――宇宙は、どんな「職場」なんでしょうか。
産業医学の健康管理において、「有害職場」というのは大事なカテゴリーです。宇宙では放射線が多いし、国際宇宙ステーション内では人間関係が固定化されてストレス解消手段も限られる。究極の有害職場かもしれないですね。でも、固定化された人間関係の中でへとへとになるまで働き、ストレス解消する余裕もないのは、まさに現代社会の最先端で働くサラリーマンなんですよ。
そうした環境に置かれた時に、人はどう反応するのか。倫理的にいって、人を閉じ込めて実験するわけにいかない。でも、宇宙飛行士は全身にモニターつけて、閉鎖環境にいる。その意味では被験者であり、貴重な知見を提供してくれます。
――そうした知見を普通の職場でどのように活用できるのでしょうか。
通常、精神科医療がやるのは、マイナスに落ち込んでしまった人を何とかゼロに戻すということ。一方、ゼロより上の人を訓練や支援によってさらにプラスにもっていくのが宇宙飛行士を含めた人材の開発である。であれば、治療も人材開発もゼロという境をまたいで一連のものと考えることができる。
会社を休んでしまうアブセンティーズム(absenteeism)は問題ですが、会社に来られても能力を十分に発揮できないプレゼンティーズム(presenteeism)への対応が求められているのです。
まず、マイナスの人からストレス因子を取り去ってあげて、生き生きと働けるようにする。そして、その人に「なんでマイナスになっちゃったのかね」と考えさせたら、今度はもうマイナスにならない人に変わっていく。人材を見切るのではなく、成長を支援して育て、有効活用していくのが大切です。
――ところで、ストレスに強く、想定外の事態にも対応できるようになるには、どうしたらよいでしょうか。
スポーツをするとか、カラオケに行くといった外向けのストレス解消ができない状況では、広い情緒的な内界を持っていることが大事です。親に可愛がられ、友人や愛する人と幸せな時間を過ごすといった実体験はストレス耐性をつくります。加えて、教養の部分、しかもビジネス書みたいなノンフィクションではなく、古典小説などのフィクションをたくさん読んでいることも大事。記憶を蘇らせながら、自分の中の広い内界に遊ぶことで、ストレスに耐えることができるのです。
その意味で、教養が切り捨てられ実学一辺倒になりつつある現在の教育のあり方は心配です。医学教育も、専門に入るのが早すぎて、情緒的な内界が狭くて患者さんの心の痛みに共感できない医者が増えているように思います。(聞き手・浜田陽太郎)