デンマークは国土約4.3万平方キロメートル、九州と同じぐらいの土地に約580万人、兵庫県と同じぐらいの人が住んでいる。マルグレーテ女王や皇太子家族が住むアメリエンボー宮殿は、外からは質素に見えるが、公開されている中を見ると、「王宮」にふさわしい美しさ、豪華さで、ひととき夢見心地にひたった。王室の財政規模は毎月1億円超。職員の人件費も含んでいるが、国の規模を考えると、とりたてて「質素」ともいいがたい。
街なかで、デンマーク人に話を聞くと、王室の評判はとても高かった。
「王宮から、フレデリック皇太子が車を運転して出ていくのを見たことがあるよ。王宮前広場にいた人たちに手を振ってくれた。彼らはデンマークを象徴する存在で、とてもオープンでもある」。そう話したのは、アマリエンボー宮殿前で衛兵の交代式を見ていたIT関連会社員ピア・ビアクさん(58)。20年前まで警察官として働き、王族や王宮の警備をしていた時もあった。
「彼らは王族なのですが、とても普通で社会にとても近い」と話すのは、女王に「謁見」する栄誉を得た裁判所職員、ティレーサ・ロン・トゥヤンさん(38)だ。
40年間、自宅を開放して地域の子どもたちの世話をしてきたヨナ・ベクデール・バーベスゴーさん(63)も女王に謁見し、長年の労をねぎらわれてメダルを授与された。王室を「非常に人間的で非常に気遣う人々」と絶賛しながら、自身の名前が縁に刻まれたメダルの写真を、送ってくれた。
確かに、デンマーク王室はメンバーがそれぞれ人間的で、身近な感じを受ける。特に、次期国王となるフレデリック皇太子とメアリー皇太子妃の「好感度」は抜群だ。記者が滞在中に、ホテルでテレビをつけると、音楽番組が放送されており、そこにフレデリック皇太子夫妻が登場していた。王室が主宰する音楽家を奨励するイベントで、夫妻が直接、若手音楽家を激励していたのだ。
王宮などの施設の開放度合いも際立っていた。滞在中、アマリエンボー宮殿で地元テレビ局によるドキュメンタリードラマの撮影がなされていたのだ。テーマは、マルグレーテ女王の父であるフレデリック9世の人生。今年の11月に、4回にわたり放送される予定だという。
日本でも皇室費に対して厳しい意見があるように、デンマークでも批判の声はある。世論調査会社の2013年の発表によると、君主制廃止賛成は13%。だが8割以上は君主制を認めていた。社会学者のエミリア・ヴァン・ハウエンさん(52)はこう言う。「デンマークの王室メンバーはみな慎み深い。そして多くの国民は、王室費が彼らの個人的な要求や行動ではなく、建物やデンマークのブランディングやマーケティングに使われていると知っている。王室はデンマークにとってとてもよいブランドなのだから」
また、コペンハーゲン大学のイェス・ファブリーシユス・ムラ准教授(52)から、王室の役割について、興味深い話を聞いた。「デンマーク人にとって、『平等』はとても大事な価値観の一つで、社会的、経済的に非常に平等な社会になっている」。そして一見矛盾するようだが、この平等社会の形成に、王室がかかわっているというのだ。
デンマークでは1924年に社会民主党が政権をとり、数年の期間を除いて82年まで国政を担い、平等社会の実現に貢献したと言われている。1940年にナチス・ドイツに占領されると、当時の国王でマルグレーテ女王の祖父クリスチャン10世は政権とともに、国土を戦場にせずに国民を守る方策を探った。
結果、国民は占領下で重苦しい時期を過ごしたが、国土や国民の多くを失うことは避けられた。5年間の占領期に、クリスチャン10世はコペンハーゲンをひとり馬に乗って巡視し、市民を勇気づけたと言われる。マルグレーテ女王がこの世に生を受けたのは、40年4月16日、ドイツ軍の攻撃を受けて降伏した7日後。その成長のニュースは国民を明るくし、文字通り「希望の光」となった。
ここで、日本で話を聞いていた北欧史に詳しい早大文学学術院名誉教授の村井誠人さん(71)の言葉を思い出した。
デンマークには日本のような「芸能界」がなく、王室はいわば芸能人のような存在なのだという。人々は、格式張らないゆったりとした生活様式を楽しむ。「王室が外国の貴族や王族たちを招いたガラと呼ばれる盛装パーティーを開くのを、国民は見て楽しみます」。それは「自分たちの代わりにやってくれている」という感覚なのだという。平等社会に例外として存在する王室。それは、一般市民の欲望や誇りを、ある意味満たす役割も果たしているのかもしれない。