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怒りは票になる 右翼も左翼も壮絶な「怒れる人々」の奪い合い

World Now 更新日: 公開日:
スペイン左翼政党「ポデモス」党首のパブロ・イグレシアス(左)と、今回の総選挙で躍進した新興右翼政党「VOX」党首のサンティアゴ・アバスカル=ロイター

人びとの怒りをエネルギーにしようとする政治家。怒りは票になる。だがそれはうつろいやすい。左右の勢力が攻守所を変えるスペインやギリシャで、そんな怒りと政治の関係が見てとれる。

「今日の『怒れる人びと』は、極右の人びとなのかも知れない」。スペインの左派ポデモス系の前議員マノロ・モネレオ(68)は4月下旬、総選挙を前にそう話した。モネレオは元共産党幹部で、ポデモス党首のパブロ・イグレシアスも慕う。2011年5月、緊縮財政や体制に不満を募らせた若者らが首都マドリードの広場を占拠した「インディグナードス(怒れる者たち)」運動から14年のポデモス結成までを間近に見てきた人物だ。人びとの怒りはポデモス側にあったのではなかったのか?

モネレオは答えた。「ポデモス結成からの4年で国が変わった。その要素の一つがカタルーニャ問題だ。国家の統一性が壊れる可能性が生じ、政治的アジェンダが一変してしまった」

ポデモス系のマノロ・モネレオ前議員

その言葉を裏付けるように、選挙運動最終日の4月26日夜、マドリードのコロン広場で開かれた右翼政党ボックス(VOX)の集会は「スペイン万歳!」の連呼と、打ち振られる国旗で熱を帯びていた。1975年まで36年間、フランコ総統による右翼独裁が続いたスペインでは極右は敬遠され、国旗を自宅に掲げることもはばかられる空気があった。ところが、「超国家主義」とも形容されるVOXが今回、一挙に24議席を得て初めて国政に進出した。

広範な地方自治が保証されているスペインのなかでも経済的に豊かなカタルーニャ自治州には、独立を望む声がかねてあり、17年に独立の是非を問う住民投票が実施された。この動きに対し、ポデモスは独立派との「対話」を重視したが、VOXは独立派を敵視し、その他の政党を含めてスペイン社会を二分する対立軸が生まれた。

選挙戦最終日にマドリードのコロン広場で開かれたVOXの選挙集会

シンクタンク・欧州外交評議会のホセ・イグナシオ・トーレブランカ(50)は「カタルーニャ地方の政治家は、経済危機や政治体制への人びとの怒りを、独立主義へと巧みに誘導した。しかし住民投票を強行したことで、今度はその他のスペイン全土から怒りを買った。それが今回勢いを得た国家主義だ」と話す。

攻勢のVOX、守勢のポデモスだが、怒りから来る「変化への期待」を浮揚力にする点では共通しているとジャーナリストのマルタ・ガルシア・アレール(38)は言う。「5年前はポデモスがシステムへの反乱を約束したが、今は極右がそれを約束する」。VOXの候補者だったイヴァン・ヴェレーズ(47)は「特に地方の人びとは見捨てられていると感じていて、変化を求めている」と話す。

移民排斥問題などで怒りや不満をあおるポピュリズムは右派の得意技だった。座視できなくなった左派も、若者や高齢者の怒りをすくい取り、一つの勢力にまとめて参加型の政治を促すことで民主主義を深化させようと戦術を転換している。政治理論家シャンタル・ムフが言う「左派ポピュリズム」だ。アプローチは異なるが、左右両派が人びとの怒りを奪い合う構図といえる。

ムフの著書の翻訳も手掛ける立命館大学准教授の山本圭は「一般に、短期的にはポピュリズムの効果は大きいかも知れない。だがその後は別だ」と言う。モネレオも「政治には結果がついて回る。運動や政党づくりと政治を行うことは話が違う」と話す。……

ギリシャの急進左翼進歩連合(シリザ)も、政権をとった後は逆風にさらされている。財政危機で欧州連合(EU)に課された緊縮策に反対することで支持を得たのに、現実の国政運営ではEUの新たな支援と引き換えに緊縮策を受け入れた。テレビコメンテーターのアリス・ポルトサルテ(55)は「前の怒りは終わった。今の怒りはシリザに向けられている」と言う。

「北マケドニア問題」もそうだ。旧ユーゴスラビアの小国の国名に、ギリシャの英雄アレクサンドロス大王の古代王国「マケドニア」を残すことをギリシャ政府が認めたことを指す。極右政党「黄金の夜明け」の国会議員イリアス・カシディアリス(38)は「政治家らの腐敗への怒りも大きいが、マケドニアの名をスラブ民族に与えたことへの怒りも大きい。この二つの怒りが我々への支持につながっている」と指摘。7月にも実施される総選挙では、シリザは野党に転落し、「黄金の夜明け」は連立与党に名を連ねる可能性が取りざたされている。

黄金の夜明けの国会議員で、党旗の前に立つイリアス・カシディアリス

市民はどう見ているのだろう。復活祭前のチャリティーに参加していた空軍勤務のトマス・パパディミトリウ(49)は「怒りを利用するのは政治家の常。ヒトラーもそうだった」と言い、さらに続けた。「コインの裏表のように、政治家は怒りを利用するが、私たちからすると弱点を利用されることで嬉しいことではない」