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新型コロナが米海軍にも迫る戦略転換 トランプ大統領の「大海軍」構想に暗雲

ミリタリーリポート@アメリカ
米海軍の空母打撃群(写真:米海軍)

トランプ米大統領は、2016年の大統領選を通して、「偉大なアメリカの復活」の具体的政策の目玉として「大海軍の建設」を打ち出し、「アメリカの鉄で、アメリカの労働者により、アメリカの軍艦を造り出す」ことを公約として掲げていた。

トランプ政権発足後、主要戦闘艦艇数を現有287隻から355隻以上に増やすことを義務づける法律が連邦議会で成立した。連邦議会もそのための予算を保障しなければならなくなった。

しかしながら、様々な問題が浮上し苦闘しながらもなんとか推し進められていた「355隻艦隊の構築」を新型コロナウイルス大感染が直撃し、大海軍建設計画はいよいよ撃沈の危機に見舞われそうになっている。

■もともと難題だった「355隻艦隊計画」、コロナでさらに苦境

トランプ大統領が「偉大なアメリカの再興」の主要政策の一つとして掲げていた「海軍力の増強」、そしてその具体策である「355隻艦隊の保有」は法制化されたものの、具体的に建艦計画がスタートしてみると、予想以上に問題が噴出してしまった。

たとえば、海軍工廠(かつては海軍の施設で軍艦を建造していたが、現在は軍艦の建造は行わずメンテナンスや修理を行う)の超老朽化や熟練工不足のために、現有艦艇のメンテナンス作業が大幅に遅延している。そのため、その遅れを少しでも取り戻すには、軍艦を建造している民間造船所の力を借りなければならない状態となっている。ところが、民間造船所でも海軍工廠と似通った悩みを抱えていて、さらに355隻艦隊構築にも取り組めば、建造能力を完全にオーバーしてしまう状態だ。

したがって、たとえ法律で保障されている軍艦建造予算が海軍の要望に近い形で確保できたとしても、アメリカ全体としての造艦能力・メンテナンス能力の現状では、比較的短期間(10~20年)のうちに60隻以上の艦艇を造り出すことはとてもできない。

加えて、トランプ大統領自身とその取り巻きたち(かつては軍人出身が主流であったが、昨今は経済人出身に変わってしまった)が、海軍力の大増強に興味を失いつつあり、その空気を読んだ陸軍や空軍の関係勢力が巻き返しに出ている。そのため、トランプ政権が発足してからしばらくの期間とは違って、今後は海軍予算が先細りになるものと思われる。

そこに降ってわいたのが、新型コロナウイルスだ。

トランプ政権はこれまでに3兆ドル(320兆円)近くを新型コロナウイルス対策関連費に投入している。それに加えて、更に3兆ドルを追加投入することが連邦議会で可決される可能性が高まっている(5月15日、米下院では3兆ドル追加投入法案が可決された)。もしコロナウイルス関連に投入される緊急予算が6兆ドル(640兆円)で打ち止めになったとしても、民主党が多数を占める米下院が国防予算の大幅削減に着手するのは間違いない。

国防予算の総額が削減されても、法律まで制定されて355隻艦隊を構築することが決定されているため、建艦費用は可能な限り確保されることになる。しかし、国防予算の総額あるいは海軍予算の総額が大幅に削減された場合、いくら軍艦建造費が優先的に割り当てられるとはいっても、これまで考えていたような金額を確保することは不可能だ。

したがって、海軍関係者の間で幅広く考えられていたような355隻艦隊の姿は、もはや夢物語と言わざるをえなくなった。

■「空母中心主義から脱却」という考え方

そこで頭をもたげ始めたのが「空母中心主義からの脱却」という考え方である。すなわち、これまで半世紀以上にわたってアメリカ海軍の基本戦略として君臨してきた「航空母艦を中心とする艦隊(現在は空母打撃群と呼ばれている)こそがアメリカ海軍の主戦力である」という思想から、アメリカの主たる仮想敵と名指ししている中国とロシアの戦力、とりわけ中国海洋戦力の急速な増強に対抗可能な戦略に転換しなければならない、という主張だ。

香港に寄港した中国の空母「遼寧」=2017年7月7日、益満雄一郎撮影

現在の空母中心主義に立脚した、アメリカ海軍が世界中に睨(にら)みをきかせるための基本方針は、次のようなものとなっている。
(1)少なくとも2セットの空母打撃群を西太平洋方面とアラビア海方面に常時展開させて、米海軍のプレゼンスを維持する。
(2)有事の際にはそれらの前方展開空母打撃群が即応しつつ、増強した空母打撃群を戦域に送り込む。

ちなみに空母打撃群の標準的構成は、空母航空団と呼ばれる航空隊を積載した原子力空母1隻(艦載航空機はおよそ70機)、イージス巡洋艦1~2隻、イージス駆逐艦2~3隻、戦闘補給艦1隻、攻撃原潜1~2隻となっている。

しかし、空母打撃群を、常時即応態勢を維持した状態で西太平洋方面とアラビア海方面にそれぞれ1艦隊ずつ前方展開させておくには、現在の空母10隻態勢(保有11隻のうち1隻はいまだ最終テスト中)でも極めて困難な状態であり、空母12隻態勢が不可欠である。

そのため、355隻艦隊の構築に際しては、空母を少なくとも12隻保有し、それに合わせて空母打撃群を構成する巡洋艦や駆逐艦といった大型水上戦闘艦も増強することが、最低限の達成目標とされていた。したがって、軍艦建造費が巨額に上るのは避けられない構想であった。

しかし、そのような大型艦建造費を捻出することは、新型コロナウイルスによって吹き飛ばされたと考えざるを得なくなった。そこで、力を得る可能性が強まってきたのが、下記のような空母中心主義からの脱却の主張である。

■強力な中国海洋戦力と対決する新戦略は

アメリカ国防戦略において当面の主敵とされている中国とロシア、とりわけ中国との対峙を考えると、もはや空母打撃群を主戦力とすることは不可能に近くなっている。なぜならば、中国軍のA2/AD(接近阻止・領域拒否)戦力(東シナ海や南シナ海において、アメリカ軍やその同盟軍の艦艇や航空機が自由に作戦行動を実施できないようにするための戦力で、多様かつ大量の長射程ミサイルが中心となっている)が極めて強力だからだ。

たとえば、第1列島線内(九州〜南西諸島〜台湾〜フィリピン諸島〜ボルネオ島を結ぶ島嶼ライン)の海域である東シナ海や南シナ海では、航空母艦や強襲揚陸艦などの大型艦は格好の“標的艦”となりつつある。そのような巨艦のみならず、巡洋艦や駆逐艦すら、中国軍の各種対艦ミサイルの集中攻撃を浴びることは確実な状況となっている。

九州から東南アジアを結ぶ第1列島線。水色印は米海軍拠点、白は海上自衛隊拠点、赤は中国海軍拠点(図:筆者作製)

アメリカ国防戦略は、当然ながら、中国大陸に攻め込んで中国の軍事力を無力化することを目指しているわけではない。中国海洋戦力が第1列島線を越えて優勢範囲を拡大し、西太平洋までもが中国の勢力範囲に組み込まれさえしなければ、最低限度の戦略目的を達成することになるのである。

したがって、アメリカ海軍の責務は、有事の際に第1列島線を中国海軍に突破されない態勢を維持することである。そのために最も重要な戦力として、下記の二つが考えられる(もちろんそれ以外にも必要な戦力はいくつかある)。

(1)第1列島線上の島嶼や陸地に移動可能な地対艦ミサイル(艦船を攻撃するミサイル)と地対空ミサイル(航空機やミサイルを撃墜するミサイル)を多数配備することにより「ミサイルバリアー」を築き、第1列島線に接近してくる中国艦隊と中国航空戦力を追い払う態勢を構築する。
(2) 第1列島線周辺海上に、敵艦艇を攻撃する能力と機動力に富んだ小型高速水上戦闘艦(コルベットあるいは小型フリゲートに分類される軍艦)を多数配備し、第1列島線の突破を試みる中国艦艇を捕捉・撃破するための態勢を固める。

ようするに第1列島線周辺での中国軍との対決に際しては、空母打撃群は主役の座から完全に下りることとなり、主たる働きが期待される米海軍艦艇は、対艦攻撃力に優れ、かつ高速航行ができる多数の小型高速水上戦闘艦、ということになる。

なぜこのような小型の軍艦が必要なのかというと、中国の強力なA2/AD戦力の脅威に晒(さら)される第1列島線周辺で中国海軍と対決する場合には、かなりの損害(撃沈、大破)を被ることを覚悟する必要があるため、個々の艦艇が撃破された場合でも人的・物的損失を極小に止めなければならないからである。

しかしながら、これまで空母中心主義を貫いてきたアメリカ海軍は、対艦攻撃能力に優れた小型高速水上戦闘艦を保有していない。とはいえ、莫大(ばくだい)な建造費と運用費が必要な航空母艦や大型戦闘艦の新規建造を断念すれば、その資金によって多数の小型高速水上戦闘艦を建造することが可能となる。空母中心主義から脱却して小型高速水上戦闘艦を第1列島線周辺での主役に担ぎ出す戦略こそ、まさに財政的危機も戦略的劣勢も同時に乗り越えるための妙案なのである。