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怒りは生存に必要な感情だ このやっかいな気持ち、科学的にみると

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脳科学から見ると「怒り」とはどういうものなのだろうか。脳研究の専門家に聞いて探った。

「下等動物にもある本能で、動物が生きていくためになくてはならない、最も重要なものです」。自然科学研究機構生理学研究所の名誉教授、柿木隆介(66)はそう説明する。

自然科学研究機構生理学研究所の柿木隆介・名誉教授=星野眞三雄撮影

怒りの感情は、脳内の「大脳辺縁系」というところで生まれる。サルやイヌ、トカゲのような動物にもある原始的な部分で、怒りや不安、恐怖といった感情や本能をつかさどる。

柿木は「命を脅かされる危機に直面したときには、戦うか逃げるか、一瞬で判断し行動しなければならない。怒りが発生すると、アドレナリンやノルアドレナリンが大量に分泌され、ブドウ糖や酸素を全身に送ろうと脈拍を速くして血流を増やし、『火事場の馬鹿力』が出るのです」という。

そうして発生した怒りを抑えるのが「前頭葉」だ。前頭葉は、人間やサルのような高等動物で発達しており、怒りなどのコントロールのほか、理性的な判断や論理的な思考といった役割を担っている。柿木は「本能を抑えなければ円滑な集団生活を送れないようになり、人間は前頭葉が大きくなった。サルもある程度大きいが、人間が動物の中では突出して発達しています」と話す。

前頭葉の役割は、19世紀半ば、フィネアス・ゲージという米国人の前頭葉に鉄の棒が突き刺さる事故があったことで明らかになっていった。前頭葉の損傷後、穏やかだった彼がすぐに怒りやすくなるなど性格が変わってしまったからだ。
つまり、人間の脳内では、動物の本能として備わっている「怒り」が大脳辺縁系で生じ、それを「理性」や「知性」をつかさどる前頭葉で抑制するという構図になっている。

ところが、瞬間的に発生する怒りに対して、前頭葉が働くまでには少し時間がかかる。実験から、怒りが生まれてから4~6秒で前頭葉が活発に動き始めることが分かった。「カッとなっても、少し間を置けば落ち着きます」

また前頭葉は、運動機能を担う「小脳」や記憶をつかさどる「海馬」と並んでアルコールに弱い部位の一つだそうで、柿木は「酔っ払って抑制がきかなくなり、暴れてしまう人がいるのはそのせいです」と説明する。

生存のために必要な怒りを、社会で生きていくためにコントロールする――。怒りのメカニズムは、いかにも人間らしいといえる。