喫煙とコロナとの関連
5月31日は、世界保健機関(WHO)が定める「世界禁煙デー」でした。また、日本政府は、世界禁煙デーに始まる1週間を「禁煙週間」(5月31日~6月6日)と定め、様々な普及啓発事業を実施しています。
個人的なことを言えば、筆者はかつてスモーカーでした。しかし、何度か禁煙に挫折した末、ちょうど20年前にすっぱりとやめ、それ以降は一本も吸っていません。今では、大の嫌煙家です。たばこをやめたのは、自分の人生の中でも本当に良かったと思えることの一つです。この機会に、喫煙者の皆さんには、声を大にして禁煙をお勧めしたいと思います。
さて、たばこに関連して、最近話題になったことと言えば、喫煙習慣が新型コロナウイルスの感染・重症化にどのような影響を及ぼすかという問題がありました。日本では、かつてヘビースモーカーだったという志村けんさんが新型肺炎で亡くなったことで、「たばこはコロナを重症化させる」という認識を持った人が多かったと思います。
ところが、そうした一般的なイメージに反する情報も伝えられました。フランスの感染状況のデータから、「実は喫煙者の方が非喫煙者より新型コロナにかかりにくい」という説が浮上したのです。もちろん、WHOはすぐさまこうした見解を否定しましたし、日本呼吸器学会も「喫煙は新型コロナウイルス肺炎重症化の最大のリスク」とする声明を発表しています。筆者も、素人なりに「たばこがコロナに効くなんてありえない」と信じてはいるのですが、フランスのデータはどう説明すればいいのかという疑問は残ります。
「喫煙者がコロナにかかりにくい」との説に反応した人は、日本よりもロシアの方が多かったかもしれません。ロシア語でネット検索してみたところ、「コロナVSニコチン」とか、「喫煙はコロナウイルスから守ってくれるのか?」といった見出しが大量にヒットしました。以下で述べるとおり、ロシアの喫煙者は日頃から肩身の狭い思いをしているので、「実は喫煙者の方がかかりにくい」という耳寄り情報に色めき立ったのでしょう。
喫煙と新型コロナウイルス感染・重症化の因果関係は、より広範な調査・研究によって、いずれ解明されると期待しましょう。以下では、禁煙週間の機会を捉え、ロシアの喫煙事情、禁煙政策について語ってみたいと思います。
厳格な禁煙政策
かつて、ロシアの喫煙率は世界的に見てもきわめて高く、ロシア人男性の平均寿命の短さの原因になっていました。また、社会主義時代には女性の喫煙は少なかったのですが、市場経済導入後、ロシアでは女性の喫煙率も高まりました。
こうした状況に危機感を抱き、厳格な禁煙政策を導入したのが、プーチン政権でした。このあたりは、以前「今こそ『ロシア人とお酒』についての真実を語ろう」で解説した飲酒問題と相通ずる現象です。ミスター自己管理ことプーチンは、当然のごとく確信的な嫌煙家であり、大統領の個人的な価値観が政策に反映されている面もあるかもしれません。
ロシア連邦法「たばこの煙による影響および喫煙に起因する疾病から国民の健康を保護する法律」が成立したのは2013年2月のことであり、同年6月から施行されました。その結果、国内すべての教育施設や医療施設、公共交通機関等の公共スペースが、全面禁煙になりました。さらに、その1年後の2014年6月からは、すべての宿泊施設、飲食店も全面禁煙の対象に。違反があった場合には、喫煙者本人と物件・敷地の管理者に罰金が科せられることになりました。
また、たばこのパッケージには欧米諸国と同様に「喫煙は死をもたらす」という警告文が掲載されることに。さらに、パッケージには喫煙の有害性を強調する写真、イラストを掲載することが義務付けられました。たとえば、上掲の写真は、歯周病への悪影響を強調したものです。
プーチン政権の反たばこ政策の強力な武器となったのが、販売価格です。課税が強化されたことなどから、外国ブランドたばこ1箱の平均価格は、2013年の61ルーブルから、2018年の130ルーブルへと上昇しています。現在、1ルーブル=1.5円程度であり、日本人の感覚からすると130ルーブルは安いような印象を受けてしまいますが、それはここ数年のルーブル安の結果であり、しかも所得水準が日本よりも低いロシアの人々にとってはかなりの出費です。
もっとも、2019年の時点で、ロシアのたばこ市場では、ベラルーシなどから課税を逃れる形で密輸された安たばこが16%程度を占めているとされ、値上げの効果を一部打ち消してしまっている現実もあります。
ともあれ、プーチン政権の禁煙政策は、喫煙率の低下という形で、成果を挙げています。ロシア国民自身が健康的なライフスタイルを志向するようになっているという側面もありますが、政策的取り組みの効果が挙がっていることは紛れもない事実でしょう。ロシアの成人人口に占める喫煙者の比率は、下図のように推移しています。2013年には41%だったものが、2018年には30%にまで低下しました(なお、男女別に見ると、2017年の時点で、男性45%、女性15%)。そして、ロシア政府は2019年11月に採択した政策プログラムで、今後さらに喫煙率を引き下げ、2035年には21%へと低下させるという目標を掲げています(図の点線部分が目標)。
電子たばこを禁止する地域も
喫煙者が、煙に有毒なタールが含まれる紙巻きたばこを徐々に敬遠するようになり、加熱式たばこや電子たばこに移行しつつあるのは、ロシアも同じです。ロシアのたばこ消費が年々縮小する中で、加熱式たばこ・電子たばこの市場は、2013年の59億ルーブルから、2019年には354億ルーブル程度に拡大したと見られています。
日本で加熱式たばこや電子たばこは、減煙・禁煙の第一歩として、わりと好意的に捉えられている感もあります。それに対し、ロシアでは電子たばこが、紙巻きたばこ以上に目の敵にされている印象があります。紙巻きたばこは大手による寡占であるのに対し、怪しげな外国メーカーなどが多数参入する電子たばこでは、品質や安全性への懸念が強いからなのでしょう。
2019年には、ロシアの多くの地域で、電子たばこの流通を禁止する動きが広がりました。その急先鋒の一人が、チェチェン共和国のカディロフ首長でした。ただ、このように住民の健康問題に人一倍こだわりを見せ、新型コロナウイルスの感染問題でも厳格な対策を打ち出していたカディロフ首長が、自らコロナに感染し入院するはめになったのは、いかにもバツの悪い話でした。