■「おことば」に重なる女王の退位演説
オランダとベルギーの退位は13年、スペインは14年。いずれも国王や女王がテレビで国民に退位の意思を語りかけ、次の代の新国王に引き継いでいる。
オランダのベアトリックス女王は13年1月、75歳の誕生日に際してのテレビ演説で退位を表明し、「人々に寄り添い、悲しみをともにし、喜びや国の誇りを分かち合えたことは、本当に貴重な体験となりました」と語った。
3年後の16年8月8日に天皇陛下がビデオで退位の意向をにじませた「おことば」を語った際に「この間私は、我が国における多くの喜びの時、また悲しみの時を、人々と共に過ごしてきました」と述べた言葉と共鳴している。欧州政治に詳しい水島治郎千葉大教授は「明仁天皇がテレビを通じた国民への『おことば』という意思表明手段を用いた背景には、欧州の友人の国王や女王たちの先例が念頭にあったのではないか」とみる。
13年4月30日にアムステルダム中心部の教会で開かれたオランダの新国王即位式には、日本から皇太子ご夫妻が出席した。母のベアトリックス女王から王位を継いだ長男のウィレム・アレキサンダー皇太子は当時46歳。若い新国王は燕尾服に勲章を着用し、上院議長の司会で右手の指2本を立てて、即位の宣誓を行った。
皇太子ご夫妻に同行取材した私は、即位式会場近くのプレスセンターで同時中継の映像を見ていた。国王が、国会議員や世界の王族の前でこう演説したのを聞いて、その「民主的」な中身に、少なからず驚いた。
「オランダの君主制は議会民主主義と密接に結びついています。民主主義は市民と政府の相互信頼にもとづいており、公職者は国民の信託にこたえ、貢献しなければなりません」「私は国王として、市民と政府の相互信頼の絆を強め、民主主義を維持し、公益に貢献します」
会場は教会だったが宗教色は薄く、世襲の国王なのに選挙で選ばれた大統領の就任演説を聴いているような印象を受けたのだ。
オランダという国の成り立ちを考えると、納得がいくところもあった。16世紀末にスペインから独立した当初は世界で貿易する商人による共和国だったが、19世紀はじめにドイツに起源をもつオラニエ・ナッサウ家を王室とする君主国となり求心力を強めた。その伝統をうかがわせるような即位式ともいえた。
■君主制が次々消える欧州、王室存続のために
教会すぐ隣のダム広場には、王室のシンボルカラーのオレンジ色のTシャツを着たり、王冠を模したかぶりものを頭に着けたりした2万人以上の人々が詰めかけ、巨大スクリーンで中継された式典を見守った。広場を見下ろすダム宮殿のバルコニーに、国王夫妻と退位したばかりのベアトリックス前女王、さらに3人のかわいい王女たちが姿を現し、一家で手を振ると、大歓声が巻き起こった。
欧州で国民の支持を重視する王室は、オランダに限らない。ノルウェーは1905年にスウェーデンから独立する際、デンマークの王子だったホーコン7世を国王として迎えた。その際、国民投票により圧倒的支持を得て即位している。
フランスやロシアの絶対王制や専制君主が革命で滅ぼされ、2回にわたる世界大戦でドイツやイタリアなどの君主制が次々と廃止された。その中で現代まで生き残った欧州各国の王室は、人権や民主主義などの進歩的価値を認め、国民の支持を得るため積極的に公務をこなさないと、存立し得ない状況にある。
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