日本アンガーマネジメント協会代表理事の安藤俊介(47)が講師を務める入門講座をのぞいた。
「アンガーマネジメントとは、怒らないようにするものではありません。怒るべきことは上手に怒る。怒る必要のないことには怒らない。その線引きができるようになることをめざしています」
そんな説明で始まった講座は、グループに分かれた受講者に「ここ1週間で頭にきたこと」などを話し合ってもらいながら、怒りのメカニズムと対処方法を解き明かしていく。
安藤はこう定義する。「怒りとは、先制攻撃ではなく、攻撃されたという防衛感情。そして私たちを怒らせるものは、特定の誰かや出来事ではなく、『こうあるべきだ』と信じている自分の理想と現実のギャップだ。出来事を自分の価値観をもとに意味づけし、『許せない』と感じたときに怒りが生まれる」
米国で1970年代に開発されたアンガーマネジメント。米国では暴行事件の加害者矯正プログラムをはじめ、ビジネスやスポーツの世界でも広くとり入れられている。
安藤がアンガーマネジメントに出あったのは、ニューヨークの駐在員だった2003年。ファシリテーターの資格をとって8年前に日本支部を立ち上げた。当初は米国の教材を使っていたが、人種差別など「日本ではピンとこない人が多いテーマ」があり、今はほとんどが日本向けの独自のものだ。
講座は90分3000円の入門講座から、2日間16時間で16万円のファシリテーター養成講座まで。アンガーマネジメントは日本でも広がり、暴行事件を起こした元プロサッカー選手や、職員に怒声を浴びせた兵庫県明石市長も学んだ。12年に8500人ほどだった受講者は、18年には25万人弱にまで増えた。研修にとりいれる企業も三井物産や日本交通など3000社を超える。
米国ではアンガーマネジメントを教える団体も複数ある。個別カウンセリングを受けている人も多く、浸透している。日本は受講型がほとんどだ。安藤は「自己主張が強い米国と比べ、日本はため込む人が多い。その一方で『逃げるのは卑怯』という考えも根強い。『和をもって貴しとなす』の言葉どおり、雰囲気を重視し、忖度する。怒りをため込むと、自傷行為ややる気の喪失など自らへの攻撃になってしまう。怒りは社会を変える原動力にもなる。日本人はもっと怒った方がいい」と訴える。
16年から毎年、アンガーマネジメントの研修を続けているセイコーエプソン(長野県諏訪市)。総務部長だった土田英文(56)が「パワハラ撲滅に生かせるのではないか」と考え、社長に直談判して社内講座を始めた。役員には年1回の受講が義務づけられ、管理職約400人も研修を必ず受ける。
一般社員への義務づけはしていないが、社内で募集すると、数分で満席になるほどの人気だという。「当初、受講を希望するのは職場でのパワハラが理由ではないかと思っていたが、実はそれぞれに子育てや介護、夫婦・家族関係でのイライラを抱えていた」
企業におけるアンガーマネジメントについて土田はこう話す。「怒りのコントロールは、異なる価値観、多様性を認め合うことにつながる。いかに組織をかたちづくるかのヒントになる」
■アンガーマネジメントの考え方
怒りを感じたら、どうすればいいのだろうか。日本アンガーマネジメント協会は「衝動のコントロール」「思考のコントロール」「行動のコントロール」の3段階を踏むよう勧めている。
怒りの「衝動」があったときには「6秒数える」。怒りの感情が続くのは長くて6秒だといい、「怒りの科学」で見た前頭葉が働きだすまでの時間と一致する。
同じような出来事でも、怒る人もいれば怒らない人もいる。同じ人でも怒るときと怒らないときがある。その人の価値観によって、「許せる」「まあ許せる」「許せない」という3分類があり、怒りやすい人ほど「まあ許せる」ゾーンが狭い。このゾーンは、同じ人でも、その時どきで狭まったり広がったりして一定ではない。例えば「待ち合わせの時間」。「5分前」に来るのが「まあ許せる」と感じる人は、「時間ちょうど」に来た人にもいら立ちを感じるかもしれない。この伸縮する「まあ許せる」ゾーンを、なるべく大きくするのが「思考のコントロール」だ。
どう考えてみても「許せない」場合は怒るべきだが、その際に重要なのが「行動のコントロール」だ。
怒りを感じた状況を自分で「変えられる」か「変えられない」か、それは自分にとって「重要」か「重要でない」かに振り分けていく。「変えられる×重要でない」「変えられない×重要でない」ものなら、怒るだけムダなので後回しにするか放っておく。渋滞で商談に遅れるといった「変えられない×重要」の状況なら、怒るのではなく代替案を探る。「変えられる×重要」なものは、いつまでにどう変えるかを考えればいいということになる。