■元イスラエル軍エリートが追う「ダークネット」
「ダークネットで人知れず行われている取引の通貨は、以前は米ドルだったが、いまはビットコインなどの仮想通貨(暗号資産)だ」。日本事業CEO、ドロン・レビット(44)は説明を始めた。仮想通貨は現金や預金と違ってダークネット内で受け渡しを完了できるため、捜査当局がすべて追跡するのは難しいという。
「パトロール部隊」の部屋を見せてもらった。パソコンのモニターが2台ずつ並び、分析の専門家がキーボードをたたく。「ダーク」からはほど遠い、シリコンバレーのような明るい雰囲気だ。しかし、KELAが突きとめた事例は薄気味悪いものだった。
20代のロシア人ハッカーがサイバー攻撃で、企業や個人の情報を大量に入手し、ダークネットで売っていた。支払代金はビットコイン。口座を発見すると、すでに残高はほとんどなく、単純計算で400億円以上を稼いでいた。
レビットが逆三角形を描いて解説した。「ダークネットの中でも頭脳や技術力によって活動する階層が分かれている。最も深いところでは、ハッカーや犯罪集団のほか、北朝鮮やロシア、中国、米国などの国家がうごめいている。彼らをつなぐのが仮想通貨だ」
KELAには、イスラエル軍でサイバー攻撃への対応や情報収集などを担うエリート組織「8200部隊」出身の専門家が集まる。創業者でCEOのニル・バラック(47)は「以前の戦争はミサイルや戦闘機、装甲車で攻撃していたが、いまはサイバー攻撃に軸足が移っている。基地にミサイルを撃ち込むのではなく、ミサイルシステムにサイバー攻撃を仕掛けるのだ。ダークネットを舞台に見えない戦争が行われている」と語る。
■ハッカーの標的はスマホの個人情報
国家のくびきから解き放たれ、国境を飛び越えるビットコインなどの仮想通貨。法定通貨における中央銀行のような存在がないのが特徴だ。しかし、「自由」は「危険」と隣り合わせでもある。
2014年、世界最大級の仮想通貨交換業者だったマウント・ゴックス(東京)がハッキングを受け、顧客から預かった計約480億円分のビットコインが消失する事件が起きた。18年にも仮想通貨交換業者のコインチェック(東京)がハッカーに攻撃され、約580億円分の仮想通貨「NEM(ネム)」が盗まれた。その後、KELAは盗まれたNEMがダークネットで割引されて売られているのを見つけたという。いずれの事件も、通貨の流出先など事件の全容は解明されていない。
ただ、仮想通貨を使わなくても、ハッキングのリスクからは逃れられない。
KELAのスタッフが、スマホをモバイルバッテリーのようなものにかざすと、銀行の口座番号やメールアドレス、SNSアカウントのパスワード、連絡先や写真など、スマホに登録された様々な個人情報が、一瞬でパソコンの画面に表示された。「スパイウェアメールを送るようなハッキングよりも、政府や大企業・銀行の幹部のスマホを狙う方が手っ取り早い。国家やマフィアのハッカーらは、セキュリティーチェックやレストランなどで、要人のスマホが無防備になる瞬間を待ち構えている」と説明する。
ネットバンキングやQRコード決済のアカウントなども簡単に奪われる恐れがあるという。KELAは対策システムを開発し、銀行などに売り込んでいるが、個人が手に入れるのは難しい。キャッシュレスでデータとなったお金が盗まれる可能性もあり、便利になれば危険も増えるというわけだ。
レビットは警告する。「フェイスブックのリブラが実現すれば、ビットコインとの両替もできるようになり、ダークネットを行き交う莫大な資金がリブラに向かうだろう。いまはプロが争うダークネットの世界が広がることになり、危険性が増すことになりかねない」