カトー号の乗船に先立ち、ミクロブスト社の本社兼加工場を訪ねた。オーレスンから海上タクシーで30分ほどのハラヤ島。港のすぐ近く、平屋建ての白い簡素な建物だ。
社長のウラ・ミクロブスト(70)はカトー号船長ダグの兄にあたる。ウラによると、今年漁に出たノルウェーの捕鯨船は計13隻。「船を持っていても、操業しない会社もある。全体として捕鯨船の数は減ってきている」。加工場を持たない捕鯨会社も多く、そうした船が捕ったクジラの加工・販売も請け負う。
ここで加工する鯨肉は、すべて国内向けだ。ノルウェーで好まれるのは、脂肪の少ない赤身肉。低温で熟成させて食べるのが一般的だという。工場には巨大な倉庫があり、0度に保った中で2~3週間熟成する。その後、筋などを除き真空パックで冷凍して、スーパーなどに出荷する。
以前は5キロ単位でしか生産していなかったが、時代に合わせて小分けをするようになり、今は200グラムの商品が主流だという。工場内には、設定した大きさに自動で肉をカットする機械があり、1日に2トンの鯨肉を処理する能力を持つ。端切れ肉はドッグフードなどに加工する。
直売もしている。取材中に冷凍肉5キロを買った女性は「家族が好きで、2週間に1度は食べる。ステーキかシチューですね」。
工場の中で、加工中の肉を1切れもらった。熟成肉の色はやや暗い。口に入れると、ねっとりとした食感。若干のくさみも感じるが、甘みがしっかりある。
昼食は、ハラヤ島と橋でつながるフィナヤ島のレストランで鯨ステーキを食べた。4~6週間ほど熟成したという。弾力のある厚い肉にナイフを入れると、断面には赤みが残る。低温でじっくりと火を通したようだ。かみごたえはあるが、やわらかい。牛肉よりも水分があってみずみずしく、ジビエっぽい独特の香りがある。ジャガイモの蒸留酒アクアビットでフランベしているといい、後味もさわやかだ。300グラムの塊は、すぐに腹におさまった。
社長のウラは「若者を中心に外食が増え、鯨肉を含めた海産物全体の消費が減っている」と話す。国内の鯨肉消費は年間500トン前後といい、3000~5000トンとされる日本市場について「とても大きな可能性を感じる」。日本の商業捕鯨再開については「必要なことで、当然の決定だ」と話した。
■かみごたえのある「トロ」
カトー号が今回捕った鯨肉は日本向けだ。日本法人ミクロブストジャパンが輸入し、水産加工会社などに卸したのち、各地のスーパーなどに並ぶ。
ミクロブストジャパン社長の志水浩彦は毎年、捕鯨船に乗る。「人間が野生の生き物を利用するとはどういうことか。それを見つめ直すことは、販売の現場に立つ原点だ」。皮や心臓、舌などノルウェーで食べない部位も、日本では商品になる。日本の食べ方に合わせた処理方法をノルウェー側に伝えることも志水の役割だ。
捕鯨の最前線を体験するなら、食べることは欠かせない。東京・神田の鯨料理専門店「くじらのお宿一乃谷」を訪ねると、この日のノルウェー産は「尾の身」の刺し身。しょうゆをはじくほど脂が乗って、かみごたえがある。味はマグロの「トロ」のようだ。
同じく刺し盛りの皿に並んだのは、定番の赤身やベーコンのほか、胃袋や歯茎など。こちらは日本の調査捕鯨で捕った南極海産クロミンククジラだったが、やはりくさみはまったくない。大将の谷光男(64)は「野生動物だから、品物は毎回ちがう。それを見極めて手順を踏めば、くさいほうがおかしい」と話す。
志水によると、鯨肉の味は解凍に左右されるといい、保存も含めた技術の向上で、以前よりはるかにおいしくなっている。ノルウェーのように熟成を手がける卸売業者もある。
商業捕鯨の再開で、日本の鯨肉生産量は減ると見込まれる。漁が排他的経済水域(EEZ)に限られ、年間300頭以上のクロミンククジラを捕った南極海から撤退することが大きい。志水の試算では、年間生産量は約2400トンから約1520トンに減る。味が良いと人気のミンククジラやクロミンククジラは約1400トンから約400トンに激減する。
農林水産省の食料需給表によると、国内の鯨肉消費量は年間3000~5000トン。もともと国内生産だけでは不足しており、ノルウェーやアイスランドからの輸入肉でまかなう。ミクロブスト社も1980年代に一時中断した日本への輸出を2008年に再開し、18年は150トンほどを輸出した。ノルウェーで生産される鯨肉の4分の1にあたる量だ。(つづく)