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「日本はワクチンで二流国になった」なぜ取り組みが遅れたのか 武見敬三氏に聞いた

揺れる世界 日本の針路
ベルギーから到着したファイザー社製の新型コロナウイルスのワクチン=2021年3月1日、成田空港、遠藤啓生撮影

――なぜ、日本はワクチン獲得競争で出遅れたのでしょうか。

第1の原因は、国産ワクチンがなかったことだ。1990年代にワクチンの副作用を巡る訴訟で、製薬会社が2度にわたって最高裁で敗訴した。学校での集団予防接種もなくなり、マーケットが小さくなった。リスクを恐れ、大手はワクチン開発から手を引いた。

日本には、それまで主流だった有精卵を使ったワクチン開発の技術はあるが、バイオテクノロジーなどの新技術を得られなかった。結果的に、日本はワクチンで二流国になった。

2000年代に入り、アジアでも重症急性呼吸器症候群(SARS)と中東呼吸器症候群(MERS)が発生したが、日本は被害を免れた。厚労省は危機感を持ち、07年にワクチン生産ビジョンをつくり、製薬会社も合弁企業を作るなど努力したが、資金が続かずに挫折した。

政府も財政再構築を迫られたうえ、少子高齢化対策に追われ、感染症対策の予算が最近の10年間ほどは削減が続いていた。

第2に日本の患者数が欧米に比べて圧倒的に少なかったため、ワクチン供給が後回しにされてしまった。欧州連合(EU)が域内で生産されたワクチンの域外持ち出しを許可制にしたことも影響した。

世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長が「ワクチンの75%以上がわずか10カ国で接種された」と非難しているが、今の国際社会は主権国家で構成されている。EUが自分たちのブロックを守ったように、日本政府も「国民の生命と安全を守る」という義務を負っている。テドロス氏の指摘にも耳を傾ける必要があるが、現実はそう簡単には切り崩せない。

第3に、日本の取り組みも遅れた。長年のワクチンに対する懐疑心が影響したのか、世論のなかに「ワクチン待望論」が広がるのが遅かった。そうはいっても、政府には国民の生命を守る義務があるのだが、ワクチン担当相の選任が今年1月になるなど、体制づくりが遅れた。

武見敬三参院議員=本人提供

――菅首相は高齢者向け接種の「7月末の完了」や「1日100万回接種」を掲げています。首相は、「インフルエンザの接種は(1日で)60万回ぐらいできている」とも語っていますが、大丈夫ですか。

ワクチン接種を希望しない高齢者もいる。7割くらいまで接種できれば成功だろう。1日あたり接種を100万回にすることは可能だと思う。日本は欧米に比べて副反応への警戒が強いため、問診を相当念入りにやってきた。効率化は可能だろう。

――ワクチン接種を巡っては、大規模接種と地元自治体での接種の「二重予約」や「上級国民の抜け駆け接種」など、混乱が起きています。

まず、ワクチン接種は自分だけのためではなく、集団免疫をつくるという目的がある。「自分だけが良ければ」という考えは捨てるべきだ。
また、日本は他の国々に比べて「機会の平等」への意識が異常に強い。私は今年2月ごろ、党内で「感染が広がっている東京と大阪に重点的に接種すべきだ」と主張したが、「各都道府県で平等にやるべきだ」という意見に勝てなかった。公衆衛生学的なアプローチではなく、政治・行政学的なアプローチだ。

高齢者向けの接種も、自治体で時間と場所を決めて通知しても問題ないだろう。その方が「電話がつながらない」といった混乱も起きない。福島県相馬市などはこの方法を取っているが、順調に進んでいるそうだ。

よほどの例外を除き、コロナのなかで物流や介護、医療などを支えるエッセンシャルワーカーや地方自治体関係者らには、接種を優先した方がよい。メディアも必要以上に「上級国民の抜け駆け接種」とあおっている印象を受ける。ワクチン接種が軌道に乗った後、こうした議論を改めて政府与党で提起したい。

愛知県営名古屋空港ターミナルビル会場に搬入された米モデルナ社製の新型コロナウイルスワクチン=2021年5月23日、同県豊山町、岡本智撮影

――日本も今後、欧米並みのロックダウン措置が取れるようにすべきだという意見も出ています。

感染症も有事の問題だが、日本では強制力を伴った措置に強い抵抗感がある。戦前であれば、「お国のために我慢しましょう」という発想になった。

でも、その結果、戦争で320万人もの日本人が亡くなった。「あんな発想は二度とご免だ」という考えが、戦後民主主義のなかで広がった。
しかし、現代はすでに戦後ではなく、戦前かもしれない。新型コロナウイルスが収束した後でも、日本周辺地域で安全保障をめぐる緊張が起きるだろう。そのとき、自分の国を自分で守る気概がなければ、他の国は「日本は全く抵抗できない国だから、どんどん押し込めば、後退して妥協するだろう」と計算するだろう。

今回の事態を無駄にしないで、国の責任で有事に対応できるよう真剣に考えるべきだ。でも、現行憲法でどこまで個人の権利を制限できるのか、国の強制力も不明確で、法律的な議論に踏み込めていないのが現実だ。

――「政治家が人気取りや選挙を有利に戦うため、コロナを政治利用している」という批判もよく耳にします。

政治利用する余裕などなく、コロナに翻弄されているというのが現実だ。夏には都議会選挙があるが、駅前での街頭演説すら、白眼視されて、候補者たちはみな戸惑っている。

解散・総選挙もできるような状況にはない。まず、感染を徹底的に抑え込むのが先決だ。統計学上も、そのほうが経済的な不利益が少ないという結論が出ているからだ。

――東京五輪・パラリンピックの開催は、コロナの感染拡大や医療崩壊を招きませんか。

日本の医療体制はそこまでぜい弱ではない。五輪に対する医療サポートが、医療崩壊を招く要因になるとは思わない。

バブル制御で、五輪関係者を外界と接触させないというルールを守れば、開催は可能だ。もちろん、選手だけではなく、訪日する関係者と接触する関係者には事前にワクチン接種を行うべきだ。観客も、非常に限られた人数になるだろう。

国際オリンピック委員会のバッハ会長の「犠牲を伴う」発言も、日本に向けたものではない。「商業ベースの豪華な五輪はできない」という意味なのに、「日本に犠牲を求めた発言だ」と受け止められ、一部のメディアも恣意的に報道している。

日本オリンピックミュージアム前に設置されている五輪マークのモニュメント=2020年8月31日、東京都新宿区、林敏行撮影

なぜ、今五輪をやるのか、という意義について考えてほしい。日本は、少子高齢化や財政赤字などで、社会の低迷した雰囲気が続いている。また、歴史上もベルリン五輪や戦前の東京五輪のように、開催断念が、社会の沈滞を招いた例も確認されている。日本の人々に「日本もいざとなれば、戦える国だ」という姿を平和の祭典の開催を通じて示し、ポストコロナの社会再建に向けて士気を高めようという思いを共有してほしい。