米海軍関係者の間では、トランプ大統領が主導して推し進めている355隻艦隊態勢の構築が順調に進まない一方で、中国海軍が飛躍的に強大化している現状に深刻な危機感が抱かれている。
8月下旬に米連邦議会調査局が公表したリポート「中国海軍の近代化」ならびに9月初旬に米国防総省が公表したリポート「中華人民共和国の軍事ならびに安全保障の進展-2020年度版」、そして10月1日に公表された米連邦議会調査局のリポート「(米)海軍戦力組成ならびに造艦計画」などでも、中国海軍の強大化に関して強い警鐘が鳴らされている。
■トランプ大統領の「355隻艦隊計画」
トランプ大統領は4年前の大統領選挙期間中から「大海軍建設による偉大なアメリカの再現」を公約としている。そして「アメリカの鉄で、アメリカの造船所において、アメリカの技術者・労働者により」、350隻(あるいは355隻。トランプ自身、350隻と言ったり355隻と言ったりしている)態勢となる艦隊を構築するという具体的政策を提示した。
トランプ政権が掲げる355隻艦隊態勢の構築は、実際に2017年に法制化され、SHIP法が成立した。その結果、2017年当時280隻ほどであったアメリカ海軍が保有していた主要戦闘艦艇数を355隻に増強することは、軍艦建造計画を策定する米海軍や米国防総省、そして軍艦建造費用を決定する米連邦議会にとっては法的義務となった。
法制化から3年ほど経った現在、莫大(ばくだい)な軍艦建造費が投入され始めているとはいっても、アメリカ海軍が保有している戦闘用艦艇戦力は296隻(米海軍の公表資料では9月29日現在、戦略原潜14隻、攻撃原潜54隻、空母11隻、強襲揚陸艦10隻、巡洋艦22隻、駆逐艦69隻、沿海域戦闘艦22隻、輸送揚陸艦23隻、掃海艦8隻、戦闘補給艦30隻、その他の支援艦艇33隻)に留まっている。
軍艦建造を推し進める方針が法制化されたからといって、軍艦は数カ月で建造できるわけではない。また、いくら新たな軍艦が建造されても、これまで艦齢を重ねてきた古い艦艇は退役させなければならない。そのため、艦艇数が飛躍的に増加することなど望めないことは当然である。
それだけではない。米海軍の軍艦建造に携わるアメリカの造船会社は、新艦艇の建造と同時に既存艦艇の修理やメンテナンスなどもこなさなければならない。その上、いずれの造船会社も施設の老朽化や熟練技術者の減少などの問題に直面しており、残務が増加する一方という有り様だ。それらに加えて、新型コロナウイルス感染の拡大により、造船所の操業状態はますます悪化してしまっている。
そのため、もしトランプ大統領が再選して海軍増強策が更に強化されたとしても、あるいはトランプ政権が続かなくとも355隻艦隊建設法が維持され、現在のようなペースで軍艦建造を続けていくことができたとしても、アメリカ海軍が355隻艦隊を手に入れるには2050年を待たねばならないとも言われている。
■急ピッチで新造艦をつくる中国
一方、中国ではアメリカと好対照に次から次へと新造艦が誕生している。アメリカ海軍の分類(軍艦は純然たる戦闘用艦艇、戦闘部隊編成用艦艇、さらに作戦支援用補助艦艇などに分類されるが、その分類方法やどの艦艇をどのカテゴリーに計上するかの方針は、海軍ごとに異なる)に従うと、中国海軍はすでに355隻艦隊をかなり上回っていることになる。
ちなみに中国海軍が保有している艦艇数を米海軍や米連邦議会調査局などの推測データ(中国海軍は全ての艦艇に関して保有数を公表しているわけではないので、あくまで推計ということになる)を元に推計すると、合計は390隻とみられる。詳細は以下の通りである。
戦略原潜6隻、攻撃原潜8隻、通常動力潜水艦56隻、巡洋艦4隻、駆逐艦30隻、フリゲート42隻、コルベット62隻、ミサイル艇94隻、空母2隻、強襲揚陸艦1隻、各種輸送揚陸艦40隻、掃海艇12隻、戦闘補給艦3隻、その他の支援艦艇など30隻。
上記のような中国海軍が保有している艦艇数が推計値であるとはいっても、アメリカ海軍のそれを上回っていることは確実であり、米国防総省のリポートでも「中国海軍は、艦艇保有隻数においては、世界最大の海軍である」と認定している。
それに対して、艦艇保有数では中国海軍が米海軍を上回っているとはいっても、艦艇の総トン数合計で比較するならばアメリカ海軍のほうがいまだ中国海軍を上回っている、と指摘する声も上がっている。
たしかに超大型空母(満載排水量およそ10万~10万5千トン、11隻保有)や強襲揚陸艦(満載排水量およそ4万~4万5千トン、10隻保有ただしうち1隻は火災で廃艦の可能性大)や輸送揚陸艦(満載排水量およそ1万6千~2万6千トン、23隻保有)といった超大型艦を多数保有している米海軍は、そのような超大型艦の保有数では米海軍に及ばない中国海軍よりは総トン数では”強大”である(中国海軍空母遼寧は満載排水量およそ6万トン、同じく山東は満載排水量およそ7万トン、075型強襲揚陸艦は満載排水量およそ4万トン)。
しかしながら、アメリカ海軍と中国海軍ではそれぞれがよって立つ海軍戦略は異なり、主として活動が予定される海域も一致しているわけではない。基本的な戦略や戦術も全く違うものとなる場合が多く、必要とされる艦艇の種類や数も大幅に異なる。そのため、それぞれの海軍艦艇の保有隻数や合計総トン数を単純に比較しても海軍力の優劣を導き出すことにはならない。
■中国海軍に追い抜かれかねない米海軍
とはいっても、355隻艦隊建設を目指しているアメリカ海軍が、中国海軍の軍艦保有隻数を気にするのは無理もない。なぜならば、かつての中国人民解放軍は海軍に限らず陸軍も空軍も「数だけ多く、質が劣悪」と言われていた通りであったものだが、現在の中国海軍にはそのような「嘲(あざけ)り」は当てはまらないからである。
中国海軍にとっての対米防衛戦は、基本的には南シナ海と東シナ海にかけての中国近海域での戦闘に打ち勝てば良いのであるのに対して、アメリカ海軍は中国近海域での対中戦だけに全ての戦力を投入するわけにはいかない。なぜならば、世界中に数多くの軍事的敵対勢力を抱えているアメリカ海軍は、たとえ対中戦となっても、アラビア半島周辺海域、大西洋、そして北極海にも少なからぬ艦艇を(場合によっては空母艦隊や強襲揚陸艦隊などをも)展開させておかなければならないからである。
したがって、保有する艦艇の種類がどうあれ、アメリカ海軍の保有艦艇数が中国海軍のそれを下回ることは、アメリカ海軍にとっては「我慢しかねる状態」である。そのため、米海軍関係者の間では「355隻艦隊では不足であり400隻あるいはそれ以上の艦艇を生み出していかなければならない」といった声も上がっている。とはいうものの、355隻艦隊誕生すら危ぶまれている上、中国海軍はめざましい勢いで大型軍艦を続々建造しているため、保有隻数だけでなく総トン数においてもアメリカ海軍が追い抜かれかねないというのが現状である。