アルベナ・ダナイローバさんに聞く
――ウィーン・フィルの特質とは何でしょうか。そこでコンサートマスターに求められる役割は、どのようなものですか。
ウィーン国立歌劇場の団員になった時点で、ウィーン・フィルにも同時に所属してオペラと演奏会の両方で演奏します。数年間の試用期間で問題がなければウィーン・フィルの正式な団員になります。頻繁にオペラを演奏しますが、オペラだけを演奏するオーケストラではありません。オペラと演奏会をともに非常に高い水準で演奏できること。そのすばらしい組み合わせが特質でしょうか。
音楽の楽しみ方が非常に独特です。団員どうし互いの音に耳をすませ、楽しみながら弾く。そのやり方がほかのオーケストラとは大きく異なります。演奏会のコンサートマスターとしては、交響曲を団員たちと演奏しながら、ソリストとしても演奏する。オペラでは取り上げる演目も多く、細かい点を含め、やるべきことが非常にたくさんあります。舞台全体を統率する指揮者の手助けも必要です。
――コンサートマスターになろうとしたきっかけは何ですか。
これはだれかに頼まれて受けるようなものではありません。クラシック音楽の世界で非常に大きな立場なので、自分でやりたい、できると思って応募するものです。ほかの女性が先になっていたかもしれませんが、女性で最初に選ばれたのは私でした。私の奏法や作り出す音がオーケストラの求める理想に近かったのだと思います。
――今回(2017年11月)、世界的なピアニスト、マルタ・アルゲリッチさんがウィーン・フィルと初めて共演しました。男性ばかりのオケとはやりたくなかったと。
彼女は、大変に感性豊かで、即興性に満ちた音楽を聴く人の心に届けることが出来る、卓越した芸術家です。室内楽の奏者のように弾きながら、ソリストとしての音がある。
ウィーン・フィルが女性に開かれていないというのは、もう何年も前の話です。今では世界のほかのオケと同じように女性に開かれています。最も大事なことは最高の演奏ができる奏者であるということ。そうならば、女性でも男性でも歓迎されるでしょう。女性団員だけで集まることもありません。気の合う仲間と外に出るときには男女数人ずつ。それが人間というものではありませんか。
――グローバル化の流れはウィーン・フィルにも変化をもたらしているのでしょうか。
世界のグローバル化とインターネットは、社会と人間、それぞれの視点を変えてしまいました。私たちもその変化を止めることはできません。以前はどんな様々な様式の音楽作品も、一つの統一的な方向で演奏されていました。
何が伝統なのか、いつも議論しています。(作曲家で、指揮者としてウィーンで活躍した)グスタフ・マーラーは「伝統とは灰を崇拝することではなく、炎を伝承することである」と語りました。
私たちオーケストラが伝承すべき炎とは音楽の核となる知識や技能から生まれる不変の響であり、それらは互いに呼吸をして音に耳を澄ませ合い、共に体感する、我々の中に宿るものなのです。
――ブルガリアの首都ソフィアの音楽一家のご出身ですね。
母がピアノ、父がバイオリンを音楽学校で教えていました。バイオリンを始めたのは5歳。18歳ごろからドイツに音楽留学しました。いま、ウィーン・フィルは国籍の面でも開かれています。人間は非常に多くの可能性のはざまで更に多くの自由を与えられていますが、私たちウィーン・フィルは開かれた多様なオーケストラの中に生きつつ、独自のスタイルを保つと言う、より重い責務を担っているのではないでしょうか。
アルベナ・ダナイローバ(Albena Danailova)
ブルガリア生まれ。ドイツ留学、バイエルン州立歌劇場を経て08年、ウィーン国立歌劇場とウィーン・フィルのコンサートマスターに。11年から同フィル正式団員。
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
1842年に創立された、世界最高峰のオーケストラの一つ。常任の指揮者を置かない任意団体で、国立歌劇場管弦楽団から選ばれるメンバーは長年、男性だけだった。女性の入団を認めたのは1990年代後半から。現在は148人の奏者のうち約1割が女性だ。