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成長続けるインド。でもそのデータ、信用できますか?

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
FILE -- An assembly line at a scooter factory in Bangalore, India, April 24, 2019. The Indian government's official data shows the economy expanding 7 to 8 percent a year, rivaling or exceeding China. (Rebecca Conway/The New York Times)
インド南部のベンガルール(バンガロール)にあるスクーターの組み立て工場=Rebecca Conway/©2019 The New York Times。ベンガルールは「インドのシリコンバレー」とも呼ばれ、ハイテク産業が集積していることでも知られる

インドの首相ナレンドラ・モディは5月(訳注=投票は4月から5月にかけて実施)、総選挙で再び勝利を収めた。首相の市場志向の経済政策に対する強い支持が勝利につながったとみられる。だが、第1次モディ政権下における経済成長あるいは失業の程度については、意見の一致がほとんどみられない。

インド政府の公式データは、2014年にモディが政権を握って以来、年7%から8%の経済成長を遂げたことを示している。中国の経済成長率に匹敵するか、それを超えるペースだ。しかし、モディ政権下での統計プロセスの変更、とりわけ雇用の増減を追跡する統計プロセスの変更が政治的干渉の疑いやデータの質に関する疑問をかき立てた。

新しい全国雇用調査が昨年の早い段階で発表されることになっていて、経済成長の再評価に使われるはずだったが、発表は再三にわたって延期された。そのことが今年1月、政府の上級統計官2人の辞任を誘発した。調査結果の一部がインドの新聞「ビジネススタンダード」にリークされたが、それによると失業率は6.1%で、過去の報告より2倍以上も高かった。2011年から16年までの労働省の調査だと、失業率は3%以下だった。

誰のデータを信頼するかという大きな問題がある。

経済学者たち、特に学界の経済学者は政府の統計を強く疑っている。「(政府当局は)データ収集のプロセス全体を政治化してしまった」とジャワハルラル・ネルー大学の経済学者ジャヤティ・ゴシュは言う。「もう誰も数字を信じていない」

議論の中心は、統計方法の変更だが、それは実際には現在の政治とほとんど関係がない。この変更はモディの前の首相マンモハン・シンが承認したもので、国連やIMF(国際通貨基金)など多国間機関がそれを近代化として後押しした。

何十年間にもわたり、インドは簡単なアプローチをとってきた。政府は各種の製品やサービスの量を集計。それは広範なサンプル調査で、政府はそうした製品やサービスの見積価格を使って成長を計測してきたのである。

米国など世界中の国々が、かつてはこの方式のバージョン(複数)を使っていたが、先進国の多くは過去数十年の間にそれを捨て去った。この方法に基づく経済成長統計は価格の見積もりに大きく依拠している。たとえば、自動車の台数を数えるとすると、製造業者がより高級なエンジンや革製のシートを追加して車の製造費用をさらに多く請求することで生じる経済の成長分を見逃してしまう可能性がある。

インドが採用した新方式は、政府に報告された財務データに依拠している。インドの法人企業90万社の財務結果を査定して国の経済活動全体を見積もる。インドは、途上国としては初めてこの方式を採用した国の一つだ。

ところが、インドには小規模なビジネスがたくさんあり、そうしたところは数年前まで、ほとんどが現金決済で運営されていた。農業分野を含むいわゆるインフォーマル経済がこの国の経済生産高の半分近くを占めているのだ。この新しい統計方式は、インフォーマル経済が法人企業と並行して上昇したり下降したりすることを想定している。

ほとんどの場合、それは公正な想定だとプロナブ・センは言っている。彼は長年にわたって公務員の職にあり、インドの経済統計を監督し、2016年に退職する前に新方式の導入を担当した。だが彼が言うには、小規模ビジネスはモディ政権下におけるいくつかの大きな構造的な変化に対処し難い。

「法人企業インドは、とてもうまくやっている」とセンはニューデリーの南西部にある自宅で語り、「インド経済の約45%を占める非法人インドは、そうではない」とも指摘した。

モディは2016年11月、突然、高額紙幣を廃止する措置をとった。だが、脱税者を捕まえる方策はおおむね失敗だった。大企業は取引を容易にするため顧客にクレジットカードや銀行間の電信振替を要請することで対応することができた。しかし、現金決済に頼る小規模ビジネスは何カ月も深刻な混乱を被った。

それから7カ月後の2017年夏、単一の付加価値税が導入された。課税対象の所得の監視を強化する目的もあった。この新しい税金は17州の州税および国税の迷宮に取って代わるもので、企業と徴税人との間に広く横行していた賄賂をかなり抑え込む効果があった。大企業には、変更や政府の不具合だらけのソフトウェアに対処するための専門家を雇う余裕がある。だが、中小企業は調整に苦労したし、いまだに苦闘している。

政府の経済統計は、改革による影響の度合いが企業規模の大小によってどの程度違ってくるかについては測定していない。モディの作戦では、複雑な官僚主義からビジネスを解放する努力を部分的に行ったものの、インフォーマルな経済部門の健全度を測る重要な指標となる過去2年間の失業に関するデータは用意しなかった。

インドのデータをめぐる紛争は、深い不信感をかき立てた。経済学者や社会学者計108人が3月、モディ政権は悪い知らせを抑え込んでいると主張する文書に署名したことなどがその一例だ。「実際のところ、政府の実績にわずかでも疑問を投げかけるような統計は、怪しいイデオロギーに基づいて隠されているようだ」と同文書は指摘する。

モディ政権の経済政策委員会は、失業に関する調査データ――依然として未発表――はさらに再検討する必要があると主張してきた。同委員会の最高執行責任者で、モディが任命した最高幹部の一人アミターブ・カントは、「インドはたくさんの雇用を創出してきたが、質の高い雇用は生み出していない」と言っている。

ビジネススタンダード紙が報じたように、失業率が倍増したかもしれないという報道は論争に火をつけた。モディのビジネス関係者の一部は、失業が(統計上)どのように記録されるかについてさえ疑問に思っている。

「我々は、雇用の神話をバカみたいに追いかけ回している」とShailesh Haribhaktiは言う。ムンバイの会計士で資本家でもあり、計16社の取締役の任にある。「世界は、従業員を午前9時から午後5時まで働かせ月単位で給料を払うといった従来のやり方から脱して進んでいるのだ」

引退した元公務員のセンは、配車サービス「ウーバー」の運転手のような個々の仕事に対して直接報酬が支払われる労働者は(統計上)適切に数えられていると信じていると言っている。彼の話だと、失業が急増したとされることについての最も可能性がある説明は、小規模ビジネスの多くが2年前の通貨見直しによる混乱からいまだに立ち直れていないという説明だ。

では現在、本当の経済成長率はどうか?

センは、当てずっぽうはしたくないと語った。(抄訳)

(Keith Bradsher)©2019 The New York Times

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