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労働の喜びとは?ウィリアム・モリスの夢を刺繍する青山悟のアート

アートから世界を読む 更新日: 公開日:
《News From Nowhere (Labour Day)》2019 シルクスクリーンプリントに刺繍、ドローイング 100×140cm 撮影:宮島径 ©AOYAMA Satoru, Courtesy of Mizuma Art Gallery(部分)
《News From Nowhere (Labour Day)》2019 シルクスクリーンプリントに刺繍、ドローイング 100×140cm 撮影:宮島径 ©AOYAMA Satoru, Courtesy of Mizuma Art Gallery(部分)

手仕事の美を愛し、19世紀英国でデザイナーおよび思想家として活躍したウィリアム・モリスは、労働と美のあり方について問題提起しました。アーティストの青山悟は、モリスのメッセージを「刺繡」という手法を用いて作品に表します。グローバリズムのなかで労働環境が大きく変わる今、東京藝術大学准教授の荒木夏実さんが前回に引き続き、アートを通して人と労働の関係について考えます。

「労働力の浪費は終わりを迎えるであろう」。これは19世紀のイギリスのデザイナーであり思想家であったウィリアム・モリスの言葉である。

《The waste of labour power would come to an end》2017 ポリエステルにメタリック糸と黒糸で刺繍 26.2×181.5cm ©AOYAMA Satoru, Courtesy of Mizuma Art Gallery
《The waste of labour power would come to an end》2017 ポリエステルにメタリック糸と黒糸で刺繍 26.2×181.5cm ©AOYAMA Satoru, Courtesy of Mizuma Art Gallery

工業用ミシンを使った刺繍作品を制作する青山悟は、このモリスの言葉を縫い込んだ作品を完成させるために実に2ヶ月を費やした。「苦行」に近い労働を伴う行為は、モリスへのアイロニーにも感じられる。

産業革命以降急速に進んだ機械化による大量生産によって、世界が粗悪品であふれかえってしまった状況を嘆いたモリスは、中世の手仕事を見直し、生活に根ざした芸術をめざすアーツ・アンド・クラフツ運動を牽引した。社会主義運動に傾倒していった彼は、労働が芸術的であれば労働者の仕事はやりがいに満ち、意欲も衰えず、労働の無駄もなくなると考えた。

しかし、モリスの発想が「夢想」だったことを、共産主義が楽園にはなり得なかった歴史を目撃した私たちは知っている。一方で世界を席巻する資本主義もまた、人々の貧富の差を拡大し、過労や搾取の問題を生み続けている。私たちはどこへ向かうのか。

《8 Hours》2018 ポリエステルに刺繍 52×70cm 撮影:宮島径 ©AOYAMA Satoru, Courtesy of Mizuma Art Gallery 「仕事に8時間を、休息に8時間を、やりたいことに8時間を」は実業家で社会改革者ロバート・オーウェンによる有名なスローガン。オーウェンは「イギリス社会主義の父」と呼ばれ、児童労働の禁止や劣悪な労働条件の改善に尽力した
《8 Hours》2018 ポリエステルに刺繍 52×70cm 撮影:宮島径 ©AOYAMA Satoru, Courtesy of Mizuma Art Gallery 「仕事に8時間を、休息に8時間を、やりたいことに8時間を」は実業家で社会改革者ロバート・オーウェンによる有名なスローガン。オーウェンは「イギリス社会主義の父」と呼ばれ、児童労働の禁止や劣悪な労働条件の改善に尽力した

また青山は、労働者および市民の抵抗活動をモチーフにした作品を制作している。《News From Nowhere (Labour Day)》(2019)は、1882年9月5日にニューヨークで行われた最初の「労働者の日」のパレードが下地になっている。当時の新聞に掲載されたイラストを拡大してシルクスクリーンプリントにしたものに、刺繍とドローイングを施した。ひときわ目立つ中央の赤いバナーには「アーティストの労働にもっと評価を!」という青山自身の言葉が描かれている。労働における楽しみこそ芸術だと述べたモリスの主張に呼応しつつ、アーティスト当事者の真に迫るメッセージが伝わってくる。

《News From Nowhere (Labour Day)》2019 シルクスクリーンプリントに刺繍、ドローイング 100×140cm 撮影:宮島径 ©AOYAMA Satoru, Courtesy of Mizuma Art Gallery
《News From Nowhere (Labour Day)》2019 シルクスクリーンプリントに刺繍、ドローイング 100×140cm 撮影:宮島径 ©AOYAMA Satoru, Courtesy of Mizuma Art Gallery

青山はこの作品に世界中で行われてきたデモのバナーを縫い込んだ。平和、独立、反戦、#MeToo、EU残留、人種差別反対、反原発、公立校民営化反対、授業料の無償化等々を主張するスローガンの中には、「表現の不自由展中止反対」という、今年の「あいちトリエンナーレ」をめぐる日本での「事件」も含まれている。

130年以上前にアメリカで起こった労働者の行動に、現代を生きる人々の主張が重ねられている。スローガンを記した手作りのバナーを掲げるというスタイルは、こうしてみると古典的にも見える。それは手仕事的で、今でも人は自分の手と足を使い、賛同する人を募って声を上げるのだ。(インターネットやSNSを用いた抗議活動の進化も目覚ましいが、リアルな「デモ」も失われてはいない)

《News From Nowhere (Labour day)》2019 シルクスクリーンプリントに刺繍、ドローイング 100×140cm ©AOYAMA Satoru, Courtesy of Mizuma Art Gallery(部分)
《News From Nowhere (Labour day)》2019 シルクスクリーンプリントに刺繍、ドローイング 100×140cm ©AOYAMA Satoru, Courtesy of Mizuma Art Gallery(部分)

異なる人種、政治、思想が混然一体となった世界。他者や多様性と向き合うことは至難の業だが、それでも青山の作品には希望が見える。遠い過去に起こった出来事に刺繍を通して介入することにより、かつての労働者や世界中で主張する人々を可視化し、彼らと関わりあうことができる。解決はできずとも、時空を超えて「自分ごと」として諸問題と対峙し続けることが、私たちにできる行為ではないか。

《Faceless Labourers》2019 シルクスクリーンプリントに刺繍、ドローイング 52×70cm 撮影:宮島径 ©AOYAMA Satoru, Courtesy of Mizuma Art Gallery グローバル化と人手不足が加速する中、劣悪な環境での仕事を強いられる「顔の見えない労働者」。その存在は世界各地で、そして今まさに日本で進行中の問題である
《Faceless Labourers》2019 シルクスクリーンプリントに刺繍、ドローイング 52×70cm 撮影:宮島径 ©AOYAMA Satoru, Courtesy of Mizuma Art Gallery グローバル化と人手不足が加速する中、劣悪な環境での仕事を強いられる「顔の見えない労働者」。その存在は世界各地で、そして今まさに日本で進行中の問題である

今回の展覧会のイベントとして、青山の映像作品《The Lonely Labourer》(2018-2019)の投影とともに池田謙と畠山地平によるライブパフォーマンスが行われた。コンピューターミシンがウィリアム・モリスの文章を全自動で縫う様を見せる映像に、池田の電子音楽と畠山のギター音が重なる。ミシンの鋭い機械音と対照をなすエモーショナルでメランコリックな響きが、得もいわれぬ魅惑的な世界を作りだした。

池田謙(右)と畠山地平によるライブパフォーマンス(ミヅマアートギャラリー、2019年10月18日、筆者撮影)
池田謙(右)と畠山地平によるライブパフォーマンス(ミヅマアートギャラリー、2019年10月18日、筆者撮影)

モリスの美しい手書き文字を、プログラム通りに縫い進めるミシン針の動きを追う映像に、人間は登場しない。それはAIが人に取って代わる将来を暗示するようにも見える。「浪費」「利益」「富裕」「競争」「略奪」。画面にクローズアップされる文字からは、モリスの時代から今日、そして未来へと続く、変わらぬ労働問題が浮き彫りにされる。

《The Lonely Labourer》2018-2019 4K ビデオ / コットンに刺繍 撮影:宮島径 ©AOYAMA Satoru, Courtesy of Mizuma Art Gallery
《The Lonely Labourer》2018-2019 4K ビデオ / コットンに刺繍 撮影:宮島径 ©AOYAMA Satoru, Courtesy of Mizuma Art Gallery

池田と畠山の音楽は、モリスの見た甘美な労働の夢を現代によみがえらせたかのように響いた。生活に芸術があふれ、仕事そのものがアートであり、労働者が苦しみから解放された幸福な世界。それはモリスの夢想であり、到達不可能なユートピアではあったが、そこには真理も存在する。労働に宿る美と喜び、その輝きを青山自身も制作を通して信じているはずだ。モリスの夢と世界の問題に向き合いながら、青山悟はミシンを動かし続けている。