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吉藤オリィ「新型コロナで気づく、『余計なこと』と『無駄』の価値」

People 更新日: 公開日:
インタビューに答える吉藤オリィさん=持木伶菜撮影

新型コロナウイルスによって、移動が抑制され、テレワークが広がり、人と人とのコミュニケーションのあり方が急速に変化している。ちょっとした雑談や偶発的な出会いの機会は失われがちだ。「人間の孤独の解消」を目指し、病気や障害などで外出が難しい人が遠隔操作するロボット「OriHime」を開発した吉藤オリィさんは、そうしたことの価値にこそ、いま目を向けるべきだと語る。ロボットを通して、遠くにいても人が存在することの価値を伝えてきた吉藤さん。誰もが偶然の出会いを体験しにくくなった現状に何を思い、テクノロジーの力でどう解決しようとしているのか。話を聞いた。(澤木香織)
吉藤オリィさんとOriHime-D=澤木香織撮影

■寄り道が人生を大きく変える

――吉藤さん自身の人生や、研究の方向性において、「偶然の出会い」というものがひとつの鍵になっていますね。

振り返ると、私自身偶然の出会いがめちゃくちゃありました。なぜ私が良い出会いに巡り合えたかというと、学校の授業中に空気を読まずに折り紙を折っていたり、他の生徒より目立ったりしていて、プレゼンス(存在感)があったからだと思っています。

高校時代に車いすの開発をしようと思ったきっかけも、先生に養護学校(現在の特別支援学校)での交流ボランティアに行く機会をもらえたから。折り紙が得意だと知った先生が「折り紙を通して交流して来い」とすすめてくれました。そこで、体が不自由だったり、知的なハンディキャップがあったりする生徒たちに出会い、車いすで移動することがいかに大変かを知りました。

必要なことだけをやるルートを進むより、「余計なこと」をたくさんやった方が、大きく人生を変えていくと思う。私が多くのチャンスを得ることができたのは、余計なことをやっていたから。その重要さをすごく感じているんですよ。

インタビューに答える吉藤オリィさん=持木伶菜撮影

――そんな出会いを生かし、高校時代に「人間の孤独を解消する」という非常に大きな目標を見つけました。ただ、その後進学した早稲田大学では、最初から順風満帆ではなかったそうですね。著書で、当時のことを「黒歴史」と表現しているのが意外でした。

東京に来た当時は、知り合いはいないし、地形もわからなくて…。自転車で大学まで通っていたのですが、坂道が多く、地形が複雑で、迷うんですよ。授業に間に合わせることはあきらめて、色々試していました。太陽の方向を見て向かってたどりつくのか試しみたら、全然違う方向に行っちゃう…なんていうこともありました。

サークルの新歓イベントにもたくさん顔を出しました。人間関係を作ることに慣れていなかったので、面白そうなサークルに片っ端から所属し、気が合う人がいるか、どういうコミュニティーが合うかを、確かめました。社交ダンスや演劇のサークルにも入りました。様々なサークルに入ったけど対人関係には苦労しました。当時は「友情」の意味をいまいち理解できていなかったんですね。

――その「友情」はどうやって知ったのですか?

大学よりも、キャンプ場です。私が大学生になった当時、中学校の教員をつとめていた父が奈良県の野外活動センターで働くことになったんです。そこは、子どもの頃から父に連れて行ってもらっていた場所。金曜日の夜になると東京から夜行バスで奈良に向かい、キャンプ場で働きました。山にいるときに色々な経験をさせてもらいましたね。

そこで、キャンプ場の説明やオリエンテーションをする補助員の仕事を経験しました。

日本人特有のことかもしれませんが、自分から初対面の人に「どーも」ってハグをすることってあり得ないけど、オリエンテーションで誰かに「いまから近くにいる人とペアを組んでください」と言われると、握手したり自己紹介したりするじゃないですか。

そういう「仲介者」の存在は、昔は日常にあったと思います。例えば、おせっかいなおばちゃんが「この人とこの人がくっついたら楽しそう」と紹介して結婚した、みたいな。もしかしたら不幸になるケースもあったかもしれないけど、ある意味、誰かの「無責任」な言動によってカップルになるパターンは数多くあったと思う。

いまはそういうおせっかいが少なくなり、自分から告白しにいかなければならない。それが得意な人がいる一方で、「やれやれ」と誰かにやらされているくらいでうまくいく人間関係もあるよな、と。パーティーでも、「この人面白からしゃべってみて」とつないでくれる人がいると、人間関係はすごく円滑になると思うんですよ。ある意味、コミュニケーションの「福祉機器」として機能していると思いませんか?OriHimeを作る上でもその考え方はすごく生かされています。

■人類を楽にするテクノロジーより「わくわく」を

1月に期間限定でオープンした「分身ロボットカフェ」で、飲み物を運ぶOriHime-D=澤木香織撮影

――OriHimeは、どんなふうに開発をしてきたのでしょう。

最初は、自分がほしいロボットは何だろうと考えながらOriHimeを作っていました。ラッキーだったのが2010年に実際に使ってくれる人があらわれたことです。あの出会いがなければ、自信を持ち続けられず、どこかで方向転換していた可能性があります。意見を受けて軌道修正した部分がたくさんあります。

実際に外出が難しい方にお話を聞いてみて思ったのは、「そもそも自分はどこにも所属していない」「OriHimeがあっても行きたい場所がない」ということです。

外に所属するコミュニティーがなく、外出支援ツールに乗ることも難しいのであれば、体を外に運ぶという形ではなく、心が外の世界を探索できるよう、もう一つ自分の体を作ることができないだろうか、と考えました。

外に出るモチベーションを生み出す福祉機器も作れるということです。人に会いたくなるような仕掛け、外に出たくなるような仕掛けも作れると思う。

1月に期間限定でオープンした「分身ロボットカフェ」の様子。広島県に暮らす大下桜さんが遠隔操作するOriHimeが、注文を取っていた。手をふったり首を傾けたりもできる。

昔老人ホームに行っていたとき、OriHimeを使っておじいちゃんのお墓参りに行きたいという依頼を受けました。「私は外に出られないから」とあきらめていたおばあちゃんが、OriHimeを使ってお墓のこととか、「隣の佐藤さんはこんな人でね」とか話しているうちに、どんどん前向きになって「今度は車いすでお墓参りする」と言い出したんですよ。

病気や重度障害のある人たちがOriHimeを遠隔操作し接客する)分身ロボットカフェで働く人たちもそうなんですが、働くうちに色んな人に出会い、「また会いたい」という強い気持ちができると、カフェで稼いだお金を旅費に使って、家族やヘルパーさんと一緒に会いに行くんです。

私は、人類を楽にするテクノロジーには正直、あんまり興味がありません。人が何かをやってみたいと思える、できないと思っていたことをやれると気づけるテクノロジーに興味があります。 わくわくする気持ちを大事にしています。正直言って、それしかないんですよ、原動力は。わくわくしなかったら、動けないタイプなんですよね。

■「無駄」から生まれる出会いにも価値を

――「わくわく」する気持ちをそこまで大事にしない社会になってしまっている気がします。

必要性だけを追い求めるとそうなりますよね。

私は不登校だったとき、「自分自身を友達だと思う」、みたいな感覚を持っていたんです。孤独だったので、自分しか自分を好きになれないと思っていた。どうやったら自分を好きになれるかを命題にしていました。 良い折り紙が折れたら、ちゃんと自分をほめる。自分を一番近い隣人だと思うようにしています。

こうして黒い白衣を着ているのも、他人から見た自分の評価ではなくて、自分が自分を見た時に「かっこいい」と思えるから。自分という大事な他人、例えば子どものように思えば、おいしそうなご飯があったら食べさせてあげたいとか、色んな事を学ばせてあげたいとか思う。自分に色んな経験をさせるというのが、わくわくの正体だと思っています。

インタビューに答える吉藤オリィさん=持木伶菜撮影

――新型コロナウイルスの感染が広がり、世界中で移動が抑制され、出会いは生まれにくくなっています。コミュニケーションの課題をどう解決していきたいと思いますか。

例えばですが、毎日準備に1時間、往復2時間かけて学校や会社に行っているとします。1日の可処分時間が仮に15時間だとすると、5分の1です。つまり人生の5分の1を移動の投資に費やしていることになります。すごくつかれるにも関わらず、なぜ私たちはそうしてきたのか。

駅からオフィスまで歩きながら、たまたま見かけた仲間としゃべる。そんな適度な「不必要な時間」がありました。テレワークをしているとそういう時間は生まれません。テレワークで「無駄」ははぶけるようになったけど、失われるものもある。

私は、学校の本質は授業よりも、給食の時間や休み時間にあると確信しています。思い返してみると、授業の思い出はあまりなくても、休み時間にお楽しみ会の準備をしたことや友達と鬼ごっこしたことは何となく覚えていませんか。死ぬ瞬間に思い出すことって、「必要」なことじゃなくて、「不要」なことだと思うんですよ。

たまたま「そこ」にいることによって得られる偶発的な機会を、テレワークはある意味、捨てていますよね。だからもっと、 無駄なテレワークをしたい。仕事をしてお金をもらうという必要最低限のところに、もっと無駄を詰め込みたい。無駄から生まれる出会いは、実は馬鹿にならないんだと証明したい。分身ロボットカフェで働く人たちも、たまたま出会ったお客さんと対等な関係で話す中で、友達になったり、仕事につながったりする可能性がある。

テレワークでは実現されない、用のないときも「そこ」にいるプレゼンス。それを発揮するための方法として、分身ロボットにつながっていくと考えています。

■価値観はアップデートされる

インタビューに答える吉藤オリィさん=持木伶菜撮影

――経済が悪化し、五輪が延期となり、目指していた目標を失った人も多い。誰もが悲観的になりやすい状況でもあります。いまの時代状況を、どう見ていますか。

どうなるかわからないですね、世の中は。そういう意味で、色々なことが変化してくる。だからこそ、転び慣れている人が強い時代になると思います。 今までの前例がどんどん覆され、前代未聞のことが連続して起こっていく中で、変化に柔軟な社会になりそうな気がしています。だから、いままでそれほど進んでいなかったテレワークも、「必要だから」と進んでいる。

でも、うまくいかないことがこれからいっぱい見えてくると思います。多くの人が「無駄」が生まれにくいことに気づくでしょう。家族とは何か、という価値観も変わってくるだろうし、シェアハウスのあり方も見直されるかもしれない。多くの人の価値観がアップデートされるのは間違いないと思います。

コロナウイルスが収束したときに、もう一度もとの生活に戻ることを良しとするのか、何かしら得たもの、新しい価値観を持った上で次の時代を迎えるのかで、状況は変わってくると思う。そこの転換期を、自分なりに考えておくことは、すごく大事だと思います。