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昼は銀行員、夜はケチャダンス コロナ禍のバリ、それでも私たちは踊る

At the Scene 現場を旅する
マスクをしたり距離を空けたり、感染対策をして再開したケチャダンス=野上英文撮影

首都ジャカルタから国内便で降り立つと、繁華街では店のシャッターが閉まり、閑散としていた。爆弾テロ事件が起きた2002年にも、バリ島では外国人の客足が大きく減った経験がある。だが、爆弾テロ慰霊碑(①)近くでナイトクラブを営むコマン・ジャックさん(41)は、「コロナの影響は島全域で長期間に及ぶ。比較にならない」と語った。

爆弾テロ慰霊碑=野上英文撮影

一番気がかりだったのが、観光客を魅了してきた伝統舞踊がどうなっているのかということだった。上半身裸の数十人の男性が声だけでリズムを刻む「ケチャダンス」の会場として知られるサハデワ劇場(②)に着くと、入り口は柵で囲われ、野良犬が集まってほえていた。パンダワビーチ(③)の舞台も人影がない。

古くは農業が盛んだったバリ島で、観光開発が国策として始まったのは1970年代のこと。バリ・ヒンドゥー教の寺院も門戸を開き、観光客を迎え入れた。インド洋を望む断崖絶壁に立つウルワツ寺院(④)では98年から、ケチャダンスを披露している。

バリ島ウルワツのケチャダンス=野上英文撮影

SNSの普及でバリの魅力が広く伝わり、最近では外国人客がさらに増え、連日1200人の観客で満員だった。だが、コロナで公演は20年3月から約7カ月間中止になり、21年1月に再び中止に。モシナルジャナ代表(57)は、「地元政府に陳情し、3月17日にようやく再開した」という。

11歳から出演を続けるエカ・プトラさん(32)は、日中は銀行員として働き、夕方に舞台に立つ。ケチャダンスは貴重な副収入であるだけでなく、「地域社会の絆を深める役目があったのだと思う。コロナで顔を合わせなくなると、人々はバラバラになってしまった」と話す。

バリ島ウルワツのケチャダンス=野上英文撮影

今は公演は週4日のみ。訪ねた日の観客は100人ほどだった。踊り子はフェースシールドを着け、男性たちは互いに距離を取ってマスク姿で発声する。「チャチャチャチャ、チャッ、チャッ、チャッ」。地響きのようなリズムにのって、演者も観客も一体となる気がした。満席なら熱気はさらに高まるだろう。沈む夕日を背に演技を終えたエカさんは、「『早くお客さんをいっぱいにしたい』とみんな話している」と明かした。

島には数多くの伝統舞踊があり、子供たちの習い事としても盛んだ。チリナヤ・ダンス教室(⑤)では週末、腰に山吹色の布を巻いた小中学生の女の子たちがガムランの伝統音楽に合わせて練習している。6月には自治体の行事でオンライン公演をする予定だ。「私たちは芸術を守らないといけない。将来は海外公演にも出たい」。そう話す14歳の3人組を、頼もしく感じた。

チリナヤダンス教室=野上英文撮影

■さざ波をBGMに魚介料理

島南部の国際空港から車で15分ほどのジンバランビーチ(⑦)には、海鮮料理店がひしめく。メニューに頼らずとも、魚や貝、イカなどを自分で見て選び、調理法と味付けの注文もできる。インドネシア料理に欠かせない辛み調味料サンバルをのせて、波の音とともに召し上がれ。

ジンバランビーチ=野上英文撮影

■バリ島の爆弾テロ事件

02年10月12日、バリ島南部の繁華街クタのナイトクラブが連続爆破され、日本人2人を含む202人が死亡した。警察はイスラム過激派が関与したとして、複数の容疑者を逮捕。犠牲者の多くはオーストラリア人ら外国人観光客だった。現場近くの慰霊碑では命日に追悼行事が開かれる。

■コロナで解禁の蒸留酒

地元ライフガードの行きつけという老舗レストラン「マデズ・ワルン」(⑥)を訪ねると、座席数を半分にして営業していた。

2代目店主のレイモンド・マデさん(40)が「最近うちで造り始めたお酒をぜひ試して」と、ショットグラスに透明な液体を注ぐ。東南アジアや中東で広く造られる蒸留酒アラックだ。

一口飲み、うおーっと声が出た。アルコール度数は40度。原料はサトウヤシで、ほのかに甘い香り。味は焼酎のようだ。パッションフルーツやサラク(サクラヤシ)など、地元の果物を使ったカクテルなら度数は半分だ。酸味と甘さがほどよく、南国らしい。

蒸留酒アラック(中央)、左右はフルーツ味=野上英文撮影

コロナで打撃を受けた経済再生の起爆剤にと、バリ州知事が個人のアラック製造・販売を島内で解禁したのを機に、メニューに加わった。7店舗に500人いた従業員の9割を一時解雇したレイモンドさん。「アラックは唯一の明るい話題。いつか日本や世界に売り込みたい」。涙を浮かべる彼と、もう一度グラスを交わした。

蒸留酒アラックを手にするレイモンド・マデさん=野上英文撮影