【この前の記事】ノルウェーの捕鯨船に乗り、クジラ捕りの最前線を見た
■13歳で捕鯨船に乗った、船長の息子
【7月28日 スバールバル諸島沖】
1頭目が捕れると、一転して豊漁になった。午後、続けて2頭を捕獲。1頭は体長8.6メートルの大物だ。デッキに引き揚げるとき、重みで船体が大きく傾く。肉の量も多くなるため、解体作業も長時間続く。
この仕事をなぜ始めたのか。ルームメートのグリムに聞いてみた。「2カ月前にプロポーズして婚約した。家も買った。だから金が必要だ。ここでは基本給だけでスーパーの店員の2倍以上もらえるし、漁期が終われば、捕獲実績に応じてボーナスもある」
稼げる仕事、という明快な理由に深くうなずく。
【7月29日】
午後3時ごろ、ミンククジラを発見。捕鯨砲についたのは、船長ダグの息子オドマン・ミクロブスト(32)だ。撃ち手を務めることもあるとは聞いていたが、見る機会がやってきた。
だが、船はなかなかクジラに近づけない。オドマンと船橋の若手乗組員が連絡をとりあいながら追いかけるが、クジラが浮かんでくる場所の予想がなかなか当たらない。父親の域に達するまで、もう少し時間がかかるようだ。
約3時間の追跡の末、オドマンの捕鯨砲がクジラを捕らえた。体長7.7メートル。まずまずの大物だ。オドマンの表情に安堵の色が広がった。
初めて乗船したのは13歳の時だったという。「お客さんとしてで、仕事は何もしなかった」。15歳になると仕事を手伝い始め、6年前から正社員として乗り込む。「ずっと働くつもりだ。将来はもっと多くの国がクジラを捕るようになるだろう。私たちには食料が必要なんだから」。屈託なく話す。
■捕鯨砲にセンサーも 詳細な記録
【7月30日】
クジラはいない。スバールバル諸島沖にやってきて、初めてゆったりとした時が流れる。最上階で景色を眺めていると、ダグが手招きしている。クジラの資源管理について教えてくれるという。
部屋の一角にパソコンが置かれている。「毎日午前0時に、このパソコンから政府へ報告する」。そう言いながら、入力画面を見せてくれる。
捕鯨砲を撃った時刻、クジラを引き揚げた時刻、解体が終わって骨を海に捨てた時刻。体長、雌雄の別、妊娠していたかどうか、使った銛の管理番号……。細かく報告する必要があるという。「忘れていると、15分前にアラームが鳴る。そうすると急いで入力しなきゃいけないから大変なんだ」
捕鯨砲にはセンサーがあり、撃った時間や対象に当たったかどうかが自動的に記録される。漁期が終わると当局が記録を回収し、事前の報告とつきあわせて確認するらしい。
捕ったクジラの肉片も保管し、管理番号を振って政府に提出する。DNAを解析し、流通時の肉の管理に使う。データは輸出先の日本にも提供するという。
【7月31日】
午前0時すぎ、捕鯨砲の衝撃で目が覚める。船がにぎやかになってきた。2時間ほど経過し、解体作業がまだ終わらないうちに、もう1頭を捕獲した。下の作業場の乗組員もひっきりなしに仕事にあたるが、増え続ける肉に追いつかず、甲板に肉塊がたまっていく。だが、ここは北極圏。鮮度に問題はないという。
その後も数時間ごとにクジラが捕れて、結局この日は5頭に達した。作業は24時間続き、乗組員は疲労の色が濃い。口数少ない食事風景が、さらに静かに、そして短時間になる。
【8月1日 スピッツベルゲン島へ】
午前2時ごろ、1頭捕獲。
8月に入った。白夜と24時間続く漁、時差も加わってあいまいになっていた暦の感覚を少し取り戻す。
ダグが今後の予定を告げた。船はこのまま漁を続けるが、3日後の8月4日にスバールバル諸島最大のスピッツベルゲン島に寄港し、私たち日本人を降ろしてくれるという。オスロ行きの航空券を、船のパソコンから手配してもらう。
船酔いはおさまらない。陸が恋しくなったと話すと、乗組員の一人が「今度は陸酔い(おかよい、ランドシック)が待っている」。三半規管の狂いはすぐには戻らないということか。
【8月2日】
午前5時ごろ、ミンククジラ発見。ダグが捕鯨砲を撃つ態勢に入ったが、やめた。身ぶりで「小さすぎる」。資源保護やコストの観点から捕らないのだ。
私も探鯨がなかなかうまくなってきた。乗組員が気づく前に、「あそこに出た」と教えたこともある。大型で捕獲の対象ではないナガスクジラと、ミンククジラの見分けもつくようになった。
【8月3日】
午前8時すぎに1頭捕獲。これが最後のクジラとなった。2週間で、計17頭だった。
下船準備を始める。船内には洗濯機と乾燥機が1台ずつ、シャワーもある。最後の洗濯を済ませる。揺れとせっけんで滑りやすく、立っているのもやっとだったシャワーにも、だいぶ慣れた。
【8月4日 ロングイエールビーン】
午前10時、スピッツベルゲン島最大の町ロングイエールビーンに入港する。北緯78度、世界最北の町だそうだ。
下船。あやうく海に落ちそうになりながらスーツケースを下ろすと、ダグが急ぎ足で船を下りてきた。「新聞に写真が載ったら、送ってくれよ」。唯一覚えたノルウェー語「トゥーセン・タック」(ありがとう)でこたえる。固く握手して、空港へ向かった。(つづく)