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近づきつつある南シナ海での露骨な米中冷戦

ミリタリーリポート@アメリカ
南シナ海でFONOP実施中の米駆逐艦ウィリアム・P・ローレンス(写真:米海軍)

米軍関係情報筋の間では、南シナ海や東シナ海で周辺諸国に軍事的圧力を強化する中国の動きを牽制抑止するため、太平洋艦隊司令部が11月に軍事作戦を実施する計画を策定していると囁かれている(一部の米国メディアでは取り上げられてはいるが、太平洋艦隊司令部やペンタゴンなど軍当局が公式に認めた情報ではない)。

軍事作戦といっても、これまで米軍が南シナ海で実施してきた「公海での航行自由原則を維持するための作戦」(FONOP)の強化版と考えられ、数隻の艦艇と航空機部隊を投入して11月の“ある週”に、南シナ海で実施されると考えられている。その前哨的行動として1022日、米海軍ミサイル巡洋艦アンティータムとミサイル駆逐艦カーティス・ウィルバーが台湾海峡(台湾を中国大陸から隔てている海峡)を北上した。

■FONOPとは 

そもそも「公海での航行自由原則」とは、16世紀にスペインの海洋覇権に挑戦していたオランダのフーゴー・グロティウスが理論化した国際法概念で、一言で言うならば「境界線を引くことができない海洋は、いかなる国にも帰属しない。したがって、海洋はいかなる国の船舶といえども他国の排他的権利の制限を受けることなく自由に航行することができる」という国際法の原則である。

 スペインやオランダに続いて海洋覇権を奪取しようとしたイギリスも、この原則を掲げて世界中の海を支配するに至った。その後、「領海」の概念が登場し、グロティウスが提唱した「海洋での航行自由原則」は、領海以外の海洋すなわち「公海での航行自由原則」へと姿を変えた。

 米西戦争(1898年)以降、海洋覇権の拡大に努めた米国も「公海での航行自由原則の維持」を国是の一つに掲げた。第1次世界大戦でイギリスの海洋覇権が弱体化し、第2次世界大戦で日本海軍を壊滅させ、引き続き米ソ冷戦にも勝利して以降、世界中の海での海洋覇権を手にした米国は、現在に至るまでこの原則の維持を外交の鉄則の一つとして堅持し続けている。

 国際海洋法原則の保護者を自任する米国は、「公海での航行自由原則」を脅かす恐れがある主張や行動をなす国家がある場合、その国家の沿岸海域に軍艦を派遣して「静かなる警告」を投げかけるのである。このような軍事的デモンストレーションが「公海での航行自由原則を維持するための作戦」(以下、FONOP)と呼ばれる外交的軍事作戦であり、あくまでもその目的は「国際海洋法秩序の維持」にあり、軍事的威圧すなわち砲艦外交にあるわけではない。そのため、「公海での航行自由原則」に抵触する恐れがある場合、友好国や同盟国に対してもFONOPを実施し、日本にもしばしばFONOPを実施している。

■性格が異なる「南シナ海でのFONOP」

2015年秋以降アメリカ軍が断続的に実施している南シナ海でのFONOPも、「西沙諸島や南沙諸島を巡って中国、ベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイ、台湾が領有権紛争を繰り広げていることで南シナ海での航行自由原則が脅かされている」ことを口実に、「南シナ海での国際海洋法秩序の維持」を作戦目的としている。

 とはいえ、南シナ海でのFONOPの真の狙いが、南シナ海以外の海域で実施しているFONOPと異なることは明白だ。すなわち南シナ海での真の目的は、中国の西沙諸島や南沙諸島をめぐる領有権主張に異を唱え、それらの島嶼環礁周辺の軍事化を阻止し、中国の海洋覇権拡大を阻止することにある。したがって南シナ海でFONOPを実施すると、中国と南シナ海周辺諸国で続いている西沙諸島や南沙諸島、それら周辺海域に関する領有権紛争に米国が介入することになってしまう。

中国人民解放軍による南シナ海のコントロール(筆者作成) 

ところが「公海での航行自由原則」の保護とともに、米国政府の伝統的な外交鉄則の両輪の一つとなっているのが「第三国間の領有権紛争には介入しない」という原則である。そのため米国政府は、南シナ海の島嶼環礁に対する中国の領有権主張や海域支配権の主張に公式に異を唱えると、自らの外交鉄則を踏みにじることになり、自制せざるを得ない。

このような事情のため、オバマ政権は、中国が南沙諸島に人工島を建設し始めても具体的に牽制するような行動を取ろうとはしなかった。ようやく七つの人工島のうちの三つに、3000メートル級滑走路を有する軍用航空施設が誕生するに至った2015年秋に、領有権への介入ではないことを表看板に掲げながら南沙諸島中国人工島周辺や中国が軍事化を強化していた西沙諸島周辺でFONOPを開始したのだった。

■効果が上がっていない「南シナ海でのFONOP」

オバマ政権による南シナ海での対中国政策を「弱腰すぎる」と批判していたトランプ陣営だが、いざ政権をスタートさせると北朝鮮情勢の緊張化で中国の協力が必要となり、オバマ政権同様に南シナ海でのFONOPを細々と実施する状況が続いた。

目論見通りに米国から軍事的牽制や強硬な外交的圧力が加わらなかったため、中国による南沙諸島人工島と西沙諸島の軍事拠点化はますます伸展した。その間も時折、米海軍は南シナ海でのFONOPを実施したが、中国政府は南シナ海でのFONOPは軍事挑発威嚇行動だと非難し、「米国の軍事的脅威から中国の主権的海域を防御する」ことを口実に、南シナ海の軍事化を増強させ続けるという、逆効果の状況が続いている。

201712月にホワイトハウスが公表した「国家安全保障戦略」や今年1月にペンタゴンが公表した「国防戦略概要」などで、米国にとっての主な軍事的仮想敵は「国際的テロリスト集団」から「軍事大国、すなわち中国とロシア」に移行したことが明言された。そのため、南シナ海から東シナ海にかけての東アジア海域での中国の覇権拡張行動を打ち砕くことが喫緊の課題となったのである。

しかしながら、南沙諸島にせよ西沙諸島にせよ尖閣諸島にせよ、中国の海洋覇権拡張は周辺諸国との領域紛争そのものであるため、「第三国間の領域紛争には介入しない」という鉄則を掲げる米国政府としては、領域紛争への介入となるような露骨な行動に打って出るわけにはいかない。結局、これまで通りにFONOPを断続的に実施する状態が続いていたのだ。

■強硬策に踏み切らざるを得なくなったアメリカ当局

米駆逐艦ディケータ―(左)に接近し進路を遮ろうとする中国駆逐艦(写真:米海軍)

そして9月下旬、トランプ政権下では8回目、オバマ政権以降では計12回目となる南シナ海に軍艦を派遣してのFONOPが実施された(軍艦によるFONOPに加えて爆撃機を飛行させるFONOPも数回実施されている)。米海軍駆逐艦「ディケーター」が、南沙諸島に中国が築いた人工島の一つガベン礁の沿岸12海里海域を航行している際、中国海軍駆逐艦が急接近し、一時およそ40メートルの至近距離まで異常接近したのだ。米駆逐艦が衝突回避措置をとり、危うく軍艦同士の衝突(交戦という意味ではなく船と船がぶつかる意味での衝突)を避けることができた。多くの米海軍関係者たちは「まさに危機一髪の状態だった」と肝を冷やすと同時に、怒り心頭に発している。

この事件で、予定されていたマティス国防長官の北京訪問はキャンセルとなった。米海軍は南シナ海で海兵隊部隊を積載して実弾演習を実施した強襲揚陸艦「ワスプ」の演習の模様を公開した。これらの動きに引き続き、米空軍は南シナ海上空と東シナ海上空にB52爆撃機を送り込み、中国側を牽制するような飛行を実施した。

南シナ海上の揚陸艦ワスプ飛行甲板から実弾射撃訓練を実施する海兵隊装甲車(提供:米海軍(米海兵隊撮影))

こうした軍事的な動きと並行して、中国にいわゆる貿易戦争を仕掛けるトランプ大統領は「もはや習近平国家主席は友人ではない」という露骨な反中国的言動を連発。ペンス副大統領は104日、ハドソン研究所での講演で“邪悪な中国共産党政権”との戦いを米国民に呼びかける45分もの長きにわたる「反中政策演説」をした。

このような状況下で漏れ聞こえてきたのが、「米海軍太平洋艦隊は“11月のある週”に対中牽制のための軍事作戦を南シナ海で実施する」という情報だ。

そのような軍事作戦はやはり、表面上はFONOPと公称されるだろうが、米政府ならびに軍当局がこれまでのような効果が上がらないFONOPを続けているだけでは済まない立場に立たされていることは確実である。したがって12隻の軍艦が、中国が主権を主張する海域を単に通過するというFONOPではなく、ある程度の規模の艦隊が航空機を伴って南沙諸島の中国人工島周辺海域や西沙諸島周辺海域ならびに台湾海峡などに展開して示威行動をするといったような、軍事的威嚇を前面に出した強硬なFONOPになると思われる。

■米中冷戦の可能性

もちろん米軍側としても中国軍側としても、軍事衝突だけは絶対に引き起こさないような行動を取ると思われるが、中国当局は「アメリカ軍による軍事的脅迫」をますます言い立てて、南シナ海での「防衛態勢の強化」をより一層推し進めることは必至だ。つまり、未確認情報のように米海軍が対中牽制作戦を実施し、そのような威嚇的FONOPを継続させたならば、南シナ海での露骨な米中冷戦の幕が切って落とされることになるのである。