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【ジョセフ・スティグリッツ】コロナ後に私たちが目指すべき、新しい経済の姿とは

World Now 更新日: 公開日:
ジョセフ・スティグリッツ米コロンビア大教授(2013年撮影)

■差別や格差の問題、コロナであらわに

――新型コロナウイルスの感染拡大によって世界経済は大きく落ち込みました。国際通貨基金(IMF)によると、2020年の世界経済の成長率は前年比4.9%減と、「大恐慌以来の不況」になると予測されています。コロナのインパクトをどう見ていますか。

大きな問題の一つは、事態が収束するまでにどれぐらいの時間がかかるか、いつまでコロナと共存しなければならないのか、分からないことだ。感染拡大を制御できるようになるまでは、通常の経済に戻るのは難しい。治療法やワクチンを開発するまで、かなり不安定な状態に直面するだろう。

経済は弱まっていくとみられるが、政府の支援の規模や持続性などによって、どれほど弱まるかが決まってくる。影響は国によって大きく異なるということだ。米国などいくつかの国は不十分な対応しかしていない。米国は巨額の支出をしているが、必要なところに行き渡っていない。失業者は急増している。IMFの予想は現実的なところだろうが、世界経済はもっと悪くなる可能性もある。

――最近の著書『プログレッシブ キャピタリズム』で、この40年間で大多数の国民の所得が減り、最上層のごく少数の国民と大多数の国民の間に巨大な格差が生まれた、と指摘しています。コロナによって、この格差の構造は加速するのでしょうか。

政策で適切に対応しなければ、様々な経路で加速するだろう。米国のような国では、貧困層は貧弱な医療しか受けられず、感染症の影響が大きい。上層の人間はオンラインで仕事を続けられるが、最下層の人間は、より人との接触の多い仕事や、機械やロボットで代替できる仕事が多い。技術を持たない労働者の需要は減り、失業者の増加や賃金の低下が起こる。つまり、不平等・不公平の状況は悪化する。さらに今回のような大きなショックが起きたときはいつも、より教育された、より適応能力の高い人は柔軟に対応できる一方、教育を受けていない人たちは圧力にさらされる。

ウェブ会議システム「Zoom(ズーム)」でインタビューに答えるジョセフ・スティグリッツ米コロンビア大教授

――ブラジルやインド、米国などの貧困層をコロナが襲っています。富裕層でも貧困層でも感染するリスクはあるものの、適切な感染防止対策や十分な医療を受けられない貧困層により厳しい「逆進性」があるように思えます。

米国のトップの人たちと最下層の人たちとの間で、大きな医療格差と寿命の違いがある。最下層の人たちは、基本的人権としてのヘルスケアにアクセスする権利に気づいていない。収入格差は大きく、健康的な食事もとることができない。さまざまな複合的な要因によって大きな医療格差がつくり出されている。

コロナによって、人種差別や所得・医療格差がいかに悪いことかが明らかになった。我々の歴史的な人種差別、格差や不公平について何かしなければならない、という機運が高まってきている。

全米に広がった、黒人への差別反対を訴えるBLM(Black Lives Matter)運動はいまも続いている=6月19日、藤原学思撮影

■スペアタイヤのない車に乗っている私たち

――グローバル化や金融市場の自由化が、ごく少数の人に富をもたらしただけで、そのほかの人たちは停滞と不安定な生活にさいなまれた、と著書で強調しています。これまで世界が進めてきたグローバル化や金融市場の自由化という方向性を、コロナが変えるきっかけになると思いますか。逆に、より進ませると思いますか。

これまで40年間の経済が間違った方向に進んできたことを反省するときを迎えている。コロナの感染拡大によって、そうした問題点が浮き彫りとなった。著書のメインテーマの一つは、行き過ぎたグローバル化と金融自由化が、政府と市場の間のバランスを失わせたということだ。金融の規制緩和をしすぎたが、市場には政府が必要だ。グローバル化で、ふつうの市民ではなく企業によって世界的なゲームのルールが決められた。その結果、適切な時期にフェースシールドや人工呼吸器がつくられず、不足する事態を招いた。

市場経済には復元力がなかったのだ。短期利益に集中し、長期安定性に注意を払ってこなかった。分かりやすくするためにこんなたとえ話をするが、多くの会社がわずかなお金を節約するために自動車からスペアタイヤを取り外した。ほとんどのときはスペアタイヤは必要ないが、タイヤがパンクしたときには必要だ。我々はスペアタイヤのない車、復元力のない経済をつくってしまっていたのだ。

感染防止のビニールをはさんで抱き合う家族。老人ホームでは厳しい新型コロナ対策がとられていた=6月、サンパウロ、岡田玄撮影

――そうした「市場の失敗」について、著書では「私たちはようやく、アダム・スミスの言う『見えざる手』がなぜ見えないのかを理解した。そんなものは存在しないからだ」と、印象的な表現で指摘していますね。

金融市場の近視眼的思考ではなく、長期的な視点を促進し、グローバルサプライチェーンをより多角化、弾力化し、経済をもっと信頼できるものに導く必要がある。それはトランプ(米大統領)の保護主義とはまったく異なる原理に基づくものだ。一方、今回のコロナ危機で私たちは国際的な協調がより必要だと悟った。これは全世界的な問題だからだ。トランプが世界保健機関(WHO)から、国際的な協調行動から離脱するのは最悪な行動だ。

――環境に配慮したコロナからの復興は経済成長と気候変動の両方に資する、とのリポートを共同でまとめました。「Build Back Better」という考え方は広がるでしょうか。

2008年の金融危機後、政府の対策は大きかったが、今回はもっと大きくなる。政府が巨額の対策をとるとき、我々がどういう経済を求めているかが問われる。何人かの人は「2020年1月の時点に戻りたい」と言う。しかし我々の考え方は違う。2020年1月は化石燃料の経済だった。しかも大きな格差のある、弾力性のない経済だ。より公平な社会、グリーンエコノミーに移行したほうがいい。コロナ後は、これまでより良い経済を求めるべきだ。労働者の需要を高め、所得を増やし、格差を改善する。より良い経済をめざせば、力強い回復が実現できるだろう。

ずらりと風車が並ぶ風力発電所。コロナからの復興では、環境関連投資を増やすべきだという声が出ている=2020年6月、北海道幌延町、朝日新聞社機から、長島一浩撮影

――コロナショックから回復を図ろうと、各国政府が経済対策を打ち出しています。巨額の借金を抱える財政に懸念はありませんか。

戦争のさなかにある国が「お金がない」と言っている場合ではない。やるべきことをやるべきだ。私は財政赤字を心配していない。第2次世界大戦で各国政府は大きな借金を抱えたが、経済成長を遂げ、国内総生産(GDP)比は下がった。ただ、お金を正しく使うことに気をつけるのは重要だ。私は、トランプ政権が巨額の支出をしているのにもかかわらず、必要とする人にお金を与えていないことを批判している。失業率は最悪の水準に上がった。コロナ後のより良い経済のために、政策をどうデザインしていくか注意深く考えなければならない。

――経済対策として、日本のように国民一人ひとりにお金を配る政府もあります。国民に政府が継続的にお金を配る「ベーシックインカム」についてどう考えますか。

政府の最も重要な義務は、国民に仕事を提供することだ。仕事を求めているすべての人に、尊厳ある仕事がある。グリーン社会に移行するために必要なインフラはある。ベーシックインカムはその最も重要な義務から注意をそらさせる。問題は、コロナ禍の中で仕事がなくなり消費しなくなったことだ。そのため、いくつかの国がベーシックインカムと同様の政策をとった。失業した人、もしくはすべての人にお金を配るのは、例外的な時期だからだ。感染拡大を制御可能にするまでのサバイバルといえる。

ウェブ会議システム「Zoom(ズーム)」でインタビューに答えるジョセフ・スティグリッツ米コロンビア大教授

■繁栄を分かち合うために

――コロナ後、人工知能(AI)など最先端技術が進めば、雇用の状況はどうなっていくのでしょうか。

イノベーションによる置き換えが可能なら、技術を持たない労働者の需要は減り、賃金は減る。国民の多くが失業や低賃金に直面するだろう。トリクルダウンはありえない。将来の雇用がどうなるかは、政策にかかっている。

こんなことを言う人がいる。「イノベーションはいつもすべての人をより豊かにする。自動車だっていくつかの仕事を破壊したが、もっと多くの仕事をつくった」。それが正しければ素晴らしいが、AIの普及とロボット化は違う。100年前にうまく機能したからといって、今うまくいくというわけではない。

すべての人がより豊かになるのは必然とはいえない。政府の介入が欠如すれば、社会の広範囲に不公平感が広がる。繁栄を分かち合うための政府の対策が求められる。コロナによって大きな格差があらわになり、少なくとも米国では、政治に対する考え方が変化したと感じている。

――いまが岐路ということでしょうか。

私たちはターニングポイントにいる。40年もの間、格差が拡大したが、もしこのまま同じように続ければ、同じような結果を生むだろう。小さな改革ではなく、いくつかの大きな改革が必要だ。教育システムの改善、税制改革、市場独占への対抗策、雇用促進策、グローバル化の再定義。もっと連続的で包括的な改革に取り組まなければならない。

高級ブランド店などが並ぶ「五番街」。日曜にもかかわらず、車も人もまばらだった=2020年4月、米ニューヨーク、藤原学思撮影

――金融緩和策の影響で、日本やスイスなどで国債金利がマイナスになっています。これは資本主義の行き詰まりを表しているのでしょうか。

市場経済がうまく機能していないサインなのだろう。もっとグリーン社会への投資が必要だ。そうすれば、必要とされる長期的な投資に、過剰貯蓄を回すことができる。

私たちは、金融市場と資本主義の本質を変えなければならないということを悟った。一方で、政府が強力な役割を果たす市場経済を実現できると私は信じている。資本主義を放棄するのではなく、進歩させる、改革することが必要なのだ。

Joseph Stiglitz 1943年、米国生まれ。世界銀行上級副総裁兼チーフエコノミストなどを経て現職。2001年にノーベル経済学賞を受賞。近著に「プログレッシブ キャピタリズム」。

■<記者の眼>私たちが立つ、未来への岐路

新型コロナウイルスの感染拡大は、経済に大きな打撃を与えた一方、私たちに立ち止まる機会を与えた。

この数十年間、世界経済はグローバル化に突き進み、ヒト、モノ、カネが国境を越えて自由に動き回る世界をつくり出した。その結果、ウイルスも自由に飛び回り、世界中に感染が広がった。

新型コロナは富裕層にも感染するが、貧困層により深刻な被害をもたらした。雇用でも、厳しい状況に追い込まれたのは非正社員・エッセンシャルワーカーたちだ。「持てる者」と「持たざる者」との格差を放置してきた、社会のひずみがあらわになった。

それぞれが欲望のまま「もっと、もっと」と富を追い求め、成長をめざし続けてきた。それが格差拡大や環境破壊などにつながった面がある。このままコロナ前の日常に戻っていいのか。そんな問いかけが突きつけられている。

これまでも気づいてはいたが、改善できなかった難問だ。しかし、世界経済が同時に止まったことで、かつてない環境改善が目の前に現れた。各国が、そして私たち自身がともに行動すれば、解決できる可能性があることを示した。

コロナによって踊り場にたたずんでいる世界が、これまで通りの方向に進むのか、よりよい方向に転換するのか。未来への岐路で、何をなすべきなのかを考えたい。(星野眞三雄)