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【アミタフ・アチャリア】国際秩序ががたつく今、再生のキーワードは「G+」だ

World Now
アミタフ・アチャリア教授=本人提供

■国際組織は「バッド・ディール」

ーートランプ政権の4年間をどう評価しますか。

最も重要なことは、米国政治が変化したことだ。1940年代、ルーズベルト大統領の下、米国のリーダーシップでリベラルな国際秩序が形成された。それは大恐慌時のニューディール政策の哲学に基づいていた。社会を救済しようとする民主的かつ包摂的な統治の考えだった。新しいタイプの国内政治を創造するためだったが、国際関係にも適応することができた。私だけでなく、多くの学者がそう考えている。リベラルな国際秩序は、米国の国内政治のニューディール政策を国際的に構築しようとしたものだった。

だが、そのような政治は変わった。今や米国は分断され、ナショナリズムがとても強まった。ポピュリスト的な感情が盛り返し、トランプ氏がそれを極端にした。彼がそれを生み出したわけではなく、彼は米国の国内政治の変化を反映している存在にすぎない。彼が原因ではなく、リベラルな国際秩序が衰退した結果だ。

リベラルな国際秩序は様々な理由で衰退した。1940年代、誰もが認めるように、米国は世界の大国で、覇権国家だった。欧州と日本は廃虚と化し、中国やインドは植民地支配を脱しようとしていた。軍事力と影響力で、米国は誰もが認める世界のリーダーだった。しかし、70年以上過ぎ、重大な変化が起きた。欧州や日本は復興を遂げ、インドや中国などの新興国、発展途上国が台頭している。もはや土俵は同じではない。

多くの米国人、特にトランプ氏の支持者は、こうした変化を非難し、米国が追い抜かされたと感じた。中国や東アジアに工場が移転して仕事を失った米国の中西部の人たちが生まれたのは、ある程度はグローバリズムのせいだった。トランプ氏はグローバル化にあらがう人々の感情にうまくつけこんで、全てを国際組織のせいにした。その一例が、自由な貿易をうながす世界貿易機関(WTO)だった。米国の発言が中国などの国々によってかき消されているとして、国連は米国にとってバッド・ディール(悪い取引)だとした。多国間でつくる国際組織や、現在のグローバル・ガバナンスのことを、トランプはバッド・ディールと決めつけたのだ。

■民主党政権で秩序は戻るか?

民主党のバイデン前副大統領の当選確実が報じられると、ホワイトハウス周辺の路上の車が一斉にクラクションを鳴らして祝福した。荷台で米国旗を掲げる人も=11月7日、ワシントン、金成隆一撮影

ーーバイデン氏が大統領選で勝利し、米国が民主党政権になったら、国際秩序は元に戻りますか。

トランプ氏が打撃を与えたリベラルな国際秩序を元に戻すのは難しいだろう。もっと言えば、トランプ氏がダメージを与えた世界の平和と安定性、秩序を回復するのは困難だ。彼は大統領就任草々、環太平洋経済連携協定(TPP)から離脱した。短期間に次から次へと、多国間組織における米国の関与の質と度合いを抜本的に変えた。元に戻すのには時間がかかるだろうし、戻らないものもあるかもしれない。議会の選挙で共和党、民主党どちらが勝つかにもよる。

もし大統領選と上下両院の選挙で民主党が勝てば、トランプ氏がリベラルな国際秩序に及ぼしたダメージはかなりの程度は回復させることはできるだろうが、2016年の前回大統領選の前に完全に戻るのは容易ではない。民主党は全てを元に戻したいとも思っていない。

確実に起きる大きな変化として、米国は北大西洋条約機構(NATO)の同盟国、韓国や日本といった同盟国に再び関わり、一安心させることになるだろう。トランプ氏は現在、反同盟の姿勢が顕著だ。とてもうまくやっている国もあったが、反NATO、反韓国だった。最も友好的な国の一つだったカナダにも関税を課した。そうしたことは必ず変わる。より友好的な態度を同盟国に取るだろう。

米国にとって外交上の最大の挑戦者である中国への対応となると、2016年以前に戻るとは思わない。少なくとも米国の政策エリートの間では、中国がグローバル・ガバナンス、国際秩序を形成する建設的な担い手としての期待に応えていないとの共通認識がある。だから民主党政権も中国に対する強攻策のいくつかは継続するだろう。同時に、単独行動はとらず、同盟国により支援を求めるようになる。トランプ氏のように戦闘的な姿勢で単独行動するより、日本や韓国、欧州各国と協調関係を築くだろう。

■米中対立と国際秩序

G20サミットの首脳特別イベントに出席したトランプ米大統領(左)、中国の習近平国家主席(右)=2019年6月、大阪市住之江区、代表撮影

ーー米中対立が国際秩序に及ぼす影響は?

米中対立はリベラルな国際秩序にとって切迫した問題だ。リベラルな国際秩序は第2次世界大戦直後に作られ、大国間同士の関係は比較的友好的だったが、冷戦で変わった。米国とソ連が敵対関係にあった。米国のニクソン政権は中国に近づき自陣営に引き込んで連携し、ソ連に対抗した。米中関係はかなり友好的になり、リベラルな国際秩序の維持に役立った。

冷戦後しばらく米中関係は良好だった。なぜなら、多くの米国人は、中国をリベラルな国際秩序のメンバーに加えることができるし、中国が加わるだろうと思っていたからだ。中国は経済成長や国際機関への参加といった点で、リベラルな国際秩序から大いに利益を得た。その過程で、中国はリベラルな国際秩序の主唱者の一つになるだろうとの見方が米国で広く共有されており、多くの有識者や政権エリートに支持されていた。中国がリベラルな国際秩序に加わるという理想主義的な期待が生じた。

私はトランプ氏当選2年前の2014年、著書『アメリカ秩序の終焉』(邦題仮題)の中で、中国をリベラルな国際秩序の一員にするという考えは幻想だと記した。中国は独立志向で、長い歴史があり、台頭しつつある国だからだ。ほかの大国の引き立て役だけを務めることはないだろう。自由貿易といった経済関係ではリベラルな国際秩序のある面は支えるだろうが、民主主義や人権といった政治的な側面は受け入れなかったし、今後も受け入れないだろう。白か黒かといった問題ではない。

現在、米中関係がとても悪い。理由の一部は、トランプ氏が関税戦争をしかけ、中国との貿易紛争があるためだ。貿易紛争だけでなく、中国に対するイデオロギー的な舌戦を始めた。中国の国内政治システムは、非民主的で、抑圧的で、その意味で中国は魅力的ではないとのイメージを植え付けようとしている。

同時に、コロナを巡り、中国とアメリカは互いに非難し合っている。トランプ氏はコロナウイルスを中国ウイルスと呼び、中国はアメリカ軍によって中国にウイルスがもたらされたとの気味の悪い陰謀論を訴えた。子どもっぽいが、子どもならもっと分別があるだろう。政府レベルだけではなく、民衆レベルでも不和を起こしている。

■複合的な世界秩序とは

2014年に著した著書『The End of American World Order』。来夏、ミネルヴァ書房から『アメリカ秩序の終焉』(仮題)と題して翻訳が刊行される予定。

ーー国際秩序を考える際、「複合的な世界秩序」を提唱されています。

「リベラルな国際秩序」が米国の覇権を基に考えるのに対し、「複合的な世界秩序」の考えに覇権国家はない。米国も、中国も、ロシアも覇権国家ではない。大国の集団もそうではない。中心がなく、地域の大国がとても重要な役割を果たす、より多元的に国際秩序が管理される様を叙述する表現だ。

今日の世界には、国際組織、EUのような地域機構、グーグルやマイクロソフト、トヨタなどの企業といった幅広いアクターが存在する。社会運動の非国家アクターや、異議申し立てのためにソーシャルメディアを使う人たちもそうだ。以上のような考えは、リベラルな秩序はただ一国に支配されているという伝統的な考え方と対照的だ。

「多極化した世界」という見解とも対比される。私は多極化というコンセプトを否定している。多極化という考えは、19世紀や20世紀初頭の欧州に由来するからだ。当時、多くの欧州の大国が欧州や世界の諸問題を管理していた。欧州以外の世界は植民地だった。「複合的な世界」は、大国は確かに重要だが、それだけがアクターではない、という考えだ。

■各国共通の問題にどう対処するか?

ーー1国ではコントロールできないが、すべての国々が関係するような領域の問題にどう対処すべきでしょう。

最も大切なのは、どの領域の問題かということだ。トランプ氏が大統領に当選する前、コロナウイルスが蔓延(まんえん)する前、すでにパリ協定があり、気候変動のような特定の領域の対処はそれほどひどいことになっていなかった。PKOなどの平和維持活動もそうだ。2008年のリーマン・ショック後の金融危機の際には、G20の枠組みで財政上のグローバル・ガバナンスは非常にうまくいった。

第25回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP25)にあわせて行われたデモに参加する日本の若者たち=2019年12月、スペイン・マドリード、松尾一郎撮影

しかし、貿易はあまりうまくいっていない。WTOはすでに破綻(はたん)を来している。サービスや知的権利などを巡る多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド)はうまくいかなかった。エボラ出血熱や重症急性呼吸器症候群(SARS〈サーズ〉)への対処では少しうまくいったものの、健康の領域となるとそうではない。私たちは他のパンデミックへの準備をしていなかったのは明らかだ。コロナウイルスでそのことが露呈した。難民への対応もありまうまくいかなかった。

グローバル・ガバナンスは、その領域や状況次第だ。だから、私は「G+(プラス)」という言葉を造語した。この用語を強調したい。

ーーそれはどういう意味ですか。

(旧西側先進国の)G7でも、(それに中国やロシアなどの新興国が加わった)G20でも、(途上国で構成する)G77でも、(国際政治学者イアン・ブレマー氏が唱えた、リーダーとなる国がいないという)G0(ゼロ)でもない。

いかなる国も全ての領域で指導的な役割を果たさないが、様々な国がそれぞれの領域で指導的な役割を果たしていく。平和維持活動、集団的安全保障では、ポスト・トランプのリベラルで民主的な米国の政権が主導的な役割を果たすだろう。日本など人間の安全保障を提唱してきた国々は、その面でリーダーとなる。中国はインフラ開発ですでに主導的な役割を担っている。

今後は、各国やアクターが問題ごとに指導的な役割を果たしていくだろう。例えば、EUは気候変動でいかなる国よりも主導的な役割を担っている。ビル&メリンダ・ゲイツ財団は、世界の公衆衛生状況の改善のため積極的に支援している。安全保障や紛争処理では、地域機構、国際赤十字、NGOなどが救援や支援の面で非常に重要な役割を果たしている。アフリカ連合はアフリカの安全保障のガバナンスで重要な役割を担っている。

以上をまとめると、「G+」とは、それぞれの国の政府(Governments)に、企業や非政府主体、国際組織、地域機構といったアクターがプラスされることを意味する。この「G+」が、領域ごとに問題を解決する時代になるだろう。

アミタフ・アチャリア教授=アメリカン大学のホームページから

Amitav Acharya 国際政治学者。1962年生まれ、インド出身で、豪州のマードック大学で博士号を取得し、シンガポールなどの大学で研究を続けてきた。現在はカナダ国籍。著書『アメリカ秩序の終焉』(邦題仮題)が来夏にミネルヴァ書房から刊行される予定。