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感情は心臓に影響を与える、その仕組みは

ニューヨークタイムズ 世界の話題
Stuart Bradford/©2018 The New York Times

100年ほど前のこと。科学者カール・ピアソンは墓地で墓標を調べていて奇妙なことに気づいた。夫か妻のいずれかが死ぬと、残された一方も1年以内に死亡するケースがしばしばみられるのだ。

当時はあまり理解されなかったけれど、その後の研究で、現在ではストレスや精神的な落ち込みが健康状態、とりわけ心臓に重要な影響を及ぼす可能性があることがわかっている。最も顕著な例の一つは、たこつぼ型心筋症と呼ばれるもので、いずれか一方の配偶者の死去や経済的な心配事その他の感情的な問題が心臓の働きを著しく低下させ、心臓発作のような症状を引き起こす。こうした感情的な負荷によって、心臓が日本の伝統的な壺(つぼ)の一つである「たこつぼ」(首の部分が細く、底部が広がっている)に似た形に変容するのだ。

感情の健康状態と心臓の健康状態との関係が、サンディープ・ジャウハーの新刊書『Heart: A History(心臓:その歴史)』の主題である。

心臓専門医のジャウハーは、この著作で、心血管医学の歴史をたどり、心臓の切開手術から人工心臓まで、医療技術の驚くべき進歩の跡を探った。心臓医療の技術革新は進んできたが、ジャウハーは心臓疾患に影響を与え得る感情面での要因にもっと心臓学上の関心を払う必要があると主張している。不幸な人間関係や貧困、所得格差、仕事上のストレスといった感情要因についてである。

「反復型の技術的な進歩は今後も続くと思われる」とジャウハー。「しかし、感情面での心臓と生物学上の心臓との関係性は、もっと資力を投入して解明すべき最先端の領域だ」と彼は言う。

ジャウハーがこの主題に関心を持ったのは、親戚の何人かが心臓疾患で死亡したというファミリーの悪い過去に起因する。少年だったころ、彼は、父方の祖父がインドで黒いコブラに遭遇して恐ろしさで心臓発作を起こし、57歳で死亡したとの話を聞いた。ジャウハーは心臓に好奇心をそそられたが、恐怖心も抱いた。「人生の真っ盛りにある人の命を奪うモノとしての心臓に恐ろしさを覚えた」と彼は振り返る。

医学部を卒業した彼は、心臓病治療の専門研修を受け、「ロングアイランド・ジューイッシュ医療センター(LIJMC)」の心不全プログラムの責任者になった。ニューヨーク・タイムズのオピニオン記事の寄稿家でもある。ジャウハーは現在45歳だが、自身、心臓病を抱えている。定期的に運動するなどライフスタイルは健康的だが、CT(コンピューター断層撮影法)による血管造影で冠動脈閉塞(へいそく)が起きていたことが判明したのだ。

ジャウハーは心臓のエックス線写真を自分で再点検してみて、驚くべき認識に達した。「暗い部屋にぼうぜんと座り込み……」。彼はこう書き、「あたかも私は、自分が恐らくどのように死ぬかを垣間見たような気分になった」と続けている。

心臓は、生物学上の単なる器官の一つであると同時に、魂の宿る場所と多くの文化がみなしている重要な臓器でもある。それは、ラテン語でハート(心)を意味する「cor」からきた言葉で、恋物語や悲しみ、誠意、恐怖、さらには勇気を表す象徴だ。簡単に言えば、心臓は血液を循環させるポンプだ。だが、それは驚異的な働き者でもある。心臓は唯一の自動の臓器で、その拍動は平均的な人の一生だと30億回を数え、1週間の拍動で水泳プールを空にするほどの能力がある。だから、19世紀末まで、外科医師たちは心臓の手術をあえて行わなかった。心臓手術が行われるようになるのは、脳など他の臓器の手術をするようになってからだいぶ経った後のことである。

「拍動している臓器を縫い合わせることはできないし、患者を失血死させる可能性があるから切ることもできない」とジャウハーは言う。

彼は新刊書で、19世紀の後半、心臓手術に挑んだ大胆な医師たちの話を書いている。心臓を切開した医師たちは、多量の出血を避けるために、傷口を針とカットグット(訳注=ブタやヒツジなど主に哺乳動物の小腸を原料にした外科手術用の縫合糸)で器用に素早く縫い合わせた。

より複雑な手術となると、もっと高度な機器が必要になる。心臓の働きを代替する装置があれば、先天性障害や慢性疾患を治すために心臓の拍動を一時的に停止することができる。

そこから、医学博士ウォルトン・リレヘイは、患者の心臓と別人の心肺をつないで、長い心臓手術の間中、血液を送り出し、酸素加える交差循環法を開発した。リレヘイはこの手術をイヌで試してから、1954年にヒトに施したのだった。

リスクを伴う手術に挑み医療技術を進歩させてきた医師たちがそうだったように、新分野の開拓に挑戦したリレヘイはひどい非難にさらされた。

「彼を非難した人たちは仰天したのだ」とジャウハー。「それは、1人ではなく、一度に2人の人を殺しかねない人類史上初の手術だと彼らは言ったのだ」

リレヘイの患者の何人かは、生き延びた。感染症やその他の合併症に屈した人もいた。しかし彼の仕事は、今日、世界中で毎年100万人以上が心臓手術で使っている人工心肺装置の開発につながった。

全米レベルでみると、成人の死亡の主因は依然として心臓病だ。しかし、心血管医療は飛躍的な進歩を遂げてきた。心臓発作による死亡率は1950年代後半以降、10分の1に低下した。だが、ジャウハーの話によると、疾病の進行に感情面での健康状態がどう関係するかについてはまだ多くが正当に評価されていない。そこで彼は、1948年から始まった画期的なフラミンガム心臓研究(訳注=当時、米国人の死因で1位だった心血管疾病の原因を探るため、マサチューセッツ州ボストン郊外のフラミンガム町で行われている長期的な疫学研究)の足跡をたどってみた。この研究では、数千人規模の米国人を追跡し、心血管疾病になる危険因子としてコレステロール、血圧、喫煙などを特定した。
ジャウハーは「研究の結果として得られたのは、今日、私たちも理解し対処している危険因子だ」とし、「感情面での機能障害や夫婦関係といった側面は(危険因子から)除外された」と指摘している。

それこそが間違いだった、とジャウハーは言うのだ。フラミンガム心臓研究の開始から数十年が経つが、この間の別の諸研究で、社会的な孤立を感じていたり、仕事や人間関係による慢性的なストレスを抱えていたりする人は心臓発作や脳卒中を起こしやすいことがわかっている。米国の日本人移民を対象にした研究によると、彼らが心臓病にかかるリスクは倍加する。しかし、伝統的な日本文化や強固な社会的絆を維持している場合は防護されている。つまり、そうした人たちは心臓病にかかるリスクが高まらないというのだ。

ジャウハーは、保健当局は心臓病のリスク要因のうち改善可能なものとして感情面のストレスをリストに含めるべきだと主張している。(抄訳)

(Anahad O'Connor)©2018 The New York Times

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