うるう年の今年、四国遍路の88カ所の札所を反時計回りにたどる「逆打ち」をすれば御利益が3倍に――。そんな触れ込みで札所がにぎわっている。本当に3倍になるのか。探っていくと、宗教界と観光業界の密接な関係が見えてきた。
逆打ちをする人の多くが最初に訪れる88番札所の大窪寺(香川県さぬき市)。門前の遍路用品店、野田屋の売れ筋は今年限定の逆打ち専用の納経帳だ。そろいの柄の輪袈裟(わげさ)、御影(おみえ)保存帳と合わせた3点セットは、入荷が間に合わないほど。一番忙しかった2月29日のうるう日は、平年の5倍となる50台以上の観光バスで駐車場が埋まった。店員の原内初子(60)は「人が途切れたことがないくらい。今年は特にすごい年です」と顔をほころばせた。
逆打ちのバスツアーも盛況だ。伊予鉄トラベル(松山市)のツアー参加者は例年の7割増しで、逆打ちが8割を占めるという。86番札所の志度寺(香川県さぬき市)で会ったツアーガイド吉川順子(59)は「1月から3月はバスがいっぱいで置かれへんほどでした。ほんまに3倍の御利益は効き目ある」と話した。
関西大学名誉教授の宮本勝浩は、今年の遍路の経済波及効果を全国で約1650億円とはじく。首都圏などで払われたツアー代金などを差し引いても、四国には約1320億円の効果が見込まれるという。
そもそも「うるう年の逆打ち」とは何なのか。遍路を始めたとされる地元の長者、衛門三郎の伝説に由来がある。衛門が逆打ちをしたとき初めて弘法大師に出会うことができ、その年が丙申(ひのえさる)のうるう年だった、と説明されることが多い。今年は60年ぶりの丙申にもあたり、ネットなどでは「60年に一度の大チャンス」とはやされている。
では、本当に御利益は3倍になるのか。
各札所でつくる四国八十八ケ所霊場会会長で74番札所、甲山寺(香川県善通寺市)住職の大林教善(70)に尋ねると、「霊場会の立場ではない」と距離を置いた。「私も不思議に思った。お遍路の中から生まれた新しい信仰の形なんです」。そして続けた。「旅行会社もうまく取り入れているのでしょう」
旅行各社のホームページに目をこらすと、伊予鉄トラベルでは「ご利益が3倍(?)」と?マークがついていた。「言われは3倍ということです」と担当者。JTBとクラブツーリズム、阪急交通社のHPも、3倍については「……と言われています」と伝聞形で書いていた。
真偽に距離を置くとはいえ、宗教界も逆打ち人気で遍路が増えるのは歓迎する立場だ。香川県内の札所は前回のうるう年の2012年、散華(さんげ)と呼ばれるハスの花をかたどった特別な色紙を配って盛り上げた。前回の好評を受けて、今年は全88札所で配っているという。