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パリ在住50年。国際派俳優のパイオニアは、いまだ旅の途上  笈田ヨシさんインタビュー<前編>

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笈田ヨシさん=伊ケ崎忍・撮影

人をカテゴライズする枠がたくさんある日本

映画『駅までの道をおしえて』は伊集院静さんの短編小説を原作とした、心温まるファンタジックな映画だ。笈田さんが演じるのは、主人公の少女と世代を超えて心を交わし合うジャズ喫茶のマスター。橋本直樹監督の「典型的な日本映画・ドラマのおじいさん役には当てはまらない人」という希望から、笈田さんがキャスティングされた。実際、映画を見ると、「おじいさんと子ども」というような甘いテイストはないのが印象的だ。

「なんだかみなさん、そう言ってくださいましてね。逆にそのことで僕は『そうか、普通、年寄と子どもというのは壁があるものなんだなと気づいたんです(笑)。日本では『年寄のくせに』とか『いい年をして』『年を考えなさい』などとよく言いますね。年齢、身分、それから社会的地位や名刺に書かれた肩書まで、とにかく人をカテゴライズする枠が非常にたくさんある。僕は35歳で日本を離れたので、たぶん年寄というものがどういうふうにあらねばならないのかというのが、よくわかっていないんですよ」

©2019映画「駅までの道をおしえて」production committee

国柄にこだわっていては仕事ができない

慶應義塾大学哲学科を卒業後、研究生を経て1961年に文学座に入所。その後、劇団四季に移り俳優として活躍していた68年、パリに旅立った。パリのオデオン座が、英国の演出家、ピーター・ブルックを招いて、イギリス、アメリカ、フランス、日本4カ国の俳優を集めてシェイクスピアの『テンペスト』をもとにした実験劇を行うことになり、日本人の俳優を探していたのだ。だが、当時のパリは五月革命のさなか。結局、公演はできなかった。ところが、2年後の70年、今度はピーター・ブルックがパリに国際演劇研究センター(CIRT)を作ることになり、改めて誘いを受けて本格的に拠点をパリに移した。

「いろいろなところで、いろいろな国の人と生活していると、自分の枠とか国柄とか、考えにこだわっていては仕事ができないんですね。できるだけ自分をオープンにして、人間としてのもっと本質的なところでつき合わなければ。特にピーター・ブルック主宰の国際グループで芝居を作るときにはそうです。何が人間の本質なのか、本質的な人間関係なのかという視点に立って演劇を作ろうとする場ですから。そのお陰で僕も、性別や年齢なども含めたバックグラウンドを考える癖がなくなったのかもしれません。もともと禅の教えから来ているそうですが、「無一物(むいちもつ)」という言葉がありますね。そうでありたいと思うんです。人間は本来、何も持っていないはずなのだけれども、人生を過ごすうちにいろいろなものを持っているような気になってしまう。でも身についているのは、実は垢ばかりであったりするんです。外国人と仕事をすればするほど、何が人間の本質なのかということを自問自答するようになります。そして結局それは、つけ加えて得るものではなくて、余計なものを削ぎ落として、削ぎ落として見えてくるものなのだとわかってきた気がするんです」

笈田ヨシさん=伊ケ崎忍・撮影

たとえば、この映画にも犬が登場するが、そうした犬など可愛い動物を前にすると、ありのままの自分になって可愛がることができる。ところが、人間社会に戻るとそうはいかない。

「家では『お父ちゃん』の顔になり、会社に行けば『課長』の顔になり、たとえば動物と無心に触れ合うときのような純粋な心持ちが隠れてしまいます。もちろん人間は社会で生きて飯を食っていかなきゃならないから、「私は○○です」というものをいろいろと着なければならない。それは仕方ないのだけれども、でもなるべくそうしたものを脱いで、肩書や道徳や宗教などに縛られない生き方をすれば、もっと素晴らしい人間関係が築けるのではないかと思います。演劇にしたって同じです。ライトがあったり装置をこしらえたり、衣裳を考えてみたり、演出で水を垂らしてみたり、木を燃やしてみたり、いろいろとやりますが、でも演劇の本質というのは、人間と人間の関係をもってある。今回の映画も、お客様が人間と人間、人間と動物の間の純粋な心持ちに触れて、我々にはそうした素晴らしい能力があるのだということを感じてくださったら嬉しいですね」

次回は10月19日、海外で仕事をする時の本質的な人間関係をどう築き上げるのかについてのお話です。