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ネトフリのアニメプロデューサーが明言 「動画サービスでアニメ業界が変わる」

World Now 更新日: 公開日:
ネットフリックスのアニメ部門チーフプロデューサー、桜井大樹氏=渡辺志帆撮影

特集「動画ウォーズ」インタビュー ネットフリックス・桜井大樹氏 世界市場での成長をめざす、定額動画配信サービス最大手の米ネットフリックス。2年ほど前から日本と米国を拠点に本腰を入れているのが、アニメの制作だ。ネットフリックスのアニメ部門チーフプロデューサー桜井大樹さん(42)に、ディズニーの参入をどうみるか、動画配信サービスがアニメ業界をどう変えていくのかを聞いた。(聞き手、構成=渡辺志帆)

さくらい・たいき 1977年生まれ。アニメ脚本家。東京大学大学院在学中に人気テレビアニメ「攻殻機動隊」シリーズの脚本家としてデビュー。アニメ制作会社「プロダクション・アイジー」を経て、17年にネットフリックスに入社し、アニメチーフプロデューサーに就任。

――2020年秋配信予定のオリジナルアニメシリーズ「エデン」は原作兼プロデューサーが米国人のジャスティン・リーチ氏で、監督が日本人の入江泰浩氏、背景美術監督が中国人のクローバー・シェ氏、と国際色豊かな作品です。

日仏合作のように二つのスタジオで制作する例はこれまでもあったが、世界各地からクリエーターを集めてくるというのは、日本ではとても珍しい試みだと思う。時差もあるし、(工程)管理が難しい。僕は制作現場の経験があり苦労が想像できるので尻込みしてしまうところがあったが、僕自身とも家族ぐるみの付き合いがあるプロデューサーのジャスティンは純粋で、「最高のスタッフを集めれば最高のものができるじゃないか」と。本人がそう言うなら、僕はバックアップしようと決めた。

――実際にどんな苦労がありましたか。

イメージの共有に苦労した。「普通のリンゴの木」といっても、ある人にとっての普通が、別の人にとっては普通じゃない。背景を描く美術監督は中国人なので、「普通の田園風景」といったら中国ならではの景色を思い浮かべるかもしれない。でもジャスティンはヨーロッパ的な小麦畑をイメージしているかもしれない。素材をチームみんなで共有できるシステムを社内で立ち上げたりもした。やりとりはたいてい英語。日本語で指示ができないと嫌だとか、国際的なチーム編成を嫌がる監督もいるが、入江監督はオープンなマインドを持っていて、「新しいワークフローに挑戦するのも面白そう」と取り組んでくれた。それを大変で面倒くさいと思うか、チャレンジングで新しいと思うかというのは本当に個人の資質にもよるけれど、うまくはまった部分もあった。

2020年秋配信予定の「エデン」=ネットフリックス提供

――「エデン」のように脚本づくりからネットフリックスが関わると、どんな違いが生まれますか。

動画配信サービスの作品は、冒頭の数分間が大切。映画なら観客を映画館に閉じ込められるので、物語の鍵となるものが最初に出てこなくても「いずれ出てくる」で済む。でも配信サービスの場合はメディアの都合上、「頭」と「お尻」が毎回大事になる。視聴を途中でやめてしまう可能性もあるので、出し惜しみしないで、面白そうなものを冒頭からどんどん出していく必要がある。

終わり方も肝。第1話を見終えた後、「2話目はいいか」という離脱ポイントになりうるので、視聴者に「2話目も見なきゃ」という気持ちにさせるにはどんな工夫がいるかという点は、制作チームと議論したポイントだ。

――ネットフリックスのアニメ作品は多言語に翻訳されて世界市場に出されます。日本だけを念頭におくのとでは話の展開なども違ってきますか。

ストーリーテリング(物語の伝え方)が変わる部分はある。気をつけたいと思ったことの一つは宗教観を出さないこと。タイトルの「エデン」は楽園という意味合いで一般名詞になっているかもしれないが、キリスト教との直接的な関連性を持たせないよう意識した。物語の舞台はロボットだけになった遠い未来で、「人間という存在自体が神話」というふうにしたかった。ロボットにとっては自分を創った存在だから、神といえば神。だからロボットの間で神話として語り継がれていてもおかしくはない。

――ネットフリックスのアニメ制作費は従来作品に比べてどのくらい高いですか。

具体的な数字は明かせないけれど、一般的なアニメの制作費よりは高く作っている。制作チームを世界のあちこちに分けて世界のトップタレントと付き合うといったら言葉はいいけれど、実際のマネジメントには手間ひまがかかる。現場が分散することによる費用は、1社にすべて集中するよりも割高になってしまう。逆に言うと、せっかくネットフリックス出資のオリジナル作品を作るんだから、いいものを作らないと意味がない。無尽蔵とはいかないが、普通にかけるお金よりはだいぶ高めの金額でやった。

――ネットフリックスの戦略上、日本発のアニメコンテンツの位置づけはどうなっていますか。

日本の新規加入者の視聴時間の大きな割合をアニメが駆動しているので、それでいうと非常に重要視される目玉のコンテンツとして扱われている気はする。日本市場だけでなく、アジアをはじめ世界でも非常によく見られている。

10月にあったネットフリックスのアニメ作品ラインナップイベントに登壇した=渡辺志帆撮影

これは僕の仮説だが、アニメって「何人(なにじん)でもない」というか、「エデン」の主人公サラも何人でもない。これはさすがにアメリカ人だなとか、日本人だなとかは思わない。逆に、「アニメ人」みたいな独特の一ジャンルがある気がして、それが世界各国で視聴されている大きな理由ではないかと思う。それぞれの国の視聴者たちが自分たちの国のキャラクターとして見ることができる点が、アニメの大きな強みだ。ネットフリックスの場合、30近い言語に吹き替えるので、言葉の壁もない。ビジュアルの壁もない。そういう意味でいえば、すごくポテンシャルがあるジャンルだと思う。

――ネットフリックスがコンテンツ制作に参入したことで、アニメのクリエーター業界は「ゴールドラッシュ」の活況と聞きます。

従来の日本のアニメ現場は3K(きつい、汚い、危険)などと言われるような苦しさがあったと思う。それは国内だけで収益化しようとしているからで、そこを全世界で収益を回収しようと思えば、たとえ月額会費が1000円とか1500円程度であったとしても、母数が1億5800万いれば、それ掛ける1000円とか1500円が毎月入ってくる。日本には良質なクリエーターの素地があり、世界市場でみれば十分に勝算があると感じている。

――11月にファミリーコンテンツの巨人、ディズニーが定額制動画配信サービスを北米などで開始させました。

ディズニーが自前のIP(知的財産)をアニメ化したり、ミッキーマウスをリバイバルさせたりすることはあるかもしれない。あるいはピクサー作品で派生させることはあり得そうだが、「日本のアニメ」のような作品を手がけるかというと、まだはっきり分からない。たとえば「攻殻機動隊」シリーズの次作はネットフリックスが独占配信するが、ディズニーが「その次は作らせて」と言うとは想像できない。

――ネットフリックスのアニメの方が、ディズニーよりも幅広い年齢層をターゲットにしているという意味でしょうか。

ディズニーにはディズニーの「作法」がある印象を持っている。彼らがそこから踏み出して「進撃の巨人3」を作るかといえば、今は想像がつかない。逆に、作るなら作るでいい。日本ならではのアニメ作品の制作に乗り出すなら、ファンやクリエーターにとって良いこと。

ネットフリックスのアニメ部門チーフプロデューサー、桜井大樹氏=渡辺志帆撮影

競争の激化は短期的に見たらパイやクリエーターを奪い合うことになるかもしれないが、中長期に見れば市場が活性化することだと思う。コンテンツの価格は上昇するし、新規参入企業も増える。全世界的に「僕もアニメクリエーターになって大金持ちになりたい」という人材が業界に入ってくる。そういう風に層が厚くならないと、業界全体が盛り上がっていかない。競争者が増えることは長期的にはいいことだと思う。

――ネットフリックスは日本のアニメ制作会社5社と「包括業務提携契約」を結びましたが、どんな狙いと効果がありますか。

日本のアニメクリエーターはフリーランスがメイン。僕が制作会社に勤めていた頃、大きな予算のプロジェクトを受注したとしても、その作品が終わると方々からかき集めたチームが解散になる。制作以外にかかる時間や労力がとてももったいないと感じていた。これだけの人材を集めたのに、また別々のプロジェクトに散ってしまう、と。次の企画が立ち上がったときに戻ってきてと言っても、まったく同じチームは作れない。

そういう時、向こう数年にわたる発注を保証できれば、制作会社側も安心して規模を拡大できる。フリーランスのクリエーターは毎回企画が終わるごとに就職活動をしなくてはいけなかったのが、その苦労もなくなる。別の企画に移る人も当然いるだろうが、強制的な解散がなくなるのは制作会社にとってもクリエーターにとっても、一つの選択肢を提示できる気がしている。

――日本のアニメ業界では前例がないことですか。

おそらくないと思う。ネットフリックスの面白いところは、僕がこのアイデアを会社に提示して、制作会社側にもメリットあると言ったら「じゃ、どうぞやってください」と実行まで任された。当時のビジネス担当者といっしょに国内の制作会社を行脚した。ネットフリックスを「黒船」などと言う人もいるけど、これまで一緒に作品を作ったいくつかの社は「つきあってみたら意外といい。長期的な契約に入りましょう」と受けてくれた。