1. HOME
  2. 特集
  3. 気候安全保障
  4. 映画『天気の子』が描いた東京水没のリアル 監修した専門家のこだわりと警告

映画『天気の子』が描いた東京水没のリアル 監修した専門家のこだわりと警告

World Now 更新日: 公開日:
©2019「天気の子」製作委員会

何年も雨が降り続き、見慣れた街並みが水没する――。そんなショッキングな描写が出てくる2019年の大ヒット映画『天気の子』(監督・新海誠)の舞台は、2021年の東京でした。それは映画の中だけの話なのでしょうか? 専門家に話を聞くと、そうともいえない事態が現実的なものとして想定されています。気候危機から自分たちの安全を守る「気候安全保障」という考え方を、私たち一人ひとりが「自分事」としてリアルにとらえざるをえない時代が来たのです。

東京都江戸川区が配布している「水害ハザードマップ」は、衝撃的な内容だ。

東京都江戸川区のほとんどが水没し、浸水が1~2週間以上続くことを示すハザードマップ

江戸川区は荒川と江戸川に囲まれ、海面よりも土地が低い「海抜ゼロメートル地帯」が7割を占める。超大型の台風で川の氾濫や高潮が発生し、区のほぼ全域が浸水。最大10メートル以上の浸水が、長いところでは2週間以上続き、水道・電気・ガスが使えない生活に耐えなければならない、と予測している。そのため「ここにいてはダメです」と警告し、約70万人の全住民を対象に区外への避難を促している。

実際、19年10月の台風19号で、江戸川区は荒川が氾濫するおそれがあるとして、住民約43万人に避難勧告を出した。そのときは区外への広域避難のレベルには達していなかったため、区内の避難所などに約3万5000人が避難した。

東京都江戸川区を荒川に沿って流れる中川。堤防をはさんで左側の住宅地の方が、右側の川面より低い=東京都江戸川区、星野眞三雄撮影

江戸川区だけでなく、墨田、江東、足立、葛飾もあわせた5区はほとんどの地域が浸水する予想で、最悪の場合は人口の9割以上の250万人を避難させる計画をたてている。もしそれだけ大量の人が一度に避難することになれば、大混乱は必至だ。

そうした大規模水害のとき、どこに逃げればいいのか。江戸川区は台風の進路や台風円の右側を避け、西日本や東京でも台地で浸水リスクが低い西部への避難を勧めている。旅行会社などと協定を結び宿泊施設の情報を提供、広域避難して宿泊施設を利用した区民を対象に、1人あたり1泊3000円の補助金を出す制度を導入した。

過去には、1947年のカスリーン台風や、49年のキティ台風で街が浸水し、船で移動する写真が江戸川区に残っている。だが、その後は堤防や下水道の整備が進み、大規模水害は数十年起きていない。いまも荒川や江戸川沿いでスーパー堤防などの治水事業が進むが、膨大な時間と費用がかかる。江戸川区防災危機管理課統括課長の本多吉成さん(52)は「最近は大雨の頻度が増え、カスリーン台風に匹敵する雨量が降るようになってきている。ハード整備は時間がかかり、区民の命を守るための広域避難計画を進めている」と話す。

街が水没し、住民は移動を迫られる。これは東京で実際に想定されている事態だ。(星野眞三雄)

■映画監修した気象専門家が語るリアル

新海誠監督が私の著書を読んで、監修の声をかけてくれました。雲や空の描写を気象的に正しく表現したい、という思いが強くあったようです。

ビデオコンテが送られてきて、一つ一つの雲をどう表現すると気象学的に整合性がとれるかという観点で監修しました。例えば、雪が降る中で雷が落ちるシーン。実際には、冬場の日本海側で発達した積乱雲の中で見られ、ひょうやあられも降ります。このため、映画では雷が落ちた直後にひょうを降らせてもらいました。監修したのは、1秒もせず切り替わるシーンも含め、100シーン以上。注目しないと見逃してしまうような細かいこだわりがいっぱいあります。

東京が水没するシーンも、実際のハザードマップや地形などを正確に想定して、どのぐらい水が増えるとどこまで浸水するのかについて、スタッフの方とやりとりして調整しました。

映画「天気の子」の気象監修をした気象庁気象研究所の荒木健太郎研究官(本人提供)

映画では「何年間も雨が降り続く」という想定で、我々が生きている間にそうなることは多分ないとは思います。一方で、映画が公開された2019年の台風19号では、東日本を中心に100人を超す死者・行方不明者が出る豪雨となりました。長期的にずっと雨が降り続けるというより、短期的にすごい大雨になることは十分に考えられます。

約40年間のアメダスのデータを使って、「非常に激しい雨」と「猛烈な雨」(1時間に50ミリ以上)の発生回数を見ると、最近10年の平均は、統計開始10年間(1976~85年)の平均の約1.5倍に増えています。

地球が温暖化すると、気温が上がる分、大気中の水蒸気の量が増え、大雨の降水量を増やしたり、発生回数を増やしたりする影響があるといわれています。ヒートアイランド現象など都市化によって気温が上がる影響もあり、正しいプロセスについては、今まさに研究が進められています。

集中豪雨は全国どこでも起こりえます。昨年7月の九州豪雨は積乱雲が次々と発生して線状降水帯を作り、すさまじい豪雨となりました。線状降水帯による豪雨は過去に関東でも発生しています。大洪水につながる集中豪雨は全国どこでも起こる可能性が十分あるのです。

日本では災害がたくさん起きるので日本人は「身を守る」という防災意識はすごく高い一方で、なかなか目に見えて現れず我々が体で感じにくい長期的な気候変動への対策は、他の国に比べるとできていないようです。監督が『天気の子』の取材を受けると、海外メディアは必ず気候変動のことを聞くのに、日本では全然聞かれない、と話していました。気候変動は世界中で起きていて、対策しないと大変なことになるという危機感は世界中で持たれている。でも日本ではそういう危機感が乏しいのが現状という気がします。

温暖化は普段生活している中では感じにくいことですが、データでみると産業革命以前と以降でがらっと変わっていることがわかります。もう確実に進んでいる。国単位だけでなく、個々人でもエネルギーの無駄づかいを減らしていくことが必要だと思います。

また短期的な大雨や水害などにいかに日頃から備えておくか、ということも重要だと思います。雲や空の様子を観察して、その後の天気の変化を予測するという手法を「観天望気」と言います。古くから培われてきた経験則と捉えられることが多いですが、科学的な根拠がしっかりしているものが多い。雲は大気の状態を可視化したようなものなので、天気の急変を読み取ることもできます。例えば「ゲリラ豪雨」を降らせる積乱雲を見かけたときに、スマホでレーダーの雨量情報を見て積乱雲がどのように動いているかをチェックすれば、急な雷雨にあうことを避けられます。普段から気象に関心を持って空や雲を見上げて変化に気づいてもらうことで防災につながるのではないかと思っています。
(構成・中村靖三郎)