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「サラヤしてますか?」が合言葉 企業が地球の課題を解決する時代が来た

World Now 更新日: 公開日:
「手洗い」ポーズをとるサラヤの更家悠介氏=大阪市東住吉区、目黒隆行撮影

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■院内感染対策にアルコール消毒を

「サラヤしてますか?」。ウガンダの首都カンパラの病院では、こんな会話が飛び交う。アルコールで手指を消毒することを「サラヤする」というのだという。サラヤが普及したことの証しだが、ここに至るまでの道のりは長かった。

ウガンダの病院で使われているサラヤのアルコール消毒液=サラヤ提供

「世界の衛生・環境・健康の向上」を掲げるサラヤ。赤痢がはやっていた1952年創業で、薬用せっけん液を開発したのが始まりだ。看板商品は「ヤシノミ洗剤」や、コロナ危機のいま生活に欠かせなくなったアルコール消毒剤など。積極的に海外にも展開し、95年に米国に進出したほか、中国や欧州、中東など、南米大陸以外の地で事業を手がける。社員も1800人ほどに増えた。

アフリカでは2010年に、ウガンダの小学校や保健センターなどで正しい手洗い方法を教えたり、地域の病院にアルコール消毒剤の普及を進めたりするプロジェクトを始めた。現地では医療機関でもアルコール消毒の習慣がなく、院内感染が深刻で、手指消毒の習慣を広めることがビジネスにもなると判断した。

ウガンダの現地法人で働く従業員ら=サラヤ提供

14年に現地工場が稼働し、19年にようやく黒字化を達成。カンパラの私立病院の9割に消毒剤を納入している。

現地では、援助機関などが設置した浄水装置があっても、その後のメンテナンスが不十分で装置が壊れている病院が多く、そこから大腸菌が検出されることも。アルコール消毒はすぐ乾き、水やタオルを使わなくてすむので、コロナ危機でウガンダでの需要は一時10倍超にはねあがった。ウガンダ政府が正式に認可したアルコール消毒剤はサラヤのほかにはもう1社しかないといい、地道に築き上げていた現地生産体制が下地となって、感染拡大を防ぐ重要な役割を果たしている。

■批判覚悟、あえて出演したテレビ番組

ウガンダの病院などに販売しているサラヤのアルコール消毒液=大阪市東住吉区、目黒隆行撮影

サラヤにとって、転機となる出来事が04年にあった。

この年、ヤシノミ洗剤の原料となるパーム油をめぐり、「ボルネオ島の熱帯雨林が減る原因になっている」と日本のテレビ番組から出演依頼が寄せられた。このときのことを、社長の更家さんは率直に振り返って言った。

「分からなかったんですね。お客さんの方ばっかり向いて仕事していて、手肌にやさしいですよ、環境負荷の少ない包装ですよ、と宣伝していましたが、じつは原料の生産現場のことを知らなかったんです」

更家悠介・サラヤ社長=大阪市東住吉区、目黒隆行撮影

出演をことわる選択もあったが、あえて出て、調査を約束した。会社には視聴者らから批判も寄せられたが、耳をかたむけた。現地に調査員を送って調べてみると、たしかにパーム油のプランテーションが熱帯雨林や生物多様性の減少に加担していたことがわかった。すぐにパーム油の生産者や小売業者がつくる国際会議に加わって保全を訴えた。また、関連商品の売り上げの1%を寄付するなどして、原料生産地の環境保全に持続的に関わるようにした。

「良かったと思うのは、知らなかったことへの気づきがあって、すぐ動いたこと。そしてお客さんとも一緒に活動できたことです。1%払っていただいているのはお客さんですよね。こういうことを意識して買って下さる方もいる。企業とお客さんが価値観を一緒にできるのはいいことですよね」

■国際社会は「きれいごと」が大事

ウガンダで実施する「100万人の手洗いプロジェクト」の様子=サラヤ提供

日本でもSDGsに取り組む企業が増えてきたが、サラヤは先駆けといえる。本業を通した貢献が評価され、2017年の第1回ジャパンSDGsアワードでも外務大臣賞を受賞した。

社長の更家さんが大切にしていることは、「きれいごと」だという。

「建前でも、SDGsとか『世の中が変わる』ことに向けて、ちゃんとやっていることをオープンにして、見ていただくことを大事にしている。ボルネオ島の熱帯雨林伐採のことで批判されたときがそうで、批判をおそれていると前に進まない。国際社会では『きれいごと』を言わないとだめで、札びらや軍事力、エゴではどこもついてこない」

ウガンダの「100万人の手洗いプロジェクト」の様子=サラヤ提供

「サラヤする」でアフリカ大陸をつなぐ計画を更家さんは思い描く。目下、エジプトに工場を建設中で、アフリカ西部と南部にも拠点を設けられないか検討中だ。また、感染症予防は手洗いだけではないという視点から、コロナ危機を受けマスクや医療用手袋の生産も考えているという。

こうした取り組みは、個々の企業だけでは限界があるが、いまはSDGsの旗のもとに企業や現地政府、国際機関、NGO、NPOなど、従来は必ずしも利害が一致しなかった主体が集まり、協力しやすくなっているという。

「コロナ危機が起き、ニューノーマル(新しい日常)の中でどうSDGsを進めていくか。大きな哲学は“no one will be left behind"、『誰も取り残さない』です。目標は決まっているので、あとはそれぞれを調和させる仕組みが必要。例えば再生可能エネルギーだったら固定価格買い取り制度(FIT)だとか、プラスチックによる海洋汚染だとかはビジネスが動くだけでは十分ではありません。そのためには市民のみなさんの理解や協力が必要です。市民社会が問題を訴えて、行政や政治が新しい仕組みを整える。そして企業はビジネスをSDGsに合わせて仕立て直す。そうすることで課題解決へのつながりが生まれるのでは」。更家さんはそう考える。

■ビジネスを仕立て直すための共通目標

サラヤの看板商品「ヤシノミ洗剤」=大阪市東住吉区、目黒隆行撮影

共通目標に沿って、ビジネスを仕立て直す。この考えがヒントかもしれない。

SDGsに詳しい慶応義塾大教授(国際関係論)の蟹江憲史さん(51)は「社会とともに歩まないと企業がそっぽを向かれてしまう時代になった」と指摘する。「社会のあるべき姿と現実の状況にギャップが生まれていて、それを埋めることがビジネスになる。そこに企業が注目するようになった」

SDGsは、国家のほかに企業や市民社会などすべての人の参加が重要だとしている。「環境問題が真剣に取り上げられるようになった90年代ごろから市民団体や企業、研究者の組織などが力を持ち始めてきた。一つの主体だけでは解決できない問題が非常に多くなってきたので、だからこそハイブリッドな解決策が求められる」という。

慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科の蟹江憲史さん=目黒隆行撮影

そこでカギになるのが「共通目標」だと蟹江さんは言う。

「政府が音頭をとってルールづくりをするやり方ではこれまで、なかなか解決できない課題もあった。SDGsのように、少し先の未来の姿を共有し、進め方については細かく定めない。そうすると国だけでなく、企業やNGO、個人などからもアイデアや技術や資金が集まってくる。これを『目標ベースのガバナンス』と私は呼んでいますが、未来を変えていくグローバルガバナンスを変えていく一つのツールになり得るでしょう」

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