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カラオケ行くにもPCR検査 感染者少ないシンガポール、厳しい規制を続ける理由

Behind the News ニュースの深層
シンガポールの人気クラブ「Zouk(ズーク)」。昼間はフィットネスバイクを並べたジムとして営業している

お客はゼロでも賃料は出ていく。このままでは産業がなくなる」。10月下旬、シンガポール東部のショッピングセンター内のカラオケボックスで、カラオケチェーン「テオ・ヘン」のディレクター、ジーン・テオ(54)は訴えた。

閉店中のカラオケボックスを案内してくれたカラオケチェーン「テオ・ヘン」のディレクター、ジーン・テオ

シンガポール政府は3月27日から、新型コロナの感染拡大を防ぐため、カラオケ店など娯楽産業の営業を禁止した。遊園地や映画館は7月から順次再開されたが、クラブやカラオケ店は、いまも再開が許されていない。

1989年創業のテオ・ヘンは、14のカラオケ店を展開。禁煙で酒類も提供せず、料金を1時間10シンガポール(S)ドル(約800円)程度に抑え、学生や家族連れに人気が高い。中国で新型コロナが流行し始めた後も、換気などに気をつけて営業を続けていた。だが、営業禁止を受け、2店舗の撤退を決めた。約120人の従業員は雇い続けてきたが、10月以降は給与を半額に減らし、営業を再開したらボーナスで返すと約束した。

シンガポールのカラオケチェーン「テオ・ヘン」では、営業再開に向けて部屋の消毒なども徹底している

そんな中、政府が11月上旬に打ち出したのが「試験」案だ。12月以降に25程度の事業者を選び、バーなどで2カ月、カラオケ店やクラブなどで3カ月の試験的な営業を認める。今後の対応は、その結果を見たうえで決めるという。テオも試験営業に手を挙げるつもりだ。「安全を確保しつつ、営業を続ける道を探し出したい」

■カラオケする前にPCR検査

夜の街にとっては一筋の光明となった「試験」だがルールはことのほか厳しい。カラオケ店やクラブでは、①客は退店前24時間以内にPCR検査や抗原検査を受けて陰性を確認②全部屋に監視カメラを設置③踊るときも歌うときもマスクを着用、といった具合だ。

一方で政府は、飲食店などへの事業転換には最大5万Sドル(約400万円)、廃業には最大3万Sドル(約240万円)の支援金も用意。「検査を受け、監視カメラの前で踊りたい客がどれほどいるのか。結局、事業を変えろということだろう」。あるクラブの関係者はため息をつく。

すでに、事業転換に乗り出しているところもある。

シンガポール中心部の人気クラブ「Zouk(ズーク)」。1500人収容のメーンフロアは10月から、昼はジム、夜は映画館として営業中だ。10月末に訪ねると、スポットライトが舞う中、50人ほどがダンス音楽に合わせてフィットネスバイクをこいでいた。「もちろんクラブとしての再開もめざしている。だが、顧客の安全を考えると簡単ではない」。最高経営責任者のアンドリュー・リー(37)は言う。

シンガポールの人気クラブ「Zouk(ズーク)」。夜間はソファーを並べ、シネマクラブとして営業する

「4月時点で、半年後の再開は難しいと感じていた」というリー。そこでまずはネット通販会社と提携し、一部のフロアを通販番組の撮影スタジオに転換。7月には別のフロアをレストランに衣替えするなど、次々に手を打った。クラブで出していたカクテルを缶飲料にするなど、小売り事業の拡大もめざしている。

転換は「その場しのぎではない」と言う。レストランもジムも、音響や照明の設備や技術者を抱えている強みを生かした。クラブの再開後も続け、夜しか使っていなかった施設の利用率を上げて業績の改善を見込む。試験営業にも挑戦したいというリーはこう言った。「コロナは試練だが、いかに進化できるかが問われている」

ナイトクラブ「Zouk(ズーク)」の最高経営責任者、アンドリュー・リー

■海外と交流維持を模索

政府のかたくなな姿勢に対し、市民には不満や疑問の声もある。「ナイトライフ産業はもうなくなるのか」。10月の政府のオンライン記者会見では、地元記者からそんな質問も出た。政府のコロナ対策の責任者を務めるローレンス・ウォン教育相の表情は渋かった。「感染を広げるリスクが高いことが各国の例からもわかっている」

外出時はマスク着用、個人的な集まりは5人まで、酒の販売は午後10時半まで─。コロナをめぐる政府の規制は多い。違反すれば罰金だ。感染者との接触を追跡するアプリも、実質的な義務化を視野に入れている。

シンガポールでは4月、建設業などで働く外国人労働者向けの宿舎で感染が拡大。政府は宿舎を封鎖し、約2カ月間、国内全域に外出制限をかけた。

対策が功を奏し、その後の状況は落ち着いている。総感染者数は約5万8000人だが、宿舎での感染を除くと約2300人。最近は国内感染がゼロの日も多い。死者は30人ほどで、死亡率は世界的にみても最低水準だ。それでも政府は、慎重な姿勢を崩さない。理由のひとつは、海外での感染が収まっていないことだ。

東京23区より15%ほど広いだけのシンガポールは、海外との交流が繁栄の源泉だ。人材の受け入れも続けなければ、経済も社会も回っていかない。

家事労働を担うメイドは、フィリピンやインドネシアなど感染者が多い国からも集まっている。ニュージーランドをはじめ中国など感染率が低い国からは9月以降は順次、隔離なしでの旅行者の受け入れも始めている。

だが、海外から帰国後、隔離を終えた後に感染を広げた例もあり、水際作戦は万能ではない。そこで政府が考えているのは、国内で感染が広がっても大きなクラスターにしないこと。その中でカラオケやクラブは「感染を広げるリスクが非常に高い」と判断してきた。これに対して、業界団体などは「この産業には5万人ほどの働く人がいる」などとして政府との折衝を続けてきた。

そして、営業禁止から半年以上を経てようやく決まった試験営業。業界団体シンガポール・ナイトライフ産業協会のジョセフ・オン代表は「この業界は小さくても、人々の心に与える影響は大きいことを政府が考慮してくれた」と歓迎する。「試験は簡単ではないだろう。でも、いくつかの事業者は、安全に事業を再開できる革新的なアイデアをもたらしてくれると確信している」