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シンガポールの「隔離の時間も有効活用できる」ビジネス施設は広がるか?

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透明のパネルで仕切られた会議室。机上に備えられたスピーカーを通して反対側の声が聞こえる=西村宏治撮影

勝手には出られない「出島」

ガラス張りのロビーの玄関は、ふつうのビジネスホテルのようだった。自動ドアをくぐって中へ。いったん入ると、中からは係員でないと開けられないようになっている。勝手に外出することはできない。

「空港から到着した人が使う『エアサイド』の施設は、地元側の『ランドサイド』から隔離されていて、空調も別です。火事などの非常時以外は行き来ができません」。案内してくれたスタッフが言った。

シンガポールの玄関口チャンギ空港から車で約5分。「コネクト@チャンギ」は2月から予約を受け付け始めたビジネス出張向けの宿泊施設だ。2月下旬、オープン前の施設を訪ねた。

コネクト@チャンギの宿泊者側の玄関。空港からの往復バスと救急車のみが利用できる=西村宏治撮影

日本で言えば幕張メッセのような展示場2棟を使い、2階建ての客室を仮設。当初は150の客室、40の会議室で開業するが、5月までに660の客室、170の会議室を備えるという。需要次第だが、さらに展示棟2棟分の第2期工事も計画されている。

利用者は空港からこの施設に直行して隔離される。PCR検査を受けて部屋で待機し、結果が陰性であれば施設内は動くことができるが、外には出られない。シンガポール国内につくられてはいるものの、まさに「出島」の感覚だ。

施設内に設けられたPCR検査室。到着時、滞在3日目、7日目、14日目、出発前などに検査がある=西村宏治撮影

客室に向かって廊下を歩いていくと、部屋のドアの横に小さな棚があった。従業員と利用者との接触を避けるため、食事などを渡すときはこの棚においておき、ドアのベルを鳴らして知らせる。食事はデリバリーを頼むことも可能だ。

滞在者とスタッフの接触を避けるため、食事は客室前の廊下に設けられた棚に置かれていく。客室を清掃するなど、滞在者と接触するスタッフは防護服を着用する=西村宏治撮影

部屋に入ってみる。広さは20平方メートルほど。シャワーとトイレもついており、日本でおなじみのビジネスホテルのようだ。滞在は24時間から、最長で14日間まで。長期の場合は滞在の3日目、7日目、14日目に追加のPCR検査がある。

客室は約20平方メートル。日本のビジネスホテルのような雰囲気だ=西村宏治撮影

カーテンを開けると「中庭」が見えた。展示棟の中に作られているので、もちろん空は見えない。庭には、植生の代わりにLEDで光るススキのような照明が植えられていた。中庭の照明は、外側の世界に合わせて朝、昼、夜と明るさが変わる。トレーニング器具を備えた小さなジムもある。

滞在施設の中庭。定員2人の小さなジムも設けられている=西村宏治撮影

そして、この施設で最も特徴的なのが、会議室だ。入国者側と地元側が分厚い透明パネルで仕切られている。中にはスピーカーとマイクが設けられていて、スイッチを入れると互いの話が聞こえる。そうでなければ、相手の声はほとんど聞こえない。

会議室を出て、地元側との間を隔てる非常口に向かうと、その脇に書類を渡すための専用の小窓が設けられていた。中では紫外線が照射されていて、一方が書類を入れて扉を閉めて殺菌した後、もう一方の側が扉を開けて取り出すようにするという。この窓を使えば、書類のやりとりができる。契約書を確認してサインすることもできるというわけだ。

シンガポール側から、滞在者側への書類の受け渡し口。書類を入れて完全に閉じた後、反対側の扉を開けて取り出す=西村宏治撮影

施設内にひとつだけある22人用の大会議室では、会議室内にこの書類用の小窓もついていて、すぐに書類が交換できるようになっていた。

3食つき24時間3万円から

価格は食事、空港との送迎、PCR検査などがついて24時間利用で384シンガポールドル(約3万円)から。会議室の利用は1時間20~200シンガポールドルだ。

施設は3月9日、日本、フランス、ドイツ、インドネシア、マレーシア、アラブ首長国連邦から最初の滞在者を迎えたと発表した。このうちひとりはフランスとシンガポールに本拠を置くIT企業のトップで、8日から5日間の滞在。滞在中に4~5件の会議をこなす予定といい、「シンガポールに拠点を置くチームと面会し、いくつかの書類についての作業を進める必要があった」とコメントしている。

プロジェクトは、シンガポール政府系ファンド、テマセクが率いる企業連合が担っている。施設の運営を担うのは、シンガポールに本社を置き、サービスアパートなどを展開するアスコットだ。

2月18日、オンラインで記者会見したアスコットのアーヴィン・ヤオ氏は「14日間の隔離がなくても会議ができるということが、顧客の関心を呼んでいる」と強調した。地域内の同僚とのミーティングや商談、さらには、シンガポールに住む資産家が海外から来るプライベートバンカーと会うといった用途も想定されている。

ただ、シンガポールではこの施設を使って到着直後から会議ができたとしても、帰るときはどうなるのか。テマセクのアラン・トムソン氏は同じ記者会見で「帰国する国の手続きに従うことになる」と説明した。つまり帰国先がシンガポールからの帰国に対して隔離を求めていれば、それに従う必要がある。

一方で、たとえば欧米諸国のようにシンガポールからの帰国に隔離を求めていない場合はそのまま帰国できる。トムソン氏は「帰国時に隔離が必要な場合もあり得るが、この施設を使うことでシンガポールでの隔離は不要になり、必要な時間は大幅に節約できる。これまでにはなかった選択肢だ」と語った。

地元側のロビー。滞在者側にくらべて地味で小規模だ=西村宏治撮影

この施設づくりは、実質的には官民共同プロジェクトだった。

計画が持ち上がったのは昨年の中ごろ。シンガポール国内での感染が落ち着きを見せる一方、コロナ禍は簡単には終息しないと分かってきたころだ。展示場を改装するという計画を立ち上げてから、14週間で開業にこぎ着けたという。建設費は非公開だが、短期で工事を進めているだけに利益を上げるのは簡単ではないとみられる。

この点を聞かれたテマセクのトムソン氏はこう強調した。「経済も、航空産業も、飲食産業も、接客産業も傷ついているなかで、経済を再始動させる道を見つける必要があった。これは私たちの国を、より強くするためのプロジェクトだと考えている」

実際に施設を見てみて、私自身はよくここまで仕上げたものだと思った。外出できないため14日間滞在するのは大変だろうが、数日なら十分に機能的。日本から出張する場合にも、選択肢のひとつになりそうだ。とはいえ、知人のビジネス関係者に聞いてみると「発想はおもしろいけど、そこまでして使う理由がね……」という反応も少なくない。航空運賃など、その他の費用との兼ね合いもある。はたしてどこまで利用が広がるのか、あるいはほかの国にも広がるのか。今後が注目される取り組みだ。