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死者年7万人、米国で広がる世界最悪の薬物蔓延の現場を歩いた

World Now 更新日: 公開日:
オピオイド系鎮痛剤「オキシコンティン」=ロイター

世界で薬物の直接的な影響による死者は、2015年で約17万人。そのうち最多の死者を出しているのが米国だ。17年に史上最多の7万人以上が過剰摂取で亡くなった。特に深刻なのが、オピオイド(麻薬系鎮痛剤)などの広がりだ。民主党が強い東西沿岸部のリベラルな州を中心に大麻の解禁が広がるが、トランプ大統領の支持が根強いラストベルト(さびついた工業地帯)を歩くと、まったく別の深刻な薬物蔓延の光景が広がっていた。(五十嵐大介)

■「成績優秀生」の転落

2018年3月、米オハイオ州北東部のエリー湖沿いの港町、アシュタビュラには雪が舞っていた。かつて世界3位の鉄鉱石の集積港として栄えた町だ。

平日の昼頃、町外れの白い建物を男性たちが次々と訪れていた。薬物依存者らを支援する非営利施設「コミュニティー・カウンセリング・センター」だ。

薬物依存者を支援する「コミュニティー・カウンセリング・センター」の建物。平日の日中でも、若い白人男性らが次々と訪れていた=オハイオ州アシュタビュラ、五十嵐大介撮影

この施設で、長年薬物依存に苦しんできたヘンリーと出会った。めがねをかけ、紺色のコート姿。両手首の袖からタトゥーがのぞいてみえる。ソフトな語り口は知的な印象を与え、とても薬物中毒だったようには見えない。

だが話を聞き始めると、彼の過酷な経験がみえてきた。

「この辺りは、手に入りやすいドラッグがとにかく多い。そして安いんだ」

ヘンリーは29歳。勤勉な両親のもとで一人っ子として育った。地元アシュタビュラのレイクサイド高校を成績優秀で卒業し、同じ州のクリーブランドの南にあるケント州立大学に入学した。奨学金を得ながら大学で学べる、軍隊の将校を養成するための訓練課程にも参加していた。

だが、在学中のある夜、飲みに出かけたときに酔っ払って未成年の少年を殴ってしまう。暴行の罪を認め、大学から退学処分を受けた。奨学金も失った。「そこから、人生が悪い方向に転がり始めたんだ」

センターの入り口の注意書きには「この建物に銃器を持ち込むのは違法です」と書かれていた

その後、ヘンリーは、アシュタビュラから南西に50キロほど離れたミドルフィールドという町の医者の存在を知る。背中が痛いということでかかり始めたが、毎月1回の診療で、500ドル(約5万7000円)ほどを払えば好きな処方薬を何でも手に入れられたという。

「みんなこの制度を悪用していたから、自分も同じことができるとわかっていた。そこから、オキシコンティン(OxyContin)の中毒になったんだ」

オキシコンティンはオピオイド系鎮痛剤の一種だ。製薬会社パデュー・ファーマ(本社コネティカット州)が1990年代から販売してきた。がん患者の鎮痛剤などとして使われているが、強力な効き目から劇薬ともされる。

■密売で月収130万円

ヘンリーによると、オキシコンティンは、1錠15~30ドルほどで手に入った。月に90~180錠の処方を受け、それを1錠80~120ドルで売っていたという。「当時は相当いい暮らしをしていた。月に9000ドルから1万2000ドル(約136万円)は稼ぐことができた」。薬物の密売でお金を稼ぎ、クリーブランド近郊に家も買った。

だがその頃、ある事件が起きた。薬の処方を受けていた医師が、妻に殺害されたのだ。地元報道によると、09年夏、男性医師(当時73)が、妻(当時57)と夫婦げんかとなり、夫を刃物で刺したとして妻が殺人容疑で逮捕された。

ヘンリーは薬の「仕入れ先」を失い、唯一の金もうけの手段を失った。当時すでに薬物に依存しており、唯一の代替物が、いとこが持っていたヘロインだった。

「ヘロインは、自分の人生の全てをコントロールするようになった」。ヘンリーはその後、自宅の住宅ローンを返すことよりも、ヘロインを買うお金を優先するようになっていく。うつ病を患い、家も失った。「勤勉な両親のもとで育ち、欲しいものはすべて与えられていた。学校では勉強もスポーツもできた。人気者で、かわいい彼女もいた。それでも、ヘロイン中毒になったんだ」

ヘンリーは過去10年間、ヘロインなどの薬物に依存してきた。強盗などで4度にわたり有罪判決を受け、通算で4年半刑務所に入った。過剰摂取で呼吸困難になり、救急車で運ばれて応急薬で助かったのは11回。「麻薬の密売人を殺して、金を奪ってやろうと考えたこともあった。神様のおかげで、何とかそこまで行かずに済んだ」

カウンセリング・センターに通うヘンリー。自らの中毒経験を赤裸々に語ってくれた

■背景にみえる経済的苦境

自分が刑務所に服役中、母親が支援していた薬物中毒の少女が、18歳で亡くなったこと。自分の母親がアルコール中毒になったこと。高校の同級生が最近、マクドナルドの地域統括のマネジャーになったが、彼の父親がヘロイン中毒で、母親を殺害してしまったこと。ヘンリーの話を聞いていると、この地域の若者が、いかに薬物に囲まれて育っているかを痛切に思い知らされる。

薬物蔓延の背景に透けて見えるのが、人々の経済的な「痛み」だ。

「アシュタビュラには仕事も多くない。以前は鉄道や大きな工場があって栄えていたが、すべて閉鎖した。続ける価値のある仕事が見つかれば、ラッキーだよ」。ヘンリーはそう話す。

実際この町には、グローバル化に翻弄された傷痕が、あちこちに残る。1960年代には世界3位の鉄鉱石の集積港として栄えたが、鉄鋼業の衰退と共に活気を失っていった。ピークには約2万4000人だったアシュタビュラの人口は1万8000人に減少。貧困率は34%と、米国全体の約3倍にのぼる。

エリー湖沿いの港に隣接した貨物鉄道の操車場。アシュタビュラはかつて、鉄鉱石の集積港として栄えた

2016年の大統領選で、住民は不満を爆発させる。伝統的に民主党が強かったアシュタビュラ郡は、1980年代のレーガン大統領以来初めて、共和党の大統領を選んだ。トランプ政権で通商政策を取りしきり、保護主義的な政策を繰り出すライトハイザー通商代表は、この町で育った。

ヘンリーは、自分が子どもの頃と比べて、薬物を取り巻く環境は悪くなっているように感じるという。「麻薬の密売人らが集まる家にいくと、若い少年、少女がいた。年齢を聞くと、まだ高校生だった。その話を聞いて、どれだけ状況が悪くなっているかと驚いた。自分が高校生の頃は、何度か大麻は吸ったことはあるが、ハードドラッグは一度もやったことがなかった」

ヘンリーの横にいた、センターで働く女性は、こう教えてくれた。「自分の患者も何人もOD(overdose:過剰摂取)で亡くなった。子どもたちは小学校3年生ごろからドラッグに手を出し始める。6年生の頃には結構広がって、中学では多くの子どもたちがドラッグに囲まれて過ごす。ヘロインをやっている子どもは運動もできなくなるので、すぐにわかる」

■広がる合成麻薬

オキシコンティンをめぐっては、オピオイドの問題の広がりと共に、パデュー社のセールス担当が、当初の目的のがん専門の医師ではなく、一般の診療所などの医師に効用を偽って販売していた手法が発覚。同社は2007年、連邦裁判所で罪を認め、罰金など6億ドル(約680億円)の支払いに応じた。

だが、同社はその後も、米国の30近い州から、違法な販売手法を使ったなどとして提訴されている。ニューヨーク州は18年8月、詐欺的な手法でオキシコンティンを販売し、オピオイドの過剰摂取の要因を作ったとして、同社を提訴した。クオモ知事は声明で「オピオイドの蔓延は、4000億ドルの産業を作り上げた、無節操な業者によって作り出されたものだ」と非難した。

センターで10年以上働き、薬物問題に取り組むマシュー・バトラー。過剰摂取や自殺者の多くは40代半ばの白人男性という。「希望の喪失や、多くの経済機会がないという認識がある」と話す

カウンセリング・センターの麻薬問題の専門家、マシュー・バトラーは、オフィスでパソコンのキーをたたきながら、アシュタビュラ郡の薬物の過剰摂取による死者数の推移をみせてくれた。画面に現れたグラフは、15年から16年で急激な右肩上がりを示している。

「16年に薬物の過剰摂取の死者は前年から2倍に増えたが、そのほとんどはフェンタニル(Fentanyl)によるものだ。15年は1割以下だったが、今ではフェンタニルが関係しない死亡例は珍しい。オハイオ州北東部では、フェンタニルはそこら中にある」

フェンタニルとは合成オピオイドの一種で、モルヒネの50~100倍強力とされる。「問題は、コカインやヘロインを使っている人も、フェンタニルが混ぜられたものを使っていることだ。ヘロインよりずっと強力で、呼吸困難になって死亡率が高まる」。救急隊員は、オピオイドの過剰摂取の患者に「ナルカン(Narcan)」と呼ばれるスプレー式の応急薬を使う。バトラーは「ヘロインの過剰摂取ではナルカン1、2本で足りるが、フェンタニルは7、8本必要になる」と話す。

CDCの先月の発表によると、17年の米国の薬物の過剰摂取による死者は7万237人で、交通事故の死者のピークより高い。そのうち、フェンタニルによる死者は約2万8466人で、13年の3000人から急増している。

米麻薬取締局(DEA)の16年の調査によると、オハイオ州のフェンタニルの押収件数は3800件を超え、全米50州で最悪となった。

■娘の写真を握りしめて

ヘンリーは約1時間の会話の途中、財布から1枚の写真を大切そうに取り出して、見せてくれた。小さな女の子がほほえみかけている。2歳の娘のケリーだった。「この子が俺の人生で重要なものなんだ。彼女がいるから、何とか生きていこうと思えている」

ヘンリーは5年ほど前、執行猶予期間中に違反行為をして、薬物依存者を支援するこの施設に通い始めた。州内の同じような施設に通っても長続きしなかったが、この施設のスタッフは信頼できると話す。「ここの人たちは、本当に親身になってくれる。自分の中で起きていることを話すことができる」。ヘンリーは大学に戻って心理学を学び、将来的には修士号を取りたいという。

■手をさしのべる人々

アシュタビュラの近くの町コニオートでは、前向きに手をさしのべる人にも出会った。

子どもの薬物対策を担う非営利団体「エレベーション」を立ち上げた、コーリー・キャンベルのオフィスを訪ねると、彼女の家族が経営する葬儀社だった。この地で150年間続く老舗だ。明るい雰囲気の店内に入ると、金や銀など、色とりどりの棺おけが売られている。

キャンベルは15年9月、地元の友人らと、エレベーションを立ち上げた。中学校や高校を回り、薬物やアルコール依存防止のための教育活動をおこなっている。

薬物防止活動に取り組むコーリー・キャンベル。「親が薬物依存症の子どもたちが多くいる。薬物依存の親を見て育つと、子どももその方向に流れてしまう。このサイクルを断ち切らないと」

「子どもたちは、自宅にある薬を持ち寄ってボウルに入れて、何かわからないままに飲むパーティーを開いたりしている」。有名なキャンディー菓子「スキットルズ(Skittles)」をボウルに入れて食べるようなスタイルから、「スキットルズ・パーティー」と呼ばれているらしい。親たちには、自宅で不要になった薬を捨てるよう呼びかけている。キャンベルは「高校生になると多くがマリフアナを経験していることもあり、中学生に呼びかけるのが有効だ」と話す。

キャンベルが薬物防止の活動にかかわり始めたのは、薬物で子どもを失う人々に身近に接してきたからだという。
キャンベルは今年、薬物の過剰摂取で亡くなった34歳の女性の葬儀を執り行った。女性の親と、3人の子どもが寄り添っていた。「3人の小さな男の子が、お母さんに別れを告げなければならない状況は、人生を全うした80、90歳の人と全く違う。誰にもこうしたことが起きて欲しくない。何かを変えたいと思った」。人口1万人ほどの町だが、キャンベル自身、年に5、6人は薬物で亡くなった若者の葬儀を手がけるという。

それでも、キャンベルは3年間の活動を通じて、少しずつだが手応えを感じている。

「この地域で誇れることの一つは、みんなで協力して取り組むということ。学校の校長先生、消防署、警察、みんなが協力して、状況を変えようとしている」。この日の会話は暗い話題が多かったが、キャンベルは笑顔をたたえて言った。

「こういう見方をしてみたらどうかしら。少なくとも一人でも助けることができたとしたら、それは多くのことを達成できたと言えるんだと思う」

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