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ゼロから実現したオンライン授業、カギは周囲を巻き込む力 白馬中の挑戦(前編)

グローバル教育考
白馬中学校の浅原昭久校長。北アルプスを望む校舎は、弧の形を描く独特のデザインだ=山脇岳志撮影

新型コロナで公立学校を休校した自治体を対象に、その間の家庭学習の指導方法などを文部科学省が調査したデータがある。4月16日の時点で、「同時双方向型のオンライン指導」を提供したと回答した自治体は5%にとどまった。

双方向型のオンライン授業に取り組んだと回答した自治体も、管内のすべての公立校がオンライン授業を実施したわけではなく、1校でも実施例があれば「取り組んだ自治体」とカウントされる。全国に公立の小中学校は3万校近くある中で、何校が実際に双方向のオンライン授業をできたのかは現時点で不明だが、ごく少数であるのは間違いない。

長野県は、江戸時代、寺子屋の数が全国で最も多く、明治時代には小学校の就学率が1位になるなど、かねて教育熱心な風土で知られる。最近は、ICT(情報通信技術)教育に前向きに取り組んだり、今回のコロナ禍で臨時休校になった学校の生徒向けに県教委の指導主事がYouTubeを使って授業の動画を流したりするなど、「進取の気性は脈々と流れている」(県教委関係者)という。

その長野で、双方向性のオンライン授業を実質わずか10日間で実現したのが、スキーリゾート地として知られる白馬村の白馬中学校だ。約200人の生徒が在籍する村唯一の村立中学校である。

■知恵を積極的に借りる。浅原校長の決断

きっかけを作ったのは、白馬インターナショナルスクールの設立準備を進めている村在住の草本朋子さんだ。

草本さんは、東大経済学部を卒業後、米投資銀行の東京支店やニューヨーク本社で勤務した。出産を機に銀行を退職、オーストラリア人の夫とともに、2009年に白馬村に移住した。「トトロが住んでいるような」豊かな自然が広がる白馬で、子育てをしたいと考えたからだ。地元の白馬高校の存続プロジェクトにかかわったのを機に教育が地元にもたらす恩恵を実感し、全寮制のインターナショナルスクールを作る計画を立ち上げた。3人の子供を育てながら、設立準備財団の代表理事として奔走している。白馬中でも、数学を教えるボランティアを続けてきた。

白馬インターナショナルスクール設立準備財団代表理事の草本朋子さん=山脇岳志撮影

そんな草本さんのもとに今年3月、東京の経済団体からコロナ禍でのオンライン授業の実施状況について問い合わせがあった。草本さんは白馬村の平林豊教育長に地元の小・中学校の校長に現状についてヒアリングしたいと依頼、平林教育長のアレンジで、白馬中の浅原昭久校長と面会することになった。

4月10日、浅原校長と草本さん、平林教育長が、白馬中の校長室で向かい合った。

白馬中も、安倍晋三首相による全国の学校への休校要請を受けて、3月2日から春休みまで臨時休校を経験した。春休み明けから学校は再開していたが、浅原校長にとって、2週間にわたる臨時休校は、これまで経験したことのない苦い記憶だった。

「子供たちのかけがえのない時間が失われた。もう二度とあの無力感を味わいたくない」

首都圏などで感染者が増え、再び休校への不安が高まりつつある中で現れたのが、草本さんだった。草本さんは、世界の動向に詳しい。スイスの全寮制の学校に通っている長男や長女がコロナ禍で帰国し、自宅で子供たちがオンライン授業を受ける様子もみていた。

「オンライン授業ができないと、日本でも、都市と地方の教育格差がさらに広がるのではないか」。こう懸念していた草本さんは、浅原校長にこう切り出した。

「白馬中でオンライン授業を何とか始められませんか」

浅原校長は「是非実現したいです。オンラインのことは何も知らないので、何をどうすればよいか教えてください」と即答した。平林教育長には、オンライン授業導入にともなう予算面の支援を依頼した。

1962年生まれの浅原校長は、86年に信州大学教育学部卒業後、長野県内の公立小中学校や特別支援学校の教員や教育委員会の指導主事、教頭や校長などを務め、昨年、白馬中の校長に就任した。

もともと学校が「自前主義」ではいけないという考えから、白馬中でも地域の人や保護者の知恵を積極的に借りる主義である。白馬中の「学校運営協議会」などに、幅広い人脈や経験を持つ人材を採り入れてきた。草本さんの活動にも注目し、協議会の委員になってもらっていたが、じっくり話したのは、このときが初めてだった。

2人はその場で、すぐに具体的な検討に入った。

草本さんは、知人たちからの情報をもとに、オンライン授業に使用するツールに「Zoom」をすすめた。各家庭でデータ通信料を負担することを考えると、Zoomだとデータ通信量が比較的少なくてすむからだ。オンライン教材には、公立校なら無償で導入できる「eboard」を提案した。経済的格差や地理的格差によらず、あらゆる子どもに学習機会を保証することを目指す日本のNPO法人が提供しているもので、授業動画やドリル教材などの質が高いという評価を聞いていたからだ。

浅原校長は実はZoomもeboardもよく知らなかった。しかし、白馬中には幸い、必要なインフラがあった。2015年に全校生徒に行き渡る約240台のタブレット端末が用意されていたのだ。問題は、それが学校内でしか使えず、外部に持ち出して、インターネットに接続できないことだった。学校の中でしか使えなければ、オンライン授業の役にはたたない。

もう一つ大きな課題は、学校外でオンライン授業を受けるために必要なネット環境が全家庭にはなく、教育の機会均等が担保されないことだった。

草本さんは、タブレットの設定など技術面については詳しくなかった。そこで、浅原校長に、知人でエンジニアの石田幸央さんの名前と連絡先を伝えた。

■IT大手企業出身のエンジニアが協力

週が明けて4月13日。月曜日定例の職員朝会で、浅原校長は「明日にも完全休校になるかわからない状況となってきています。どんな状況になっても教育を続けていけるよう、オンライン授業の準備に着手します」と告げた。

草本さんに紹介された石田さんに自ら電話をかけ、校長室に来てもらえるよう頼んだ。石田さんは、IT大手企業に22年勤めたエンジニア。その会社の地方創生の業務にかかわるうちに、白馬の魅力に惹かれ、2017年、白馬村でシステムデザイン会社を起業する。2018年に退職して、週の半分以上を白馬で過ごしている。

自身が運営するコワーキングスペースで仕事をする石田幸央さん=山脇岳志撮影

浅原校長は、石田さんとともに白馬村教育委員会の鈴木広章係長にも声をかけた。タブレットを外部に持ち出しネット接続するには、設定を変える必要があり、村の予算措置も必要だと考えたからだ。

その日の午後、さっそく石田さん、鈴木係長が校長室を訪れた。学校内からは、理科担当の清原佳明教諭が同席した。

「教育委員会として(設定変更のための)予算が確保できるかどうか、明言はできません」。鈴木係長がこう言うと、石田さんが「(全校生)200台分ぐらいなら、私たちがやりますよ」と話した。その発言に浅原校長らは「そんなことができる人がいるのか」と驚いた。石田さんは、自分だけでなくITに詳しい保護者たちと手分けすれば、設定できるのではないかと考えていた。

同席した清原教諭はZoomに触れたこともなかったが、ICT支援員の協力も得ながら、オンライン授業の準備を直ちに開始した。その作業は深夜にまで及び、2日後の15日には、先生たちを対象に「モデル授業」をやってみせた。

翌16日、安倍首相が、緊急事態宣言を全国に拡大すると発表した。当然、長野県も対象だ。いま完全休校で学校閉鎖になれば、せっかく教師たちが準備を進めているオンライン授業のプロジェクトも頓挫してしまう。浅原校長は平林教育長に電話し、「完全休校ではなく、分散登校でお願いしたい」と申し入れた。一方で、翌週から完全休校になる可能性も想定し、準備をさらに早めることにした。

この日、タブレット端末の設定変更については、村の予算を獲得できることがわかった。NPOが運営するオンライン教材のeboardについては、浅原校長自ら担当者と交渉し、生徒分の無料アカウント取得を頼んだ。全国から申し込みが殺到する中、何とかアカウント発行にこぎつけ、生徒全員が教材を使えるようになった。

■ホテルのWiFiを授業に提供

4月17日金曜日、Zoom授業の研修会が学校内で開かれた。草本さん、石田さんも駆けつけ、白馬中の学校運営協議会の委員でもある武藤慶太さん(「山のホテル」支配人)も参加した。武藤さんは、中学2年の長女が白馬中に通っていた。保護者の間でも、何とかオンライン授業を実現できないかという気運が高まりつつあった。

浅原校長は「すべての家庭にルーターの貸し出しや通信料金の負担をお願いするのは難しいかもしれない」と実情を伝えた。

すると、武藤さんが「うちのホテルにはWi-Fiのインターネット環境がある。もちろん使ってもらっていいし、ほかのホテルにもあたってみる。家庭にネット環境がない生徒は、そうした場所でオンライン授業に参加すればよいのではないか」と話した。

武藤さんのホテルの隣には、石田さんの会社が運営するコワーキングスペースがあり、石田さんも、生徒たちに無償で使ってもらえばよいと考えていた。保護者たちの支援で、通信環境の問題はクリアされることになった。

「山のホテル」支配人の武藤慶太さん=山脇岳志撮影

今度は、授業の中身づくりだ。オンライン授業は、従来の対面授業とは違う難しさもある。草本さんは、新しい授業方法を提案している東京の新渡戸文化学園の山本崇雄教諭に教師向けの研修をしてもらうことを提案した。山本さんは、「『教えない授業』の始め方」などの著書で知られる英語の先生である。

週が明けた20日、浅原校長は、次週月曜日の27日からオンライン授業をスタートすることを教務会で決めた。また、研修会後には、清原教諭が中心となり生徒向けの「オンライン授業の手引き」の作成を進め、深夜に完成させた。そこにはZoomへのアクセス方法やすべての先生のID等が掲載された。21日には全生徒に説明し、生徒はタブレットを自宅に持ち帰った。翌22日から、生徒は朝の会(学活)で、タブレットの使用を試験的に始めた。準備は息つく間もなく進んでいった。

■保護者中心に「トラブルお助け隊」

22日には、新渡戸文化学園の山本教諭によるオンライン授業の研修会も開かれた。教職員や地域の人々、30数人が集まる中、浅原校長は、こう挨拶した。

「私は、本当に無知だなあと思いました。Zoomも知らない。タブレットの設定もできない。それでも子供達への教育は止めてはいけない。だから学ぶんです」

山本教諭は研修会では、Zoom授業のコツを伝えるとともに、「オンライン授業に失敗やトラブルはつきものだが、まずは始めてみることが一番重要だ」と強調した。

研修会のあと、草本さん、石田さん、武藤さんらが校長室に集まり、オンライン授業に参加が困難な生徒のサポートをどうしたらよいか、話し合いが行われた。

その場には、ウェブデザイナーの尾川耕さんの姿もあった。尾川さんの長男は白馬中の2年生で、武藤さんの長女と同級生。数日前、尾川さんは、友人でもある武藤さんに「タブレットやネットに慣れなくて授業の参加に苦労する家庭は必ずある。何か手助けはできないだろうか」と声をかけていた。

尾川さんは、トラブル対応をするためのチームを作ることを提案した。

「自宅で起きるトラブルに対処する『お助け隊』を作ろうと思います。生徒や保護者の方が困ったときに、私たちの携帯電話に気軽に連絡してもらえれば」と伝えた。この申し出に、浅原校長は、目頭が熱くなった。石田さんや草本さん、武藤さんらも、「お助け隊」のメンバーとなった。

翌23日、「お助け隊」が発足したことを全家庭に連絡。そして、24日にはリハーサル授業をチームで行い、週明けからのオンライン授業の最終準備をした。

4月27日の月曜日。13日に校長が「準備に着手する」と宣言してから2週間、平日ベースでは10日間で、白馬中のオンライン授業が始動した。(つづく)