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中東に橋を架けるバレンボイムのオーケストラ、分断進むアメリカに公演に行く

ニューヨークタイムズ 世界の話題
米シカゴで2018年11月3日、「ウェスト・イースタン・ディヴァン管弦楽団」のリハーサルを指揮するダニエル・バレンボイム=Whitten Sabbatini/©2018 The New York Times
米シカゴで2018年11月3日、「ウェスト・イースタン・ディヴァン管弦楽団」のリハーサルを指揮するダニエル・バレンボイム=Whitten Sabbatini/©2018 The New York Times

指揮者のダニエル・バレンボイム(訳注:2018年11月15日で76歳)が、リハーサル室に入ってきた。
「みなさんと再会できて、すごく幸せです」と音合わせ中の演奏家たちに語りかけた。「とくに、入国が難しい旅券を持つ人が、ここ米国にやってくることができたことをとてもうれしく思います」
2018年11月初めのシカゴ・シンフォニーセンター。相手は、「ウェスト・イースタン・ディヴァン管弦楽団」の団員たちだ。中東の障壁を打ち破ろうと、バレンボイムが1999年に結成したオーケストラの最大の特徴は、演奏者の出身国・地域にある。イスラエルやパレスチナ、アラブの国々など、通常では考えられない構成なのだ。
しかも、今回は新たな障壁を乗り越えねばならなかった。トランプ米大統領の入国禁止令のせいで、シリアとイランの旅券を持つ何人かに入国ビザが出ない恐れが生じた。18年夏には、演奏ツアーそのものの実施が危ぶまれる事態に陥っていた。
結局は禁止令の適用は免除され、米国ツアーは実現した。そして、初演に向けたこの日のリハーサルとなった。曲目は、リヒャルト・シュトラウスの交響詩「ドン・キホーテ」。それは、同時に一つの設問のようにも思えた。
団員のすべての母国で演奏するというこの管弦楽団のささやかな願いは、間もなく結成20周年を迎えるというのに、いまだかなえられていない。自分たちは、風車に立ち向かうドン・キホーテのような存在なのだろうか――。
「みんなと一緒にいるときは、ドン・キホーテのようだとはまったく思わない」とバレンボイムは断言する。しかし、一緒にいないときに改めて問われると、「ドン・キホーテのようだと自分でも思う」。

世界の話題_中東オーケストラ_2
シカゴでディヴァン管弦楽団の米国ツアーに備える指揮者ダニエル・バレンボイム=2018年11月3日、Joshua Lott/©2018 The New York Times。シカゴ交響楽団の音楽監督を務めたことがあり、久しぶりの里帰りでもあった


そうであるかないかは別として、発足以来、数々の苦難を乗り越えてきたことは間違いない。99年にドイツ・ワイマールで開かれた音楽ワークショップが出発点となった。アルゼンチン出身のユダヤ人で、イスラエル国籍を持つバレンボイムが、親友でパレスチナ出身の米文学者エドワード・サイード(03年死去)とともに企画したものだった。
演奏活動はかつて、バレンボイムが欲したほどの論争は呼び起こさなかった(05年にはパレスチナ自治区ヨルダン川西岸のラマラで演奏会を開いたが、厳戒態勢が敷かれることになった。自治区での開催はこの1回にとどまり、イスラエルでは1度も開かれていない)。それでも、今では主要な音楽祭やコンサートホールに定期的に呼ばれるオーケストラとして定着している。今回の米国ツアーは、五つの都市をめぐり、ニューヨークのカーネギーホールにも登場。クラシック音楽専門のメディアが生中継もする。
この管弦楽団の基本理念は、単純に見える。演奏家の出身国・地域同士が長らく敵対してきたとしても、一緒に曲を奏でれば、理解し合えるようになるというものだ。しかし、時代は今、分断と分裂の流れが支配的になり、その理念は一層の困難に直面している。
中東の亀裂を抱える団員たちが訪れた米国は、差別や憎悪がむき出しになっている。東部ピッツバーグのユダヤ教礼拝所では、11人が犠牲となる反ユダヤ主義の事件が起きた(訳注=18年10月発生)。トランプ大統領に批判的な人々やメディアには、爆発物が相次いで送り付けられた(訳注=18年10月、容疑者拘束)。
ディヴァン管弦楽団は、もともと政治的な活動や平和運動をするために設立されたのではないことをバレンボイムは強調する。原点はあくまで、団員を始め、できるだけ多くの人々に対話を促すことだ。
「団員のシリア人とイスラエル人のチェロ奏者を隣り合わせにして、楽譜台を共有させる」とバレンボイムは、例をあげながら話し始めた。
「二人は何をするか。まず、管弦楽団全体の基準となるA(ラ)音にあわせてチューニングをする。よく音を聴かないといけない。さらに、演奏がちぐはぐにならないよう、楽器を弾く弓の動きを合わせねばならない。これを1日みっちり6時間。食事も、同じ食堂でとる。互いを見る目は、自ずと変わってくる」
「いつも、みんなには『ベートーベンをどう奏でるかでは一致してほしい』と頼む」とバレンボイムは言う。そして、こう付け加える。「相手の言うこと全てに同意しなくてもよい。ただし、それを理解するよう努め、敬意を払うようにしてほしい」
演目をきちんと仕上げるのは、なかなか骨が折れる作業だ。今回のリハーサルでは、バレンボイムは英語で話しかけた。必要なら、ドイツ語やスペイン語、フランス語も交えた。かなりの水準を団員に求めながら、温かみも示した。よいところはすぐにほめ、助言を与えることを忘れなかった。通しの演奏がうまくいくと、「素晴らしい。本当に素晴らしい」とたたえた。
団員の最年少は、まだ10代。最年長は、40代になっている。リハーサルでは互いをほめ、バレンボイムの叱咤(しった)が飛ぶと、視線を交わして励まし合った。
しかし、すべてが順調に進んできたわけではない。イスラエル側からも、アラブ側からも、非難される機会がむしろ増えている。中には、家族の冷たい視線を感じる団員もいる。国際情勢の生々しい現実が、影を落とすからだ。
例えば、06年にイスラエルが国境を越えてレバノン南部のヒズボラ(訳注=イスラム教シーア派系軍事組織)を掃討しようとした侵攻作戦。戦闘が拡大し、戦争と呼ばれるようになった。すると、いく人かのアラブ人演奏家は、この管弦楽団の活動に加わるのをやめた。参加するために移動すること自体が難しくなった(訳注=レバノンの主な空港・港は封鎖されていた)こともあるが、とてもそんな心境になれなかった人もいた。
レバノン育ちのチェロ奏者ナシブ・アマディエ(41)は、その一人だ。
「両親が空爆にさらされ、国が破壊されているのに、演奏ツアーに加わる精神状態になりようがなかった」と今はドイツで暮らすアマディエは振り返る。「ツアーであちこちを回り、ベートーベンの第九を弾くなんて、あまりに現実離れしたバラ色の世界に見えた」 今回のシカゴ訪問は、バレンボイム自身について言えば、里帰りという側面もある。ディヴァン管弦楽団と合流する前に現地入りし、シカゴ交響楽団を指揮して喝采を浴びた。06年にこの交響楽団の音楽監督を退任してから、初めての復帰だった。
辞めたときは、不和説もささやかれた。しかし、本人はこれを否定する。辞めるなら、きっぱりと別れるべきだと考えたと話す。加えて、日程が立て込んで、足が遠のいてしまった。ベルリン国立歌劇場の音楽総監督やシュターツカペレ・ベルリンの首席指揮者を務め、さらにピアニストとしての自分の演奏会も入ってくる。しかも、ベルリンでは、自分とサイードの名前を冠した音楽アカデミーの立ち上げまで手がけた。だから、客演指揮者として登場するのが珍しいのもうなずける。
バレンボイムは、歯に衣(きぬ)着せぬ発言で知られる。イスラエル国会が18年7月に、(訳注=国内のアラブ系住民の存在を無視して)ユダヤ人のみに自決権を認める「ユダヤ人国家法」を可決すると、「イスラエル人であることが恥ずかしい」と臆すことなく表明した。米国がエルサレムに大使館を移転させることを17年12月に決めると、中東情勢をさらに悪化させてしまうと警告、(訳注=やはり将来の首都としてエルサレムを想定している)パレスチナ側を主権国家として認めるよう世界に呼びかけた。
今回の取材でも、ディヴァン管弦楽団を設立するに至った根源の問題は、少しも解決されていないと唇をかんだ。
「同じ狭い土地をめぐって、自分たちこそがここに暮らす権利があると強く信じている二つの民族がいる。どうすれば、双方を歩み寄らせることができるのか。軍事にも、政治にも、そんな力はない。人間として互いを理解し合うことだけが、解決を可能にする」
ディヴァン管弦楽団の米国ツアーは11月5日に始まった。「ドン・キホーテ」では、2人のソロ奏者が登場した。成長著しいイラン系オーストリア人の若手チェリストのキアン・ソルタニと、イスラエル人バイオリニストのミリアム・マナシェロフだ。
演奏が終わると、コンサートホールでは滅多に見られぬ光景が出現した。舞台の上で、2人は抱き合ったのだった。(抄訳)

(Michael Cooper)©2018 The New York Times

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