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迷惑だらけの窮屈な社会、こうすれば変わる 専門家のアドバイス

World Now
「迷惑」を研究する、金城学院大の北折充隆教授

「迷惑行為」はなくならない?

――これまでの著書などでは「迷惑行為はなくならない」と書かれています。

最近、公園でのボール遊びの問題が、話題になっています。静かに語らって過ごしたいお年寄りからすると、ボールが飛んでくるのは迷惑で、それなら禁止しようとなる。でも、子どもやその親からすれば、公園こそがボール遊びをする場所。ほかに場所もないなかで禁止するのは、おかしい。禁止こそ、迷惑です。
これは迷惑を解決する難しさを考えるのに、とてもいい例だと思います。
迷惑とは、突き詰めると誰かを不快にさせる現象や行動だと言えます。ところが難しいことに、ある人が「正しい」と思っていることが、他の人にとっては迷惑だということがあり得ます。

――確かに、立場を変えるだけで同じ行動が「迷惑」になってしまいますね。

ボールで遊ぼうとする子どもも、禁止を求めるお年寄りも、それぞれの立場からすれば「正しい」。なのに、立場が逆だと、同じことが「迷惑」になります。立場が変われば、迷惑も変わるのです。

いま、ボール遊びを禁止する公園が増えていますが、これは、一方の正しさだけを押し通してしまった状況です。これでは子どもや親の側には不満がたまり、あつれきは避けられません。

「ほかの利用者にめいわくとなる行為はやめましょう」として、公園でのボール遊びをやめるように促す看板

「正しい」という思考停止

――実際にいろんなところで、「ボール遊び禁止」に対する子育て世代の不満の声を耳にします。では、どうすればいいのでしょうか。

もしお年寄りが子どもの立場を、子どもの側がお年寄りの立場を考えたとすると、「平日の午後3時までは禁止」「土日の午前中は禁止」といった落としどころは見つかるのです。

迷惑をめぐる問題を解決するのが難しいのは、人は「自分が正しい」と思っている時点で、考えることをやめてしまっているからでもあります。自分の「正しい」を曲げるのには勇気がいりますが、それを貫き通せば、どこかで反撃される可能性がある。相手の立場を考えるのは、自分のためでもあるのです。

――いま世界中を見渡すと、人間の移動の範囲が広がっていて、人種の違う人、宗教の違う人、いろんな人がともに暮らすようになってきています。そこにもいろんな「迷惑」がありますね。

これから日本に外国から来る人が増えると、いろいろな新しい迷惑が生まれてくると思いますし、部分的にはすでに生まれていると思います。その中には外国人にとっての「正しい」が、住民の「迷惑」という場合もあるでしょう。

こうした問題でも、大切なのは受け入れる側が相手の文化を理解すると同時に、来る側にこちらの文化を理解してもらうことです。ワンウェイであり続ければ、観光客や移民の排斥といったおかしな形で不満が噴き出すかもしれません。

「迷惑の可視化」という問題

――世代によっても「迷惑」は変わっていきそうです。一方で、いまでは迷惑に厳しい、窮屈な社会になっているとの指摘もあります。

日本社会はいま、迷惑に厳しくなってきていると感じます。ITの発達で迷惑行為が可視化されたことが、理由の一つではないか、というのが私の仮説です。

――「迷惑の可視化」ですか。

これまでコソッと行われていたことが、ツイッターなどで「迷惑だ」と投稿されて、「いいね」がばーっとつく。正論での批判には反論しにくいし、匿名で責任のないネットの場だと、議論が極端になっていく傾向がある。世の中は正論だけで回っているわけではないのですが、ネットでの議論を真に受けて、「批判されないように」と萎縮する人もいるのではないでしょうか。

――とはいえ、自分の正しさが揺らいでしまうと、つらいものがあるようにも思います。自己肯定という意味でも、重要なのではないかと。

自分なりの正しさを持っていることは大事です。でも、同時にまわりを見て「こういう正しさもあるのかもしれない」と疑う視点を持つことも、なにより大事だと思います。

きたおり・みつたか 1974年、愛知県生まれ。専門は社会心理学、交通心理学。著書に『迷惑行為はなぜなくならないのか?「迷惑学」から見た日本社会』など。