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離れていても社会参加はできる 吉藤オリィが描く「コミュニケーションの明日」

World Now 更新日: 公開日:
OriHimeを持つ吉藤健太朗さん

どんな人と接触しても感染症にならないロボットが、あなたの「無敵の分身」になる日がくるかもしれない。神奈川県の新型コロナウイルス感染者の宿泊療養施設では、コミュニケーションの手段として分身ロボットが活躍した。オリィ研究所(東京都)が開発した「OriHime」(オリヒメ)で、遠隔操作による音声や簡単なジェスチャーなどで人と交流できる。スタッフは感染者と直接接触しなくても、体調や精神面のサポートができた。開発者で「ロボットコミュニケーター」を自称する吉藤オリィ(吉藤健太朗)さん(32)に聞いた。(聞き手・目黒隆行)

■最強の「マスク」は人との距離

――感染症対策の現場でOriHimeが使われることになりましたが、どのような経緯があったのですか。

神奈川県庁の「共生社会アドバイザー」として、OriHimeを使って働いているALS(筋萎縮性側索硬化症)患者の仲間がいます。そういった経緯があったので、県とはあらかじめ関係がありました。要請を受けて、じゃあ使えるのでやりましょう、と。

神奈川県の新型コロナウイルス感染者の宿泊料用施設で使われた「OriHime」=神奈川県提供

ただ、特別なことではないですよ。これまでも様々な医療現場の無菌室などでも使われてきました。例えば病院内の学級には、車いすや松葉杖の子なら通えますが、無菌室にいる子はそうはいかない。でもロボットを使えばみんなの輪の中に入れる。菌やウイルスを遮断するツールとして使われてきたわけです。感染症を防ぐ最強の「マスク」は人との距離。隔離された環境でも人とのコミュニケーションが取れるように使われたことはうれしいなと思っています。

――感染拡大、移動の自粛によって、リアルなコミュニケーションの場に行けなくなり、孤独を感じた人が増えたと思います。OriHimeはもともと「孤独の解消」を念頭に開発されたものでしたが、緊急事態宣言が出ていた期間はどんなことを考えていましたか。

人と物理的に会うことができなくなるということは、「居場所」と呼ばれるところに行きにくくなった状態です。自分のことを承認してくれる人になかなか会えない。しかもいつ終わるか分からない。孤独というストレスを十分に引き起こしたと思っています。

私たちは、外に出ることによってコミュニケーションを取ってきた生き物。外に出ればいろいろな人と出会える。そんな機会がコロナによって封じられてしまいました。OriHimeは、リアルな場への参加装置です。車いすに近いかもしれません。体が動かなくなっても、がんばって着替えて化粧して車いすに乗って、リアルな場へ行く。なぜかというと、それが人の営みに参加する、社会に参加する方法だからです。

■社会参加のための「選択肢」を

Orihimeを持つ吉藤健太朗さん

――人と会えない、外出できないといった不自由さを感じる生活の中で、私たちはどうすればいいのでしょうか。

いくつか選択肢を持てばいいと思います。今回、失った物もあれば、手に入れた物もあります。それが選択肢です。例えばオンライン会議システムのズームを使えば、在宅でも働けるよね、通勤時間なんてばからしいよねって選択できるようになったことは強みだと思います。 選択肢は、簡単に言えば社会に参加するためのツールです。PCだったり、スマホだったり、OriHimeのような分身ロボットだったり。もちろんリアルな場へ移動することもその一つです。 思い通りに移動できない状況は、自分が高齢者になったときの状況と似ているとも言えます。日本人の健康寿命は75歳くらい。それから寿命が尽きるまで、生活に不自由を抱えるようになった後も自分が納得できる選択肢を選べるかっていうことです。

■技術の進化より大事なものがある

吉藤健太朗さんが開発したOriHime

――以前のインタビューで、テレワークで「無駄」は省けるが、たまたま見かけた仲間としゃべるような偶発的な機会はなくなってしまう。そうした機会で失われてしまう物の中に大事な物があるとおっしゃっていました。コロナ禍でこうした機会を生み出すにはどうしたらいいでしょうか。

人間関係、つまりコミュニケーションって難しいですよね。社員みんなでオンラインゲームするとか、「あつまれ動物の森」や「マイクラ(マインクラフト)」をやってみるのもいいんじゃないでしょうか。ズーム飲みとかも。でもみんなが仲良くやるのも難しいので、工夫は必要ですよね。ビジネスチャットも、絵文字や!を使うと「なめているのか」と怒り出すおじさんとかいますしね。

ただ、今回分かったのは、飲み会だったり、ゴルフだったり、今までわざわざやっていたことの重要性が見えてきました。一人になって仕事をしていると、やっぱりコミュニケーションでズレが生じてきます。人は合理的じゃないので、非合理的なものを外出できない暮らしの中にどう取り入れていくのかが大事です。

コロナ禍でのOriHimeの役割などについて話す吉藤健太朗さん

――コロナ禍の中で、価値観などさまざまな点で転換が起きていると思います。また、OriHimeのような「分身」の存在感も一回り大きくなってきたと感じていますが、いかがお考えでしょうか。

正解がない時代なので、多くの人が不安を感じていると思います。この先日本はどうなるんだろう、と。経済的にも斜陽で、いろいろなことを試行錯誤しているという状況なのが今の日本だと思います。

「テクノロジーファースト」にはならないよう注意する必要があります。分身ロボットは、技術的には難しいものではないですよね。これから高速通信規格の5Gになればさらに使いやすくなって、しばらくはトレンド化するかもしれませんが、大事なのは技術の進化ではありません。人がどう考えて、どう動くかです。誰がそれを使い、どういう生き方ができて、どういう価値になるのか。そこをしっかり考えないといけないと思っています。