、考えうるジレンマや問題、教訓、洞察を例示するためにある」と語り、米軍の新たな戦略や戦術を生み出すために必要な手段だとの考えを示す。

同氏は、シミュレーションが示す米国に厳しい結果について「台湾防衛に関する米国の軍事的課題が急激に厳しくなっている状況を示唆している。台湾近海や空域へのスムーズな軍事的アクセスを含む特定の戦時状況は、もはや当然のこととは考えられない。米国は、受け入れがたい代償なしには、第1列島線に沿った空域や海上を指揮統制できないと思う。ワシントンの戦略的および作戦についての計算を根本的に変えることになる」と語る。

スーパーの入り口に掲げられた中国共産党の結党100周年を祝う横断幕=2021年6月29日、中国・瀋陽市、平井良和撮影

米国は実際、インド太平洋地域における抑止力の強化に乗り出している。2021年度米国防授権法は新たな基金「太平洋抑止イニシアチブ(PDI, Pacific Deterrence Initiative)」を承認。バイデン米政権は来年度予算でPDIに約51億ドル(約5600億円)を要求した。グアムのミサイル防衛やステルス戦闘機F35の近代化、海上発射型のトマホーク巡航ミサイルの配備などが含まれている。

ヨシハラ氏はPDIについて「中国に対抗する取り組みを主要な戦略的課題として優先するよう設計されている。インド太平洋の作戦領域に合わせた主要な軍事能力にリソースを振り向ける。具体的には、先制軍事作戦に高いコストをかけ、抑止力を高める投資に焦点を当てている」と語る。そして「PDIは、特定のプラットフォームや武器システムを調達することだけにとどまらない。この地域での米軍の配備や組織、軍人の活動、紛争の際の再配備なども含まれている」とも指摘する。

実際、米軍のインド太平洋地域での新たな再配備の動きは始まっている。防衛省によれば、沖縄の米海兵隊の要員約9千人とその家族が2020年代前半、沖縄からグアムなど日本国外に移転する。日本の安全保障専門家は「日本は国内向けに沖縄の負担軽減と説明しているが、米国にはインド太平洋地域での再配備という戦略的な狙いもある」と語る。グアムに配備されていた米B52戦略爆撃機5機は昨年4月、米本土に移動した。この専門家は「中国の弾道ミサイルの射程外に移すのが狙いだろう」と説明する。

■日本も役割求められる

そして、PDIは日本とも無関係ではない。ヨシハラ氏は「PDIには、訓練や演習を通じて同盟国やパートナーを強化するための項目も含まれている」と語る。「懸念の一つは、比較的抑えられた予算が、侵食された軍事バランスを回復するために十分なのかどうかという点だ」とも述べ、米予算だけでは中国に対する抑止が十分ではないとの考えを示す。

同氏は「最前線の国家として、日本はPLAの先制攻撃に耐え、鈍らせるための手段を持つべきだ。自衛隊の役割と任務、そしてPDIの重要な要素は相互に強化されることになるだろう」と話す。

焦点のひとつは、米軍の陸上発射型ミサイルの日本配備だ。PDIに関する来年度予算要求には含まれていない。日米関係筋によれば、菅政権は新型コロナウイルス問題や経済対策、今年中にある総選挙への準備に忙殺され、安全保障への関心は低調なままだ。米政府も日本側のこうした事情を理解し、ミサイル配備を急ぐ姿勢は現段階では見られないという。同筋は、今年後半にある日米の外務・防衛担当閣僚会議(2+2)ではミサイル配備についての具体的な進展は難しいとの見方を示した。

ただ、ヨシハラ氏は「米国が陸上中距離ミサイルを同盟国に配備することは、戦略的かつ運用上理にかなっている。車両搭載型ミサイルは、敵による探知と攻撃を回避することができ、残存能力が飛躍的に高まるからだ。空母や高性能戦術航空機など、多くの重要な米軍プラットフォームが中国の長距離精密打撃兵器にますます脆弱になっているため、この生存可能性は非常に魅力的だ」と説明。陸上発射型の中距離ミサイルの日本配備が合理的だとの見方を示した。

「紛争の際、地上ミサイルは、本来、米海空軍の部隊が担う多くの任務を遂行することになる。同盟国の領土に配備されるミサイルは、日本のような緊密な同盟国を守るという米国のコミットメントの強力な象徴となるだろう。ミサイルは、米国の司令官により多くのオプションを与える機能の組み合わせのなかで、追加のツールになる」


Toshi Yoshihara 米海軍大学の戦略教授やタフツ大学フレッチャー法外交校大学院客員教授などを務めた。日本のシーパワーに対する中国の見方をまとめた著書「Dragon Against the Sun:Chinese Views of Japanese Sea power」(CSBA2020)は、日本でも翻訳出版された。ジョージタウン大でも、インド太平洋のシーパワーについて教えている。