ホームレスだけど、留学できますか? 学生の問い、学校が出した答えは

2017年3月のこと、米フロリダ州にあるマイアミ・デイド・カレッジのグローバル教育ディレクター、キャロル・レイエスは学生たちに留学の利点を伝えようと「サミット」と名付けたイベントを立ち上げた。
「学生たちの教育にとって、現地体験を通して学ぶ技能、その他さまざまな面で留学がいかに重要か、私たちはそれを説明したかった」と彼女は振り返った。
「サミット」当日の午後、彼女は学生寮で、ある女子学生に出会い、彼女を誘った。「私は言ったの。『無料の夕食会があるの』って。学生たちは無料の食事が大好きだから」とレイエス。
学生は出席すると言い、しばらくして、その年の夏に予定されていた留学クラスの一つに参加してみたいと思うようになった。会話の最後に、学生はレイエスにこう打ち明けた。「ところで、私はホームレスなの。それって問題になる?」
レイエスはちょっとたじろいだ。16万5千人もの学生が在籍する2年制のマイアミ・デイド・カレッジ。学士課程に編入することもできるが、学生の中に困難な家庭環境で勉学に励んでいる者がいるのは別段珍しいことでもなく、レイエスもそれは分かっていた。しかし、ホームレスがいるとは理解していなかった。
この女子学生は、マイアミに拠点を置くNPO「Educate Tomorrow」の支援で通学している。同NPOはマイアミ・デイド・カレッジの8カ所のキャンパスに通う学生約400人を指導し、学業・生活の支援をしている。
「みな里親家庭や仮住まいを繰り返していたり、祖母に育てられたりした学生たちです」と同カレッジのEducate Tomorrowプログラム責任者のウェンディ・ジョセフは言った(プログラムの対象学生は学費が免除される)。
レイエスは、学生たちが留学できるようなプログラム作りをEducate Tomorrowに働きかけた。彼女はその後、ダートマス大学の大学院で研究するためマイアミ・デイド・カレッジを去ったが、留学プログラムは「Educate Tomorrow Abroad」として実現し、19年で3年目を迎えた。このプログラムは、留学対象となった学生の旅費を負担する。飛行機代はデルタ航空が協力して提供する。
「Educate Tomorrow Abroad」は19年の夏が終わるまでに9人の学生を欧州と中米の研究旅行に派遣することにしている。17年の「サミット」に参加し、同年夏の「環境クラス」でコスタリカに行ったあの女子学生もそのうちの一人だ。
マイアミ・デイド・カレッジが18年に実施した学生派遣の一つは「英語クラス」で、その名も「文学入門:『ハリー・ポッター』から『ゲーム・オブ・スローンズ(GoT、訳注=ジョージ・R・R・マーティンの幻想小説シリーズを原作としたテレビドラマ)』まで」と題して、ミレニアル世代の心をつかんだ。登録した15人の学生の中に、「ハリー・ポッター」と「GoT」の熱狂的ファンと自称するローバリー・プリバート(23)がいた。
6週間のこの夏季クラスはロンドン、エディンバラ、ベルファスト、ダブリンを巡る12日間のツアーを中心に組まれた。プリバートはハイチ生まれで、幼少期のほとんどを里親の元で過ごした。子どもの頃マイアミに来たが、飛行機に乗ったのはそれ以来だった。「最初は怖かった。生まれて初めての体験のようだった」と語った。
しかし、「ゲーム・オブ・スローンズ」の撮影に使われた城(ツアーで立ち寄ったウィンザー城はもちろん)を見学し、スコットランドの湖でヨットに乗り、J・K・ローリングが「ハリー・ポッターと死の秘宝」を書き上げたエディンバラのバルモラル・ホテルのスイートルームを訪ねたら、彼女はまるで「ホグワーツ(訳注=「ハリー・ポッター」シリーズに登場する魔法魔術学校)の1年生」のように、すっかり魅せられてしまった。
「テレビドラマや映画でこういう場所を見て、その後、現実にその場所を見ると、あまりにも違っている」とプリバート。Educate Tomorrowの学生としてマイアミ・デイド・カレッジを卒業(準学士)し、目下学士号を取得しようと4年生への編入を目指している。18年夏のツアーは彼女にとって「人生の一大転機だった」という。
それこそ留学の成果といえるが、コミュニティーカレッジ(訳注=マイアミ・デイド・カレッジのような公立の2年制大学)の学生には、ホームレスであろうがなかろうが、留学のチャンスはまずない。
米NPO「Institute of International Education(国際教育研究所)」によると、16~17年に留学した米国人学生は33万2千人以上を数えたが、コミュニティーカレッジの学生は、そのうちのわずか2%に過ぎなかった。2年制に通う学生の多くは学業のかたわら仕事にも就いていて、低所得家庭の出身者であることが理由の一つだ。
それでもコミュニティーカレッジは国際的な教育の機会を増やそうとしている。米国教育協議会(ACE)の16年の研究調査によると、全米のコミュニティーカレッジの31%が留学資金を提供していた。24%だった11年に比べ、かなり増えた。
マイアミ・デイド・カレッジでも留学の機会が増えている。同カレッジの学生だったNaf Luyeye Makabuは、チャンスをうかがっていた。Makabuはコンゴ共和国で生まれ、12年に米国に移住した。米国に来て、親族と2年間暮らしたが、彼と米国生まれの母と2人のきょうだいは家を追い出され、余裕のかけらもない小さなアパートで青春時代の大半を過ごした。
Educate Tomorrow Abroadのことを耳にして、彼は飛びついた。海外での勉強のチャンスが与えられ、プリバートと同じ「英語クラス」を選んだ。
「よその国々がどのように機能し、管理されているのか、この目で見ることができたのは素晴らしい体験だった」とMakabuは話した。特に彼の印象に残ったのはロンドンの地下鉄だった。「マイアミには地下鉄がないから」と笑って答えてくれた。
Makabuは21歳。現在フロリダ国際大学で国際ビジネスを専攻し、学士号を得たいと思っている。卒業したら?
Makabuは「ロンドンに住みたい」と言った。
プリバートもMakabuも、今は以前より安定した暮らしをしているが、幼少期にマイアミに来てからというもの、旅とは無縁だった。しかし、すぐに海外で適応できたのは、一つにはEducate Tomorrow Abroadがツアー前にパスポートの準備や時差ボケ対策といった細かなことをしっかりとオリエンテーションで教えてくれたからだ。
それだけではなく、担当者は彼らの人生経験についてもあれこれ論じるのだ。
「あの学生たちが直面してきたさまざまな困難を想像できる?」。マイアミ・デイド・カレッジ国際教育事務局長のリザ・カルバホはそう問うた。「そんな彼らが、こうした国際経験の機会を得るところを?
私にとっては、実に素晴らしく、感動的なことだ」と言った。
同カレッジのEducate Tomorrowプログラム責任者のジョセフは「彼らには、同じような経験を持ち合わせていない学生たちにはないであろう根性が備わっている」と語った。(抄訳)
(John Hanc)©2019 The New York Times
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