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『貨幣論』著者が説く「お金は信用がすべて。だからリブラは最悪だ」

World Now 更新日: 公開日:
岩井克人・国際基督教大特別招聘教授=星野眞三雄撮影

「デジタル通貨が変える世界」連続インタビュー#2 岩井克人・東大名誉教授 ふだん使っている紙幣は、なぜ紙切れとしてではなく、お金として扱われるのだろうか。フェイスブックが今年6月に打ち出したデジタル通貨「リブラ」構想は、どう読み解けばいいのか。お金をめぐる様々な疑問を、「貨幣論」で知られる経済学者の岩井克人・国際基督教大特別招聘教授(72)に聞いた。(聞き手・星野眞三雄)

■「受け取ってもらえる」の信用がお金をつくる

――「貨幣論」では、「お金とは何か」を論じています。

お金がお金となるのは、他の人も受け取ってくれると予想するから、だれもが受け取る、という自己循環論法です。他人が受け取ってくれれば、お金はお金として通用する。それを疑い始めたら、お金として通用しなくなる。日常的にはほとんど意識していないが、根底では、他の人がお金として受け取ってくれると信じていて、その他の人も他の人が受け取ってくれると信じている。深いところで信じ合っている仕組みに支えられているのです。

――お金の起源はどこにあるのでしょうか。

金や銀などの金属、もっと昔は貝などの、多くの人が欲しい商品が貨幣に変わったという「貨幣商品説」や、共同体の長老や王様、政府といった権威が「これを貨幣とする」と決めたという「貨幣法制説」、他にも貸し借りから始まったという説があります。もしかしたら歴史をさかのぼって、「貨幣が生まれた」という瞬間があるかもしれないが、理論的には決定できない。ただ、私が「貝がお金だ」と宣言しても、お金としては使えない。他の人がお金として受け取ってくれるからお金になる、1人や2人ではなく世の中の大多数の人が、貝をお金として受け取ってくれないといけない。

あるとき、何らかの理由で、水が沸騰して蒸気になるような瞬間が、大多数の人が貝をお金として受け取ってくれるようになった瞬間があるわけです。それは商品として価値があるから貨幣として使われるようになったのか、欧州共通通貨ユーロのように法律でバンッと決まったのか。ドルが基軸通貨として使われているのは、ユーロとは違い、きっかけは貨幣商品説と似ています。

――似ているというのは?

ドルを基軸通貨としたブレトンウッズ会議の前後、アメリカの国力は圧倒的で、世界中の人がドルを欲しがりました。アメリカの製品・商品が買えるドルが、世界で最も魅力的だったのです。

――ドルと金兌換を停止した1971年の「ニクソン・ショック」の後も、ドルは基軸通貨として君臨しています。

それまでドルが基軸通貨として広まっていたのは、それ自体が価値のある金(きん)とつながっていたからで、そのつながりを切れば、ドルは基軸通貨ではなくなると、多くの経済学者が考えていました。それで、ドルを金から切り離し、他の通貨との交換比率は外国為替市場で自由に決まるようになれば、円やマルクのような通常の通貨となると考えたのです。アメリカには当時、世界の資本主義の監督ではなく1人のプレーヤーになりたいという考え方が強かった。ドルを基軸通貨として維持するためには金を準備しておかなければならず、その負担が大変ですし、世界の中央銀行の役割を果たすのは責任が重すぎる、と考えたのです。

純金(金の研究調査機関ワールド・ゴールド・カウンシル提供)

でも、アメリカは基軸通貨からおりようとしたのですが、予想に反して、日本とドイツ、ブラジルと韓国との取引でもドルが使われ、結局、貿易や外貨準備の6割ぐらいはドルが使われ続けたのです。ドルは、金との兌換によってでも、アメリカの経済力の強さによってでもなく、どの国の人間も他の国の人間がドルを基軸通貨として受け取ってくれるからだ、という自己循環論法によって基軸通貨であったのだということが明らかになったのです。

――2008年の「リーマン・ショック」のとき、これでドルの力が弱まると言われましたが、逆にドルの力が強まりました。

これも同じ理由です。リーマン・ショックの後、中国などいくつかの国が、基軸通貨から引きずりおろそうと揺さぶりをかけたが、世界経済の不安定性によって、結果的にドルが使われる率が増えました。それが貨幣の不思議なところで、アメリカの国力が弱まったらドルの流通が下がると常識的には考えがちだが、そうではなくて、貨幣というのは他の人が使っているから自分も使う、という自己循環論法で動いている。そんな証拠をなんべんも我々は突きつけられているのです。

■人民元は基軸通貨になれるか

――このままドルの基軸通貨体制は続くと見ていますか。

その可能性が高いと思います。中国が「一帯一路」を使って人民元の流通を拡大しようとしていますが、基軸通貨と強い通貨とは別なんですね。ある意味、円も強い通貨です。ユーロもポンドも強い。人民元も昔は弱い通貨だったが、いまは強くなっている。貿易や金融取引のときに自分の国の通貨が使われるのが強い通貨で、使われないのが弱い通貨。それを超えて、たとえばブラジルと韓国とか、アメリカが直接介在していない取引でも使われるのが基軸通貨です。現在、中国は人民元を基軸通貨にしたいと願っていると思いますが、たとえば国内の金融市場が十分に自由化していないとか、共産党一党支配でその意向によって取引制限が恣意的に行われる可能性があるとか、そういうリスクがあるので、人民元はドルの基軸通貨の地位を脅かさないと思います。

基軸通貨というのは、一度、基軸通貨になると、かなり長い間、実体と離れて流通する。ただ、ドル基軸通貨体制が永久に続くかというと、アメリカがトランプ大統領のもと、あまり自己中心的に動くと、どこかで破綻する可能性はゼロではない。たとえば、選挙目当ての景気浮上策でドルの供給をどんどん増やしていますが、ドルの価値が乱高下したりすると、日本とブラジルが貿易するときに、ドルではなく円にしておこうとか、そういうふうに考え始めるかもしれない。しかも、大統領の意向で貿易や金融の規制が恣意的に行われるリスクが増えていて、その点で中国と少し似てきている。いくつかの国が考えているうちはいいが、たくさんの国が同時に考え始めたらバタバタといく可能性は皆無ではありません。

その場合、すぐに新しい基軸通貨ができるかは分からない。19世紀後半、イギリスの国力が落ちて、とっくにアメリカに抜かれていたけど、第1次世界大戦まではポンドが基軸通貨として使われ続けていた。第1次世界大戦でほとんどポンドの基軸通貨としての息の根が止められ、基軸通貨がない混乱状態が続いて、それが世界恐慌の一つの原因になったといわれている。第2次世界大戦でヨーロッパが疲弊し、アメリカが圧倒的な国力を持つことになって、ドルが遅ればせながら基軸通貨になった。それを追認したのが、1944年のブレトンウッズ会議です。もしドルが基軸通貨ではなくなったとしても、たとえ中国経済が超巨大になったとしても、すぐにパッと人民元が基軸通貨になるとは限りません。

■リブラは「世界最悪の通貨」になる

――フェイスブックが発表したデジタル通貨「リブラ」のマグニチュードは、どう思いますか。

かなり大きいと思います。発行されれば、世界最悪の通貨になるでしょう。

――なぜ最悪なのでしょうか。

リブラは、ビットコインなどの仮想通貨の技術を使うわけですが、基本的な仕組みは通常の銀行と同じです。利用者はドルや円を預けて、かわりにリブラを受け取る。通常の銀行の場合、低い金利で預かった預金の大部分を、高い収益率が見込まれる融資や投資に向けます。その利ざやでもうけるのが、銀行の仕組みです。リブラの場合、預かったお金の大部分は、より安全な国債などで運用すると言っています。国債の利子は低いですが、リブラのかわりに預けたお金には利子はつかないので、銀行と同じ構造です。

2019年6月に発表された暗号資産「リブラ」のホワイトペーパー =尾形聡彦撮影

銀行は他人から預かったお金はいつでも引き出せると言いながら、その大部分を融資などに使っているので、必然的に取り付け騒ぎの危険性があるわけです。銀行の仕組みというのは構造的に不安定なんです。それなのに、なぜ人は銀行に預けるかというと、一つは、あまり乱暴な投資や融資をしないという信用を銀行自身が蓄積している。もう一つは、世界中の銀行はその国の中央銀行に口座を持って預金しており、いざ危なくなると、中央銀行が「最後の貸し手」として救済してくれる。万が一つぶれても、国家が1000万円までは預金を保証する。そういう形で、銀行預金の安全性は様々な規制や制度、法律、銀行自身の信用によって支えられています。

リブラは、フェイスブックという、これまで利用者の個人情報の流出・悪用を何度も放置してきた、ある意味インターネットの世界で一番信用できないところが発行する、しかも世界中のどこの中央銀行とも結びつかない、非常に不安定な仕組みです。

――すでに国境を越えた送金サービスを展開しているアリペイなどは問題にならず、リブラが問題になるのは、ドルやユーロ、円などを組み合わせた資産を裏付けにして価値を安定させようとしているからですか。

マニラ近郊にある巨大ショッピングモールには、アリペイで支払いが可能なことを知らせるお知らせがあちこちにあった

これまでは銀行口座を持っていないと国際間でお金を動かすのは難しかったが、アリペイなどが仲介することで、途上国の人たちにとって便利になったのは確かです。だが、アリペイにも問題はあります。もし経営が危なくなってきたら、取り付け騒ぎになる可能性は常に存在する。これまでは利用者がどんどん拡大しているので、アリペイが送金の仲介に徹していても収益が取れていた。だが、その拡大が止まると、収益確保のために預かったお金を融資に回すようになるはずです。そうすると銀行的な仕組みになり、とたんに不安定性を抱えることになります。

フェイスブックも同様に、従来の銀行を介さないで、インターネットを通じてお金をやりとりする。アリペイと似ているが、フェイスブックの場合、もっと規模が大きくて、中央銀行と結びつかないで銀行をつくろうとしている。もし経営が危ないと利用者が思い始めると、「リブラは危ないのでドルやユーロや円に戻してくれ」と殺到し、取り付け騒ぎが起こってしまう。中央銀行はいざというときに、そういう銀行を助けるためにあるのですが、その中央銀行を排除しているわけです。

――リブラの構想を初めて聞いたとき、ケインズがブレトンウッズ会議で提唱した国際通貨「バンコール」のような存在をねらっているのでは、と思いました。

もちろん、そうです。ケインズの世界中央銀行をねらっているんです。ただ、ケインズが総裁の世界銀行であれば信用しますが、フェイスブックのザッカーバーグに信用はおけません。バンコールは、各国の中央銀行や政府がバックアップする基軸通貨体制をつくろうとしたわけで、今回はそのような制度設計がありません。

米議会下院の公聴会で証言するフェイスブックのザッカーバーグCEO=ワシントン、ランハム裕子撮影

――フェイスブックが世界中央銀行になる可能性はありますか。

理論的にはありますが、現実的には無理でしょう。信用がこれだけないところがつくったので、私はうまくいかないと思っています。フェイスブックは露骨に既存の中央銀行に反旗をひるがえしている。それで政府や中央銀行は、ビットコインとは桁違いにリブラを気にしているし、ものすごく反発しています。

――リブラのかわりに預かったお金を運用も何もせず、ただ置いておけば、問題ないのではないでしょうか。

いや、現金をそのまま置いておくことはありえません。国債など安全な資産で運用すると言っていますが、いくら国債が安全だからといって、それを国債市場で現金に換えるのには時間がかかりますから、取り付け騒ぎの可能性は決して消えません。フェイスブックも最初はうんと安全な資産で運用するのかもしれませんが、将来もずっとそうするとは誰も信じないでしょう。

――多くの人が使うようになった段階で、世界中央銀行として君臨する、という危険性はありませんか。

あります。それをねらっているのだと思います。そうなると、世界の金融システムの中心が移ってしまうわけで、その万が一の可能性を考えて、各国の政府・中央銀行があわてています。

――リブラは世界共通通貨になりえますか。

貨幣は自己循環論法の産物ですから、理論的には不可能とは言えませんが、現実にはありえないでしょう。

■既存通貨の信用、落ちたのか

――リブラ構想が出てきたり、少し前にはビットコインが出てきたりと、これは既存通貨に対する信用が落ちてきているからなのでしょうか。

ビットコインは偽金防止のためブロックチェーン技術を使ったのですが、1980年代、私もデジタル通貨に関する論文を英語で書き、お金として使った数字を公開したらよいというアイデアを出しました。そのころから数字を貨幣にするというアイデアは出ていました。貨幣論からすれば、ものそのものに価値がなくたっていいわけで、当然のアイデアです。もちろん偽金がつくられないような技術は必要ですが、素材は問わないということで、インターネット上の暗号でもいいと。

人里離れた山間部の峡谷にあるビットコインの「採掘工場」(中央奥の建物)=2016年10月、中国・四川省、織田一撮影

ビットコインが出てきたのは、リーマン・ショックが大きい。「自由放任主義は必然的に経済を不安定にする」「その不安定性を少しでも解消するには、政府の規制や中央銀行の金融政策など公共的な仕組みが不可欠だ」というのが、私や多くの経済学者が考えたリーマン・ショックの教訓だった。

それとはまったく違った発想で、「既存の中央銀行がバブルを許してしまった」「過剰投資した悪い銀行を政府は最終的に多額の資金を投入して助けた」と考える人たちがいた。リーマン・ショックを自由放任主義の失敗とはとらえずに、ビッグブラザーの仕組みの限界が露呈したものだと考え、国家や中央銀行だけでなく、ふつうの銀行も排除しようという仕組みで、自由放任主義の究極のような仕組みです。ビットコインは価格が乱高下して、貨幣にならないというのが共通認識になりつつありますが、ビットコインを通じてブロックチェーンの技術が広まった。

私は、世界中の銀行が銀行同盟のようなものをつくって、かつてケインズが構想したバンコールのような世界通貨のデジタル版を発行する方向に動いていくのかなと思っていました。実際、世界の中央銀行も、日銀だってそう考えていたと思います。フェイスブックがその機先を制したのにはびっくりしました。ビットコインと技術は同じだけど、思想はまったく逆です。

ビットコインは、極端な自由放任主義に支えられていますから、中央銀行や国家など公共的な機関をすべてビッグブラザーとして切り捨てようとする試みでした。リブラの場合は、既存の中央銀行や国家は排除して、フェイスブック自らがビッグブラザーになってしまうというものです。情報の中でも最も価値のある個人の金融に関する情報が、リブラを通して、個人情報の取り扱いが最もずさんなフェイスブックにどんどん流れ込んでいくことになります。これは、悪夢です。だから既存の中央銀行などはあわてて、即座に批判的な反応をしたわけです。

――リブラは新しい通貨をつくるというよりも、昔のイングランド銀行のように金を裏付け資産に銀行券を発行する、というイメージでしょうか。

まさしくそうです。リブラは、いったん歴史を後戻りさせて、兌換紙幣のデジタル版をつくろうとしていると考えた方がよいかもしれません。

――そうすると、民間銀行が中央銀行に発展し、民間銀行の銀行券が中央銀行券、いわゆる紙幣になったように、リブラも発展する可能性はありますか。

イングランド銀行は、もとは民間銀行でしたが、イギリス最大の銀行であったことによって、自行の利益のみを追求すると、イギリス経済、さらには世界経済が不安定になってしまうことに気づきはじめました。自らの公共的な役割を学習していくなかで、「銀行の銀行」、つまり中央銀行としての役割を果たすようになったのです。そもそも中央銀行とは、歴史の中で自らの公共性を自覚することで生まれたという意味で、「倫理的」ともいえる側面を持っている。フェイスブックは、イングランド銀行が長い時間をかけて信用を築き公共性を獲得していった過程を無視して、何の信用の基盤もなしに一気に中央銀行になろうとしている。それは、不可能な試みです。

――金が信用の裏付けになって広まった通貨が、ニクソン・ショックで金とのつながりを切り離されたのにもかかわらず使われ続けました。リブラも最初はドルやユーロなどに結びついているから信用されて広まり、みんなが使い始めたら、そのつながりがなくなっても使われ続ける可能性があるのではないでしょうか。

理論的にはその可能性は否定できません。なにしろ貨幣というのは、自己循環論法で、「自分がどう思うか」ではなく、「他の人がどう思っているか」にかかっているわけです。ただ、倫理性を欠いたフェイスブックが背後にある限り、そのような自己循環論法が実際に働き始める可能性はゼロと言っていいと思います。

岩井克人(いわい・かつひと) 1947年生まれ。国際基督教大特別招聘教授、東大名誉教授。専門は経済理論。「貨幣論」(筑摩書房)で1993年にサントリー学芸賞。

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