沖縄県は、きらめく海、白い珊瑚の砂浜、のんびりとしたライフスタイルなどで世界でも知られた存在です。特に海外から注目を集めているのが、この小さな島々が、健康長寿地域「ブルーゾーン」に指定されていることです。実際、沖縄は、100歳以上の人口の割合が世界で最も高い地域に含まれており、2019年時点で、人口10万人に対する100歳以上の人口は80人を超えます。
もちろん、沖縄だけが特別というわけではありません。日本は100歳以上の人口が世界で最も多い国であり、その総数は8万人を超えています。ここ数十年の間に、医療の充実と出生率の低下により、日本の人口動態は超高齢化社会へと移行してきました。
それに伴って、医療費の増大による経済的負担など、これまでにない多くの課題が浮上しています。加齢が進むにつれ、心血管疾患やがん、アルツハイマー病やパーキンソン病などの疾患の発症リスクが高まります。加齢関連疾患の予防や治療を向上させ、高齢者の健康をより長く維持することが重要になってきています。
2011年の創立当初から、沖縄科学技術大学院大学(OIST)で研究に携わってきた丸山一郎教授は、健康的な加齢の秘密が、「線虫(C. elegans)」という、小さい虫のゲノムに隠されていると考えています。
丸山教授は、1980年代後半に英国ケンブリッジのMRC分子遺伝学ユニットで、この小さな虫の研究を始めました。そこで、ノーベル賞受賞者で、線虫を使用したヒトの疾患研究の先駆者であるシドニー・ブレナー教授(OIST創立者の一人でもある)らとともに、研究に取り組みました。
「線虫は、モデル生物としては非常に多くの利点があります。安価で飼育が容易であり、体の構造が人間に関連づけられるほど複雑であると同時に、十分に理解できるほど単純でもある点です。線虫のゲノムにある遺伝子は、人間の遺伝子に似たものが多く存在しているため、多くの疾患の遺伝的基盤を理解するのに役立ちます」と丸山教授は説明します。
また、線虫は加齢の研究において、マウスなどに勝るもう一つの利点を持っています。
「線虫の寿命は、数ヶ月や数年ではなく、数日と短いものです。だから結果がすぐに出るのです。」
現在、丸山教授はこの小さな虫を使って、加齢が神経系に与える影響を調べています。
ヒトから線虫に至るまで、すべての動物では、神経系(ニューロンと呼ばれる特殊な細胞で構成されている)が、動き、行動、思考、記憶を制御しています。年齢を重ねると、これらのニューロンが損傷し、パーキンソン病のような運動機能に影響を与える疾患や、アルツハイマー病のような記憶を失う原因となる疾患につながることがあります。
丸山教授は、研究室での研究を通して、加齢とともに移動速度が遅くなったり、移動距離が短くなる線虫の変異株を発見しました。現在、教授は、このような運動機能の低下の原因となる突然変異を特定し始めています。
丸山教授の最近の論文によると、研究チームは遺伝子内にあるhda-3と呼ばれる特定の変異を確認しました。hda-3には、細胞が特定の酵素を作るために必要な指示が含まれています。この酵素は、DNAを化学修飾することで、他の遺伝子の活性を変えることができます。
「hda-3が抑制した遺伝子のいくつかは、タンパク質の分解に重要なものであると考えています」と話す丸山教授。
人間の体内では、細胞が、私たちが生きていくために必要なタンパク質を絶えず作り出しています。しかし、生産されたタンパク質の中には、誤った構造に折りたたまれて機能しないものもあります。そのため、細胞は、これらの機能しないタンパク質を破壊する方法を進化させてきました。
しかし、タンパク質分解機構が故障してしまうと、機能しないタンパク質が細胞内に蓄積され、悪影響を及ぼす可能性があります。
「ハンチントン病、パーキンソン病、アルツハイマー病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)など、多くのヒトの疾患において、ニューロン内にタンパク質の蓄積が確認されています。このことから、今回の研究は線虫を使用したものであっても、人体で疾患がどのように発生するかを理解するのに役立つことが分かります。そして将来的には、遺伝子工学や薬剤を用いて、適切なタンパク質分解を促進することができるかもしれません」と丸山教授は言います。
今後、教授は線虫を使って、加齢によって認知や記憶がどのように損なわれるかを研究したいと考えています。
人間と比較すると、線虫は非常に単純です。人間の脳内にあるニューロンの数が680億個であるのに対し、線虫は302個しかニューロンを持ちません。それでも、線虫は学習したり記憶したりすることができます。驚くべきことです。
線虫のニューロンは数が非常に少ないため、科学者たちはすでにすべてのニューロンをマッピングしていますが、人間では、未だ達成できていません。
丸山教授は、「現在の目標は、どの神経回路が記憶を形成するのに必要で、どの遺伝子がこれらのニューロンの機能維持に関与しているのかを明らかにすることです。これにより、認知障害の治療や予防についての真の洞察が得られる可能性があり、それによって高齢者の生活の質を向上させるのに役立つ可能性があります」と述べています。
(OIST広報メディア連携セクション ダニエル・アレンビ)