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ノルウェーの捕鯨船に乗り、クジラ捕りの最前線を見た

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■「あさって、乗る」あわてて準備

31年ぶりの商業捕鯨が7月に再開されるので、乗せてくれる国内の捕鯨船を探したが、見つからない。海外を含むメディアの取材依頼が殺到していて、すべて断っているのだという。

それなら海外の船はどうだろう。ノルウェー最大の捕鯨会社ミクロブスト・バルプロダクタ・エーエスの日本法人社長、志水浩彦(43)に相談すると、「ちょうど、あさってノルウェーに行って、船に乗る」といい、同乗させてくれることになった。突然の幸運に感謝しつつ、すぐに航空券を手配し、防寒具を買いに走った。

【7月21日=航海初日オーレスン】

首都オスロから北西へ約350キロの港町、オーレスン。ユーゲント・シュティールと呼ばれる建築様式で統一された美しい街だ。

オーレスンの街

中心部近くの波止場に、捕鯨船KATO(カトー号、434トン)はぽつんと停泊していた。青を基調にした船体は全長38メートル、幅8メートル。思い浮かべる捕鯨船より、少し小ぶりに感じる。

船名は、1912年に設立されたミクロブスト社の創業者ら4人の頭文字に由来する。日本人によくある「加藤さん」とは関係ないそうだ。

捕鯨船カトー号

船齢50年ほどという船内に入ると、はしごのような急階段が下へ伸びる。通路は狭く、スーツケースを抱えると移動するのがやっとだ。割り当てられた寝室は、3階分下りた最下階の2人部屋。広さ2~3畳ほどで、年季の入った2段ベッドは、身長176センチの私が横になると、頭と足が壁についてしまう。寝返りをうつのも難しいが、揺れる船内ではちょうどいいのかもしれない。

割り当てられた寝室のベッド(下段)

相方は、今年船員になったばかりのグリム・レム(28)だった。ノルウェー語と英語、スペイン語に加え簡単なポーランド語もあやつるという。明るい青年で、「日本といえば『ドラゴンボール』だ。鳥山明先生は神様だね」と話した。

グリム・レム(28)カトー号乗組員。まだ1年目

■食事も取れない船酔い

午後8時すぎ、私たち日本人を除くと11人の乗組員を乗せ、船はゆっくりと出港した。まだ明るい西日に向かって進む。窓を開けると、冷たい潮風が気持ちいい。詩的な気分にひたっているうち、1時間ほどで外洋に出た船が、縦に横に激しく揺れ始めた。早速、きつい船酔いがおそってきた。酔い止め薬を飲んで、気分を紛らわそうと景色の見える最上階のソファに座っていると、船長のダグ・ミクロブスト(65)が「船酔いか?」と気遣ってくれた。ミクロブスト社の社長の弟にあたる。「ここで寝るといい」。枕と毛布を渡された。

船長のダグ・ミクロブスト=7月28日

【7月22日=ノルウェー海】

船酔いが続き、朝食は断念する。

食事は1日3回、コックのルネ・ウトゥヴィク(47)が用意する。準備ができると各船室に電話で知らせ、乗組員は調理場に隣接した食堂に集まる。

カトー号のキッチン

何か食べねば……。昼食は食堂へ向かう。メニューはタラの塩ゆで。ゆでたジャガイモやニンジンとともに大皿で並び、各自取り分ける。少し塩辛いが、おいしい。食べ始めると食欲が出て、2切れ平らげた。

食堂は静かだ。衛星放送を受信するテレビを脇目に、黙々と食べる。7人掛けの狭いテーブルにいれかわりたちかわりしながら、1時間ほどで全員が食事を終えた。船長のダグによると、食事中に会話しないことが多いという。「日本では、家族や仲間との時間を大切にする意味もあるんだろう?ここでは、必要だから食べる、それだけだ」

ある日の昼食に出たオヒョウのソテー。和食を思い起こす味わいで、めちゃくちゃうまい

ちなみに、この日のタラはカトー号が取ったもの。クジラの漁期は4~9月。冬場はタラやオヒョウ(大型のカレイ)の漁に出る。その一部を冷凍や乾燥で保存しているのだという。

狭い船室にいると船酔いがひどくなりそうで、また最上階へ上がる。夕方になり、天気が荒れ始めた。波は高く、雨がちらつく。船酔いがきつくなってきた。

■船上のクジラ料理

【7月23日=目的の島に近づく】

午前10時、コックのルネが昼食に出すクジラ料理の準備を始める。「クジラの料理を見たい」と前日に頼んだら、すぐに応えてくれたのだ。

使うのは1カ月ほど前に捕ったミンククジラの背肉だ。2~3キロはあるブロックを薄くスライスし、トゲトゲのついたミートハンマーで両面をたたく。こうしないと火を通したときに硬くなってしまうという。

鯨料理をつくるルネ=7月23日

塩コショウにスパイスで下味をつけて、フライパンで軽く焼く。バターの焦げる香りが食欲を誘う。両面に焼き色がつくと、ずん胴鍋へ。中にはクリーミーなブラウンソース。バターと小麦粉でつくったルーをブイヨンで延ばしたものだという。さらにノルウェー名物のブラウンチーズなどを入れてコクを出し、かるく煮込んだら完成だ。「名前は特にない」というがノルウェーで伝統的な料理だそうだ。

乗船3日目に食べた鯨の煮込み。うまい

今回もジャガイモと一緒にいただく。歯ごたえを残した肉は香ばしい。クジラ独特のにおいも感じるが、濃厚なソースとの相性がよく、うまみを倍増させている。

赤ワインがあったら最高……なのだが、船上での飲酒は法律で禁止されている。陸では大酒飲みだという乗組員も一滴も飲まない。理由は後々、実感することになる。

■「探鯨」は眼力だけが勝負

午後7時ごろ、本格的な探鯨が始まった。漁期の夏、この海域は夜も日が沈まない白夜になる。

探す方法は極めて単純だ。クジラが海面に現れるのを目視で探す。日本ではソナーを使うこともあるが、ノルウェーは法律で使用を禁じているという。

カトー号の前部には、海面から18メートルの高さの見張り台がある。乗組員は、命綱もつけないで、左舷側のはしごを軽々と上り下りする。3人ずつシフトを組んで24時間態勢で探す。

海面からの高さ18メートルの見張り台

現在、ノルウェーが捕るのはミンククジラのみ。体長10メートル未満と小ぶりなうえ、潮吹きもほとんどしないので、発見は簡単ではない。見つけても、十数秒のうちに3回ほど息継ぎをすると深く潜ってしまい、しばらく出てこない。船は次に現れそうな場所に先回りして待ち構えるが、違う場所に出てくることもしばしばだ。

午後11時半ごろ、1頭のミンククジラが見つかった。船長のダグが船首の捕鯨砲に向かう。船橋の航海士や見張り台の係と無線で連絡を取りながら、追いかける。だが霧が深くなり、30分ほどで見失った。「賢いやつだ」とダグ。

【7月24日=ヤンマイエン島近海】

最初の目的地はノルウェー領ヤンマイエン島。アイスランドから北東へ500キロ強離れた孤島だ。軍関係者らを除けば住民はいない。

午後8時ごろ、島の形が見え始めた。標高2000メートルを超える火山ベーレンベルクが美しい。船は低速航行に移った。天気も良い。手元の温度計は8?9度。思ったほどは寒くない。乗組員もスマホやカメラで島を撮影している。

ヤンマイエン島ベーレンベルク火山。午後11時19分でこの明るさ=7月24日

【7月25日】

クジラは見つからない。この海域をあきらめ、船は移動を始めた。次の目的地は、さらに1000キロほど北東のノルウェー領スバールバル諸島だという。

■待望の初捕獲

【7月26日】

やはりクジラは見つからない。

非番の乗組員はテレビを見たり、スマホでゲームをしたり。一人が声をかけてきた。「1カ月捕れないこともあった。日本からわざわざ来て、1頭も捕れないまま帰ったら、クビだな」。真偽不明だが、急に不安になってきた。

ほとんどの乗組員は英語を話す。そしてやさしい。数少ない英語を話さない船員も、船酔いでぐったりしている私に、黙ってコーラの缶を差し出してくれた。

天候が荒れてきた。こんなときにテレビは良くない。みんなは自転車レースのツール・ド・フランスを見ているが、中継映像の揺れと船の揺れが二重苦だ。ベッドで目をつぶる。かえって揺れがいいのか、すぐ眠りについてしまう。

捕鯨砲をチェックするファラエル。船酔いに苦しんでいるとき、黙ってコーラをくれた

【7月27日=スバールバル諸島沖】

午前1時。船が速度を落とすのを感じて目が覚めた。クジラが見つかると減速する、と聞いていた。最下階の船室はエンジン音がよく聞こえるので、ほんの少しの速度の変化も音でわかる。

やさしい乗組員たちも、クジラの発見をわざわざ教えに来てくれるほど暇ではない。これまでも減速を感じるたびに、防寒具に着替え、急な階段を上り、操舵室に行ったが、空振りだった。だが今回は、減速に続いて、船が大きく旋回している。クジラの追跡を始めた可能性が高い。防寒着をとり、操舵室へ急ぐ。

乗組員の一人がデッキから船室へ戻ってきた。「クジラだ」。船長のダグが捕鯨砲へ向かう。だが、すぐに霧が濃くなり、「追跡やめ」の判断が出た。

午後8時過ぎ、それまでの荒天がウソのように、青空が広がった。見渡す限り水平線が伸びる。船外に出ると、ほどなくイルカやザトウクジラが見つかった。が、捕獲の対象ではない。

1時間ほどして目当てのミンククジラが見つかった。捕鯨砲のある船首に陣取ったダグが、見張り台や操舵室の乗組員と無線で連絡をとりながら、海面に出ては深く潜る相手に合わせて船の進路を指示する。

「耳をふさいだ方がいい」。乗組員が忠告してくれる。日本から持参した耳栓をつけ、カメラを構える。

ズン!20分弱の追跡の末、ダグが捕鯨砲を放った。船が鋭く振動する。防寒着を通して全身の皮膚にビリビリと衝撃を感じる。捕鯨砲から飛び出た銛(もり)が、海面で勢いよく水しぶきを上げた。出港から7日。待望の初捕獲だ。

鯨肉のおこぼれにあずかるためか、どこからともなく海鳥が集まり、大群が船を取り囲んだ。

銛には「返し」がついており、クジラの体にひっかかるようになっている。銛と船とはロープでつながり、ウィンチで引き寄せ、尾に鎖を巻き付ける。しばらくすると、死んでぐったりとなったクジラが左舷側から甲板に引き揚げられた。

初めて捕ったクジラを引き揚げる=7月27日

体長6.3メートル、胴回り3.4メートル。大きい。真っ先にそう思ったが、この海域のミンククジラは8メートルを超えることも珍しくなく、小ぶりなメスだという。静かに目を閉じた表情は神々しくさえ感じる。

■捕れたてのクジラの味は

それまでのんびりと過ごしていた乗組員たちが、仕事の顔つきに変わった。てきぱきと準備を始める。デッキでは、木製の柄を含めて1メートル以上ある包丁を使って、解体作業が始まった。汚物が出ないよう肛門に紙で栓をする。血抜きのためにのど元の動脈を切り、内臓を傷つけないように気をつけながら、腹を切り開く。気温は8度ほど。においはほとんど感じない。

初めて捕獲したクジラの解体作業が始まる=7月27日

真っ白い脂を蓄えた厚い皮が、ウィンチではがされる。バリバリという音に驚いた海鳥が飛び上がる。デッキはクジラの脂でヌルヌルに。船上禁酒の意味がわかった。酔ったまま大包丁を持って滑ったら、ただではすまないだろう。

5人ほどの乗組員が手分けをしながら、背肉、腹肉、胸肉と巨大な塊に切り分け、ウィンチでつり上げて、デッキの真下にある船内の作業場へ運び込む。ここでも5人ほどの乗組員が分担し、肉を切り分け、筋を丁寧に取り除く。クジラは恒温動物。解体途中の肉から白い湯気が上がる。

船内で10キロほどのブロックに分ける=7月27日

一人が、赤身肉の切れ端を「食べるか?」と手渡してくれる。手に持つと生温かい。何もつけずに口の中へ。少し弾力がある。脂を舌の上にほんのりと感じる。くさみは全くない。しょうゆがあれば絶品だろうと思うと、急に和食が恋しくなった。

最終的に10キロほどのブロックにして真空パックし、冷凍保存する。乗組員はみな慣れた様子で、作業は淡々と進む。大声で指示が飛ぶこともない。日付が変わるころには、ほぼ全ての作業が終わった。(つづく)