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認知症治療 これがオランダ流の新方式だ

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
アムステルダムの介護施設「アムステルリング・レオ・ポラック」の共有エリアに設けられた、カフェを模した「ボレ・ヤン」。アルコールは本物だ=2018年4月20日、Ilvy Njiokiktjien/©2018 The New York Times

「道に迷っちゃった」。トルウス・オームス(81)は一緒に市営バスに乗っていた友人のアニー・アレンドセン(83)に話しかけた。

「あなたは運転手なんだから、今どこにいるのか、ちゃんとわかっていないとダメじゃないの」と、アレンドセンはバスの運転席に座っていたルディ・テン・ブリンク(63)に告げた。

冗談を言っていただけだ。

3人とも認知症で、オランダ東部の介護施設に入っている。施設では、オランダの田舎の並木道を映像にしたビデオを使って1日に数回、バスの乗車ごっこを繰り返している。

それは、オランダ全土の医師と介護スタッフが認知症治療用に開発した型破りな方式の一つである。緊張をほぐし、子どものころの思い出や知覚を刺激し、気持ちが落ち着く音楽を聴かせたり、家族の絆などを利用したりして、入居者の心を癒やし、穏やかな気持ちにさせ、感情を育むのだ。従来のように、ベッドに伏せての投薬や、場合によっては身体的な拘束もするといったやり方ではない。

オランダ東部の介護施設に設けられたバスを模した施設。乗車ごっこを繰り返すことで、認知症の改善が期待される=2018年5月1日、Ilvy Njiokiktjien/©2018 The New York Times

「ストレスが減れば減るほどいい」とアムステルダム自由大学の神経心理学者エリック・シェルダーは言う。オランダで最も著名な認知症治療の専門家の一人だ。「ストレスや苦痛を減じることができれば、それは生理学上の直接的な効果をもたらす」と指摘する。

バスに乗ったり、浜辺――ハーレム地区にある介護施設から実際の浜辺へはそう遠くない――に行ったりする疑似旅行は、認知症の人たちを結びつける。お互いに経験を共有し、小旅行の思い出を語り合ったり、日常の暮らしから抜け出てちょっとした休暇を楽しんだりするのだ。

認知症は脳機能の急速な衰退に関連した症候群で、記憶や自我が失われる。愛する家族を奪い、忍耐力や資力なども搾り取る。

認知症を患っているオランダ人は27万人――64歳以上の人口320万人の約8.4%――に達しており、政府は今後25年以内にその数が2倍に増えるとみている。

近年、オランダ政府が進めている政策は、認知症の人たちを認可施設に入れるより各家庭で介護することだ。施設は公的資金で民間が運営しており、一般的に重度の認知症状の人たちが入居している。

この国は1990年代以降、医薬治療アプローチとは別の方式による治療法を模索してきた。

「80年代は、病院に入院している患者のように扱われていた」とイルザ・アフターベルクは言う。元作業療法士で、明かりや香り、マッサージ、音などを使って治療をする「スヌーズレン(snoezelen)」の空間を開発した一人だ。そこは、ストレスがかかる診療所の環境から解放され、緊張をほぐし、感情を刺激する。

これは今日、オランダの介護施設の多くで採用されている治療技術の先駆けとなった。

アムステルダムにある介護施設「アムステルリング・レオ・ポラック」には市営バスの疑似停留所が設置されていて、入居しているヤン・ポスト(98)はしばしばそこに座り、訪ねてきた妻のカサリナ(92)にキスしたりする。ヤンは重度の認知症で、記憶を10秒間ほどしか維持できず、その場を離れたら戻る道がわからなくなると心配している。

「結婚して70年になるけど、今も愛しているわ」とカサリナ。週に数回、夫のもとを訪ねてくる。

最近も、ポスト夫妻は施設の共有エリアに設けられているアムステルダムのカフェを模した「ボレ・ヤン」で一杯やりながら、おしゃべりを楽しんだ。場所は、いわば模造ではあるが、アルコールは本物で、冗談を言い合い、何度も大笑いした。

介護施設内に設けられたビーチルーム。床には本物の砂が敷かれている=2018年5月1日、Ilvy Njiokiktjien/©2018 The New York Times

介護スタッフや研究者たちは、そうした環境は認知症の人たちに効果があると考えてはいるが、症状が治癒するわけではないこともあって、効果がどれだけ持続するかを示す明確なエビデンス(科学的証拠)を得るのは難しい。

しかし、オランダ南東部のアイントホーフェンにある介護施設「ビタリス・ペッペローデ」の集中治療マネジャー、カジャ・エッベンは、新しい治療方式で患者の医薬品依存や身体拘束を減らすことが判明したと言っている。

アイントホーフェンの施設に暮らすウィリー・ブリフェン(89)は重度の認知症を患っている。他の多くの患者と同じように、彼女も時折かんしゃくを起こし、言うことをきかなくなる。興奮すると、施設のスタッフたちは彼女のきゃしゃな身体にダメージを与えないようなだめることに四苦八苦している。これが10年前だったら、興奮を抑える薬を処方するか、身体を拘束したかもしれない。

しかし、今は彼女の部屋にスクリーンを広げ、穏やかな気持ちにさせる映像を映したり、落ち着いた気分になれる音を流したりするのだ。

アイントホーフェンの施設に暮らすウィリー・ブリフェンの部屋の天井には穏やかな気持ちにさせる映像が映し出される=2018年4月30日、Ilvy Njiokiktjien/©2018 The New York Times

つい最近、記者が訪れた時、ブリフェンは個室で天井を眺めていた。花飾りが施された天井には、アヒルが遊ぶ自然の風景が映し出されており、それを見つめているうちに、彼女の激した感情は鎮まり、落ち着きを取り戻しつつあった。

アイントホーフェンの介護施設には210人が入居している。そのうち90人が認知症で、安全のために特定のフロアで寝起きしている。

レンガ造りでガラス張りの建物は、床にはリノリウム(訳注=弾力性に富み、歩くときの感触が良い素材)が使われており、天井が低く、ドアの幅は台車にベッドを載せて通れるように広くつくられている。病院様式ではあるが、内装はブリフェンの少女時代を連想させるような過去のイメージが施されている。

そのフロアには、昔風の木製の家具が備えられ、部屋には飾りとしての本やダイヤル式の電話機、重量感のあるタイプライターが置かれている。カフェテリアの卓上にはテーブルクロスが敷かれ、切り花がいけられている。つまり、病院らしくないのだ。

認知症を患っている人たちとどう向き合うかを再検討し、多くの介護施設は環境整備に力を注いできた。もう一つは、入居者6人から10人を単位とする「ファミリー」の形成を認めること。

オランダの多くの介護施設では、入居者はそれぞれ個室を持っており、そこを自分自身の領域とみなすよう奨励されている。多くには、共同の生活空間と台所もある。台所では入居者たちが共にジャガイモの皮をむいたり、青菜を洗ったりするような仕事をする。

認知症の症状でもある抑うつや気分の落ち込みに対処するため、介護スタッフたちは入居者にダンスなどの活動をするよう促すこともある。(抄訳)

(Christopher F. Schuetze)©2018 The New York Times

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