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ソウルの光化門広場に作られたセウォル号のリボン「忘れません」

東亜日報より
13日、ソウルの光化門広場で開かれたセウォル号事故5周忌記憶文化祭で市民らが黄色の傘を使って大きなセウォル号追悼のリボンの形を作った

「セウォル号事故のような事態が起こった時、人を助け出せるよう、応急救助士の資格を取得しました」

セウォル号事故犠牲者の5周忌を目前に控えた13日、ソウルの光化門広場で開かれた「セウォル号5周忌記憶文化祭」で、チャン・エジンさん(23、女性)は少し興奮した顔つきで、こう話した。明るい茶髪のボブカットに、黄色いフード付きTシャツを着た、まだあどけなさの残るチャンさんは、5年前の「あの日」、セウォル号に乗っていた京畿道安山市の檀園高校2年生の一人だ。

チャンさんは今年2月、東南大学応急救助科を卒業した。セウォル号事故の前までは、将来の夢は幼稚園の先生だったが、事故後、応急救助士になることを決めた。昨年、応急救助士の資格を取得した。「病院に就職して経験を積んでから、消防公務員に志願し、危険に巻き込まれた人たちを救助したい」と話した。

この日チャンさんは、「記憶の品を受け取ってください」と、市民らに黄色いリボンと腕輪を配った。チャンさんに気付いた市民の中には「すっかり大人になったね」と声をかける人もいた。追悼式の間中、明るい表情だったチャンさんだが、演壇では「いつだって、再び大切な人を失う可能性はある」と、涙ぐんだ。

この日、光化門広場には市民2千人(警察推計)が集まり、犠牲者を追悼した。このうち約500人がリボンの形をつくって並び、黄色い傘を開いて大きなセウォル号追悼リボンを作った。先月撤去された「セウォル号テント」があった場所の一部に、ソウル市が設置した記憶の展示空間では、市民らが展示を見ながら犠牲者を追悼した。

会社員のウ・ウニョンさん(43、女性)は、「ワーキングママなので、週末も忙しいんですが、朝から二人の娘の手を引いて広場にやって来ました。犠牲になった子どもたちを追悼する場に、平凡な市民も来ているということを知らせたかった」と話した。会社員のパク・スジさん(30、女性)は「高校生たちが生きていれば、今ごろ大学生や社会人として春の楽しい時間を過ごしていただろうに、と考えると胸が痛みます。これからも毎年追悼式に参加し、彼らのことは忘れません」と話した。

遺族らはセウォル号事故特別捜査団を作り、全面的に再調査し、責任者を処罰するよう求めた。4・16家族協議会のチャン・フン運営委員長は「一度でも『早く脱出しろ』と声をかけていれば、304人全員が助かったはず。国民を保護し、救助すべき国家がそれをせず、むしろ妨害した」と主張した。

(2019年4月15日付東亜日報 コ・ドイェ記者、ク・トゥッキョ記者)

(翻訳・成川彩)