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ゼロから実現したオンライン授業、カギは周囲を巻き込む力 白馬中の挑戦(後編)

グローバル教育考 更新日: 公開日:
白馬中のオンライン授業(同校提供)

新型コロナウイルス感染拡大に伴う政府の緊急事態宣言の全面解除(5月25日)から2カ月弱。現在では多くの学校で、日常の姿が戻ってきている。ただ、コロナによる休校時に、オンライン授業を実施できた公立の学校はわずかにとどまり、学校教育の場でのデジタル化の課題は残ったままだ。 そんな中、目を引く取り組みがあった。長野県白馬村の村立白馬中学校は、ノウハウゼロの状態から実質10日間で、双方向のオンライン授業にこぎつけた。後編は、急ピッチで準備を進めたオンライン授業の「本番」の様子、学校が得た教訓を報告する。(山脇岳志)

【前の記事を読む】ゼロから実現したオンライン授業、カギは周囲を巻き込む力 白馬中の挑戦(前編)

■「小部屋」機能やチャットが有効

4月27日、白馬中学校のオンライン授業が始まった。当時、白馬村内ではコロナ感染への警戒から自主的に登校を控える生徒も多く、授業が完全にストップしてしまった小学校もあったが、白馬中は、午前もしくは午後に学年別に登校する「分散登校」を実施しながら、並行して自宅にいる生徒を対象にしたオンライン授業を実施した。

家庭にネット環境がない生徒たちは、近くのホテルなどネット設備のある指定された場所に行って、オンライン授業を受けた。前編で紹介したとおり、白馬村の「山のホテル」支配人で、子どもが白馬中に通っている武藤慶太さんが、ホテルのWi-Fiを授業用に提供してくれた。山のホテルには武藤さんの長女を含めて3,4人の生徒が集まった。ホテルはコロナ禍で営業しておらず、広い食堂を使って、十分なソーシャルディスタンスをとる形で、生徒たちはタブレット端末に向き合った。約200人の生徒のうち、十数人が、こうしたホテルなど5カ所の設備を利用した。

技術的なトラブルに対処するため、地域の人や保護者らによるボランティアが「お助け隊」を結成した。長男が白馬中に通っているウェブデザイナーの尾川耕さんらメンバー6人は電話でSOSが発せられるたびに、相談に乗ったり、場合によっては「出動」したりした。相談を受けた内容はグループLINEで共有した。そのことで、同様の相談に適切にアドバイスすることができるからだ。

相談は合計で18回にのぼり、実際に家を訪ねて解決にあたったケースも6回あった。ネット環境が不安定でつながりにくいといった問題のほか、タブレット端末が古く、すぐバッテリーが切れてしまうようなケースもあった。その時は、尾川さんが家と学校を往復して、新しいタブレットに交換して解決した。

長野県の白馬中学校(同校提供)

5月20日には、白馬中のオンライン授業の保護者参観が行われた。その4日前には、準備の初期段階から関わってきた元IT大手企業社員でエンジニアの石田幸央さんが保護者向けのZoom研修会を開き、保護者の知識も底上げしていた。筆者もこの日、オンラインでZoomの授業を「見学」させてもらった。

理科の授業では、清原佳明教諭がハムスターの写真を示しながら、遺伝の「メンデルの法則」を説明していた。パワーポイントでビジュアルをわかりやすく示したほか、手元の文字を写す書画カメラを使って、黒板に板書するのと似たような形も併用していた。パワーポイントだけだと、生徒がノートを取りにくくなるため、この方式にしたという。書画カメラは、Zoomを使うとわかってから、自費で中古品を購入した。同僚の教師数人もやはり自費で入手したという。

白馬中でオンライン授業を行う清原教諭(同校提供)

一方通行になりがちなオンライン授業の欠点を克服するため、参加者を小グループに分けるZoomのブレークアウトセッション機能を使い、生徒を4,5人の「部屋」に振り分けて、ディスカッションをさせる方式も取り入れていた。質問は、チャット機能を使って受け付けていた。

なるべく対面の授業と変わりないような雰囲気で進めようとする意図が伝わってきた。

■「優れた教材、ネット上にたくさん」抱いた危機感

白馬中のオンライン授業は、全国の緊急事態宣言が解除される3日前、5月22日まで続いた。4月27日から1カ月弱にわたって行われたことになる。終了後、白馬中は、保護者を対象にアンケートを実施した。

コロナの緊急事態への対応としてオンライン授業を取り入れたことについては、82%が「とても良い」と答え、「良い」の15%も加えると、97%の保護者が肯定的な評価をした。また、オンライン授業の形式として、一方的な動画授業ではなく、教師や生徒同士の対話ができる双方向性型にしたことにも93%が肯定的な評価だった。

7月2日。筆者は、白馬中学を訪ねて、オンライン授業にかかわった関係者に直接、取材した。

浅原校長は、まっさきに「地域の方々の力添えがなければ、双方向性のオンライン授業は絶対に実現しなかった」と感謝を口にした。5月15日に行った全校生向けのオンライン校長講話でも、草本さんや石田さんら、オンライン授業の実現に特に貢献してもらった地域の人々を顔写真入りで紹介し、改めて謝意を述べたという。

また、浅原校長は、今回準備を進める過程で、世の中には、優れたオンライン教材がたくさんあることがわかり、危機感を持ったという。

「今までは、授業が、教室という閉じた空間で行われていたので、中身が外には見えなかった。教師が一方的に教える授業スタイルなら、並みの教師の授業よりもよほどわかりやすいデジタル教材がすでに出ている。教師の価値を下げないためには、双方向で対話のある授業に力点を置くべきだ」と話す。オンライン授業によって、教師の役割は何か、改めて考えるきっかけになったという。

白馬中の浅原昭久校長と、白馬インターナショナルスクール設立準備財団代表理事の草本朋子さん。同校校長室で=山脇岳志撮影

白馬中のオンライン授業の導入のきっかけを作った草本朋子さん(白馬インターナショナルスクール設立準備財団代表理事)は「校長が強い意志で決断すれば、物事が動くということがわかって驚いた」と打ち明ける。公立の学校は、教育委員会の指導を受ける面があるため、自治体単位の画一的なものだと思っていたという。

オンライン授業を実施するかどうかは、私立校ではもちろん、公立校でも校長のリーダーシップにかかっていることは、白馬中の例が示している。

校長の立場で「オンライン授業ができない」理由を探そうと思えば、いくらでも出てきそうだ。タブレットやパソコンが生徒全員に配布されているケースでも、一部の家庭に、ネット接続環境がなければ、それだけで「できない」ことの十分な理由になる。日本の学校現場では、「平等」が重視されるからだ。

だが、「できない」十分な理由があるからといって、「やらない」ことは本当に正しい選択だろうか。

日本の学校のデジタル対応は、経済協力開発機構(OECD)加盟国で最低水準にある。コロナ禍でも、先進各国では、オンライン授業にすぐに対応した国が多数にのぼった。「やらない平等」が広がれば、日本全国の子供たちが学びの貴重な機会を失うことになり、日本全体で沈むことにつながりかねない。

白馬には海外事情にも詳しく、地域の中で学校を助けたいという意欲あふれる人たちがいたのは大きかっただろう。意欲がある教職員が集まり、校長が方針を出したあと、教職員たちがそれぞれ自発的に動いたこともオンライン授業が実現できた大きな要因だろう。

人間関係が濃密な地方だから実現できた、という見方もあるかもしれない。しかし、都市部も含め、どんな学校にも、熱意のある教師、学校や子どもたちを支えたいと思う地域の人々や保護者はいるはずだ。学校長の決断次第では、もっと多くの学校で、地域の人々のパワーを取り込み、オンライン授業を実現できたかもしれない。

■先生も学んでいる 完璧を求めない

むろん、白馬中でも、オンライン授業に全くトラブルがなかったわけではない。教師たちの間にも、慣れない授業方式にとまどいや苦労はあった。

しかし草本さんは、「先生たちがオンライン授業に慣れていなくても、新しいことに挑戦しているということを示すことが、生徒たちに良いインパクトを与えるのではないか」と感じたという。

日本の学校の授業風景は、まだ多くのケースで、その教科については何でも知っている(という前提の)教師が教壇から、生徒に対して、一方的に「教える」トップダウン型のスタイルをとっている。しかし、近年、主体的な学びの方法として有効性が認められ、徐々に広がりつつあるプロジェクトベース(PBL、課題解決型)の授業は、生徒が自分たちの力で答えの見えにくい課題の解決策を見つけ出していくボトムアップ型だ。教師には、生徒の自主性を重んじ、問題解決に向けて探究の場を作る「ファシリテーター」の役割が求められる。

日本の教育が大きな転換期を迎えるなかで、筆者も、オンライン授業という新しい試みについては、「最初から、完璧を求めない」「まずはやってみる」といった姿勢が大事なのでは、と思う。

その意味で、オンライン授業は外国語学習とも似ているかもしれない。英語の学習を始めるときに、最初から文法や発音に完璧さを求めてしまったら、言語体系があまりに異なる日本語のネイティブは、英語をあきらめるしかなくなる。英語をコミュニケーションのツールだと割り切り、「ブロークンでもいい」と開き直る人のほうが、英語もうまくなっていく。

白馬中の廊下はフローリングだ=山脇岳志撮影

白馬中を訪ねた折に、中学2年と3年の生徒4人に話を聞くことができた。

オンライン授業の感想を聞いてみると、「授業が止まらず、毎日友達の顔が見られて良かった」「ネットが切れてしまったときに、『お助け隊』に電話したら、すぐ助けてもらってうれしかった」「オンラインだと、ふだんの授業よりも、チャット機能を使って、むしろ気軽に意見が言えたり質問ができたりした」といったポジティブな反応が多かった。

課題も聞いてみると、「私たちがどこまで問題を解けているのか、先生が分からないまま進めてしまうケースもあった」「タブレットの画面を見てノートに写している途中で、画面が切り替わってしまって困ることがあった」といった意見が出た。

取材の最後に、「先生も完璧ではなくて、失敗することもあったと思うけど、それでもよかったの?」と聞いてみた。生徒たちは「それでいい」「先生は、完璧じゃないほうがいい」と、口々にうれしそうに答えた。

コロナ禍もそうだが、どんな課題でも、簡単な解決策などは見つからず、先がみえない時代である。先生もつまずきながら、生徒と一緒に学んでいく。地域の人々や保護者も協力しながら、新しいことに挑戦していく。白馬中のそんな姿に励まされて、帰途についた。